Neetel Inside ニートノベル
表紙

日替わり小説
1/21〜1/27

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「昨日のエッチどうだった?」「いやー、ちょっと疲れたよ。流石に4回はね。今日は数を減らしてトライしてみるよ」
こうした会話は現代ではごく当たり前の挨拶のように交わされている。しかし、つい100年ほど前まではそんな事はあり得ないことだと言ったらどうだろう。
かつて人間は、セックスをして子供を作っていた。セックスをすることで、女性の腹の中に赤ん坊が育つのだ。こう書くと冗談はやめろと言う人もいるかもしれない。しかしこれは50年ほど前まではごく当たり前の話だった。クローン技術と人工子宮技術の発達は、社会における性行為の意味合いを全く置き変えてしまった。
現在のセックスに関する議論では、主に二つの立場が存在する。その両方ともが共有しているのが、「セックスは娯楽的行為である」という認識だ。この認識自体が人工生殖の普及によるものであることは言うまでもないが、セックスが過去有していた神秘的なイメージはもはやどこにもない。
セックスは娯楽だ。しかし娯楽であるが故に、それはどのように日常生活に位置付けるべきか、という議論は盛んになされている。ここで重要なのは、過去には神秘的行為とされていた性行為は、当時より秘匿され、慎重な扱いを要求していたということだ。
この扱いを引き継ぐべきとするのが節制派だ。ハシダ・ナイコ(33)はこう語る。「そもそも本が嫌いな人にとって読書が無意味な時間であるように、セックスを趣味としない人にとってセックスは時間の無駄であり、触れたくない情報でもあります。確かに性的な情報の氾濫が社会風紀や子供の発育に影響するという科学的な根拠は明らかになっていません。しかし、過去の事例に従うことにはそれなりのメリットが存在します」
享楽派のフリース・エクス(25)の言い分はこうだ。「セックスは人間に与えられた官能を最大限に発揮出来る時間です。人が食事を楽しむように、人はセックスを楽しみます。それは本能の為せる技なのです。与えられた官能を刺激し、最大限に研ぎ澄ませることは人類共通の目標であり、共有すべきビジョンであると考えます。セックスはもはや、隠すべきこと、恥ずかしいことではありません」
かつて古代ローマでは、生きるための食事が娯楽となり、美食文化が隆盛した。セックスを新たなる文化の先駆けと見るか、あだ花と見るか。技術の進歩により、我々はまた一つ、新たな課題をつきつけられようとしている。

     

「おーす」
「よう、久しぶりじゃね?」
「まあ、ちょっと色々あってな。お前は……相変わらずみたいだな」
「なんだよ。水くせーじゃねえか、隠すほどのことなのか?」
「ん、いやいや。単にうちのがちょっと具合が悪くてよ。まともに外にも出れなかったってだけだ」
「なるほど、そりゃ確かに大変だったな……」
「まあ俺は見てるだけしか出来なかったけどよ。家族が皆して看病しててさ、俺は邪魔しないように隅っこでそっとね」
「分かるわー。俺も家ん中が忙しいとそんな感じよ」
「なんつーか、やるせないよなー。そりゃ普段から大して役に立ってるってわけでもないけどさ、こう、ね?」
「そうさな。タダ飯食らわせてもらってんだ、恩返ししてえよなぁ」
「あーしてえなー恩返し! やっぱ俺ら恩返しすることが一つのステータスみたいなところあるしな」
「花咲さんのとこの話とか? いやいや、彼は俺たちと違うじゃん。身体も大きいし……」
「いやいや、言うて同じ生物ですよ? 身体はなんともできんが」
「いやいやいや、別物でしょ! ああいうのは雲の上の存在なの! 比べるのが間違いだから」
「そうかね? 俺はやっぱり、せめて身体が大きかったら、もっと役に立てるのにな、とか思うよ」
「おいおい、俺らのアイデンティティの一つはこの小さな身体だろ? 大きかったら中に入れてもらえねえじゃねえかよ」
「そりゃあまあそうだけどさ……」
「俺たちは俺たちにしか出来ないことを考えようや。例えば……」
「例えば?」
「……愛くるしい態度で疲れているみんなを癒やす、とか」
「マジレスかよ! 期待して損したわ」
「老いぼれですから発想も貧困ですわ」
「ま、じいさんが元気そうで良かったよ。そろそろ戻るわ」
「おうおう、またなじいさん」
『そろそろ帰るよーチロ』
『おいでーチャコ!』
「ワン!!」
「ワオン」

