Neetel Inside ニートノベル
表紙

日替わり小説
2/4〜2/10

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今日から待ちに待った春である。暦の上では。勢いきって開けた窓からナイフの雨のような風が差し込んできて、朝から早速後悔が一つ。暦って奴を考えたのは一体どこのバカであろう。ぬか喜びさせやがって、会ったらこの豆をぶつけて祓ってやりたい。昨日撒いた豆の残りをヤケクソのようにバリバリ食べる。歳の数など気にはしていられない。
そもそも正月のことを「新春」などと呼ぶのが納得がいかない。正月は誰がどう見ても冬である。雪だって12月よりも1月の方が降るし、霜だって氷柱だって、1月に入ってからが本番だ。だのに暦の野郎、小雪だ大雪だと適当なことを言って、そんな風だから年賀状に「迎春」などと書かれて訳もなく私がカリカリする羽目になるのだ。許せない。
それもこれも告白のせいである。告白の返事を春まで待ってくれと言われたのは、秋の入口だった。体育祭の打上げで、応援団の先輩と帰り道一緒になった。わざと私たちだけはぐれるように仕向けた友達には腹立たしいやらありがたいやら、今思い出しても火山のような感情がブワーッと噴き上がってくる。返事がまだだからこの程度だけど、いざ成否が分かったら、私の心は本当に破裂しかねない。
それからというもの一日一日が長くて長くて、これが一日千秋という奴か、などと考えながら、私は表面上は大人しく返事を待っていた。内面的には書いた通りの荒れ模様で、自分の中にこれほどまでに暴力的な感情が眠っていたのか、と自分で驚くぐらいに私はナーバスになっていた。先輩にとっての春はいつなのだろう? そんなことは聞けなかった。聞けば急かされていると思われるだろう。そんな誤解はされたくなかったし、それに告白の返事でこんなに不安定になっている自分を見せたくもなかった。
もう100個は食っただろう、手元の大豆は大分減っていた。もしこのまま返事が曖昧なままで本当に100歳を超えてしまったらどうしよう。私もいよいよお婆ちゃんか。そんな妄想が頭をよぎる。我が世の春が来