     

部屋が寒い。僕は蒲団を二重に被って小さく震えていた。吐く息は白かった。
エアコンの故障である。
何もこんな時に壊れなくても……と愚痴が溢れそうになる。ただでさえ部屋が広々としていて、心の中も寒々しいというのに……。あかん。このままでは身体も心も凍え死ぬ。もっと楽しいことを考えなくては。
ひとまずは寒さをなんとかしなくてはならない。取りあえず部屋の中で発熱してくれそうなものを片っ端から用意していく。冷蔵庫……ほんのり温かいが抱くには大きすぎる。あと見てるとめっちゃ寒気する。洗濯機……うるさい。あとあんまりあったかくない。テレビ……期待したが思ったよりもあったかくない。液晶のバカやろう。
最後に目に止まったのはガスコンロだった。火は悪くない。水でも沸かせば上半身は温かくなるだろう。料理は気が紛れるし、作ったものを口に入れれば中から温まることも出来る。下半身は……蒲団から出なければいいか。
料理なぞ何ヶ月ぶりだろう。ひょっとしたら年単位かもしれん。失敗すると落ち込んで寒さが倍増しそうだから簡単な奴がいい。蒲団を頭からかぶって冷蔵庫をそろりと開けると、味噌煮込みうどんのチルド麺が見えた。買ったのは僕ではない。とはいえ、買った本人がこれを食べることはないだろうから、僕がここで食べてしまっても問題はないはずだ。
取り出してみると二人前だった。二人前はまずい。前提として、そんなには食えない。かといって1人前だけ食べて残すのは、精神衛生上よろしくない。一緒に食べるつもりで買われたものを、勝手に一つだけ食うのは……なんというか、気が進まない。帰ってくる保障もないのにおかしな話だが、それでも、買った本人の意志を確認していない以上、勝手に手をつけてはいけないもののように思われる。
バカなことを考えているなーと思いつつ、僕は味噌煮込みうどんを諦めることにした。代わりに、少々貧相だがインスタントの味噌汁を取り出す。鍋の中に放り込んで、残りの飯と一緒にグラグラ沸かす。なんちゃって味噌雑炊だ。豆腐とかゴボウとかショウガとか、手を加えられないでもなかったが(そもそも普通の味噌もある)、これ以上冷蔵庫を開けていたら心身共に冷え切ってしまいそうだった。
出来上がった雑炊で顔を温めながら、ついこの間出ていったアイツを思う。味噌煮込みうどん、取っておくからさ、早く戻ってきてくれよ。頼む。早く食べたいんだ。

     

店ののれんをくぐると、先輩が手を振った。
「いやー、悪いねいつも」
「いやいや、先輩の為なら例え地獄にでも駆け付けますから」
「え? あんたそれ私が地獄に落ちるって言いたいわけ?」
「とんでもない! 先輩が行くとしたら絶対天国ですよ」
「結局死んでるでしょーがそれ!」
カラカラと先輩が笑う。こういうくだらない話がいつまでも続いてくれればいいのに。そう思いながらも、つい自分でそれを壊しにいってしまうのが恨めしい。
「それで、今日はどんな大作戦を奏上すればいいんですかね?」
「しーっ、声が大きいぞ軍師リョーコ! もっと口を慎め!」
大げさな動きで私を制す先輩。しかしその目はキラキラを輝いて笑っている。これからの作戦会議とその後の恋愛大作戦のことを想像したのか、心持ち顔が緩んでいる気もする。
そんなに先輩が喜んでくれるのが嬉しくて、私は更に先輩の望みを叶えようとする。それが自分の本心に反する結果になろうと分かっていても。
「とぼけても無駄ですよ? また出来たんでしょう、好きな人」

先輩の告白を、私は路地裏の片隅に隠れて聞いていた。
「ずっと前から好きでした!」
宗田さんは、少し驚いたように目を見開いて、それから申し訳ないような、嬉しいような、そんな複雑で優しい表情を浮べながら、「ごめんね」と言った。失敗だ。
先輩の胸のうちを思うと、胸が引き裂かれそうだった。失敗の可能性が高いことは分かっていた。宗田さんには素敵な彼女が既にいたのだ。そのことは先輩にも告げていたし、それでもなお正面突破からの玉砕が成功率が一番高いと進言したのは私だった。それでも、もし先輩の前に立っているのが、私だったら。もし先輩が好きなのが私だったら、そんな思いはさせないのに。
一方で、作戦が失敗に終わったことを喜ぶ自分も確かにそこにいて、その自覚が私をより苛んでいた。もっと上手いやり方があったんじゃないか。例えば彼女と別れさせてしまってから先輩を接近させるとか。ベストを尽そうとしなかったのは、お前自身の欲望のせいだ……そういう良心の声がまた、私の心をボロボロにしていく。
「リョーコ」
上から響く声でふと我に返ると、先輩が心配そうにこっちを見ていた。
ひどいな、私は。振られて傷心中の思い人に心配されて、喜ぶなんて。
「今日は反省会ですね。いつものお店で」
「だね! チクショー、死ぬほど飲むぞー!」
先輩の空元気に合わせて、私も静かに笑った。

     

こういう幽霊が出そうなぐらいの深夜を、草木も眠る丑三つ時、というらしい。母さんがそう言っていた。
普段ならとっくの昔に怒られて、風呂に放り込まれてベッドへ追いやられているところだ。それが、なんと仲間5人で裏山のカエル岩の下で幽霊が出てくるのを待っている。不思議な気分だった。辺りではスズムシとコオロギが大合唱している。しかし深夜に子供だけで、真っ暗闇にしゃがみ込んで幽霊を待っている僕らにとっては、その音がかえって静けさの象徴であるように感じられた。脇でちぃこが身じろぎする音や、デーボの呼吸すらもやたらと大きく響くようだ。
ここに幽霊が出ると言い出したのは天文オタクのケンだった。この前、自宅のベランダで星を観察していた時に、裏山のこの辺りが薄ぼんやりと光るのが見えたというのだ。何か動くものがいくつか見えたりもしたと言う。ちぃこならともかくケンは嘘をつかない。見たい気持ち怖い気持ち半々ではあったが、裏山で直に確かめることになった。

「なあ〜もう良くないか? 今日は出ないよ」
タクマの声は心なしか震えていた。来るまでは『幽霊を捕まえる』だの威勢のいいことを言っていたが、やっぱり怖いのだ。怖いけど、怖いと自分から言うのはイヤなので、別の奴に怖いと言わせようとしている。正直帰るなら帰るでも良かった。幽霊は興味あるけど、こんな遅くまで外にいたことはないのだ。けれど、タクマの思い通りにさせたくない。僕は言った。
「まだ分かんないだろ。もうちょっと頑張ろうぜ」
「そうは言うけど、もう結構待ったぜ。また来ればよくない?」
「いや、今回を逃がしたらしばらく夜外には出られない。もう少し粘ろう」
味方してくれたのはケンだった。言うことももっともだ。「でもよ……」とタクマが抗弁しようとした瞬間、ガサリ、と後ろの茂みが音を立てた。
誰もが動きを止めた。捕まえるどころか、振り返ることも、息を吐くことすらも出来ずに、ただ目と目を合わせて、音を立てないことに集中した。スズムシとコオロギの鳴声が耳を叩いた。僕らはカエル岩の下で、5体の彫像のように固まっていた。

ふと気がつくと、東の空が白んでいた。丑三つ時はとっくに過ぎていたらしい。辺りに張り詰めていた緊張感も、朝日と共に溶け出していくようだった。
「帰るか」
誰からともなく溢れた言葉は、迷いない僕らの本心だった。いつの間にか虫の鳴声は止んでいる。僕らは山道を駆け降りていった。

     

朝は嫌いだ。嫌いな奴と、それからもっと嫌いな奴の顔を見なくちゃならない。
鳴り出した目覚ましを一瞬で止めると、私は音を立てないようにしながらじっと耳を澄ます。しばらく待っていると、大小二つの足音と少しの話し声。やがてドアの開いて閉じる音が聞こえたら、そこからようやく私の一日の始まり。私はそそくさと起き上がり、朝の準備を始める。
食堂に顔を出すと、幸い奴はキッチンの中。そそくさと食卓に用意されている食事をかきこむと、私は音を立てないようにそっと部屋を出た。いつもの動きだ。
「あ、また勝手に食べて! もう、いただきますといってらっしゃいの挨拶はー?」
後ろから聞こえる姉の声にべーっと舌を出してから私は家を出た。

帰り道、友達と別れたあと、私はすることもなく商店街をうろつく。ふと、曲がり角の花屋が気になった。普段は薄暗くて誰もいないのに、今日は店前に張り紙がデーンと貼ってあるし、奥のカウンターに店員さんもいる。
『母の日当日配達受けたまわります』
そうか、週末は母の日か。そう思って通り過ぎようとした瞬間、店員さんと目線が合ってしまった。笑顔を無視することも出来ず、私は店に入った。いいや、どうせ暇だったし。
「いらっしゃい。贈り物?」
「いえ、普段あんまりやってるところを見ないので、珍しくて……」
「あら、普段も営業してるわよ? まあ、今は書き入れ時だから」
店員さんはニコニコしながら私の顔を覗き込んだ。
「お母さんと上手くいってないのかしら?」
「なっ……」
「気を悪くしたらごめんなさいね、なんとなくそんな気がしたから。でももしそうなら、母の日はチャンスよ。ほら、これサービスよ」
出てきたのは、1輪のカーネーション。
「当日渡してごらんなさい? きっと上手くいくわ」
そう言って、私の手に握らせてくる。それをしばし見てから、私は彼女に花をつきかえした。
「いいです、サービスとか。ちゃんとお金払います。それと……」
目をパチパチさせる店員さんに、少し頬が熱くなるのを自覚しながら私は聞いた。
「1輪からでも、配達はOKですか」

別に、嫌いであることが変わったわけではない。明日からはまた静かに朝をやり過ごして、夜顔を合わせないようにする生活を続けるつもりだ。
そう、これは自己満足。私の良心をなだめるための、押しつけのカーネーション。それでいいなら、くれてやる。

     

悪夢にうなされているという話を友人にしたら、そういうのを専門にしているとかいう人を紹介された。
幽霊とか信じないタイプなので、そういうのはいいと断ったのだが、向こうの方が何故だか乗り気で、無理矢理押しかけられて「治療」を受けることになってしまった。
万年床に仰向けに転がり、脇で「治療」の「準備」とやらにいそしむ「専門家」を眺める。歳は僕とそう変わらない、せいぜい20代の後半から30代といった感じだ。力のない瞳と生気の薄い顔は不安感を煽り、よれよれに着崩れした着流しとざんばらの頭は胡散くささしか感じない。おざなりの紹介だけしてとっとと逃げ帰ってしまった奴との付き合いは考えなおす必要がありそうだ。
「整いましたよ」
ふと気付くと、彼の傍らには見たこともないような動物が座っていた。パッと見は、キツネや犬に似ているが、色は白くて、毛の生えていない胴体は全体的につるんとしている。尖った頭には鼻や目や口はなく、流線型の形に手足が生え、同じようにつるんとした尻尾が生えていた。
「これはバクです」
私の訝しげな視線に気付いたのか、そう彼は言った。一般的な動物の貘ではなく、夢を食べると言われる想像上の生物であるバク。これを使って今から「治療」をすると言う。
私はいささか拍子抜けした。「治療」と言うぐらいだから、本人が手をかざしたりするとばかり思っていたのだ。「バク」が突然現れたのは少し不気味だったが、動物を使うならそうそう変なことにもなるまい……そう思っていた私の期待は裏切られた。
バクは奇妙に震えたかと思うと、突然、頭から3つに裂けた。裂け目には細かくギザギザした歯が並び、頭……と思っていた口の中は、ピンク色のぬめぬめした舌が3本ほどのたうち回っていた。
「この中に頭を突っ込んで、悪夢を食べてもらいます」
彼は平然とそう言って、微笑んだ。

私は目を覚ました。体中がこわばり、両手は硬く握られている。全身が寝汗でべとべとして、寝間着が貼りついていた。ここまで鮮明な悪夢は久しぶりだった。
枕元で着信を報せるLEDが光っている。起き上がって内容を確認した私は息が止まりそうになった。
「知り合いに悪夢を祓う専門家?がいるんだけど、話したら是非紹介してくれって! 今度一緒にそっち行くから」

       

表紙

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Neetsha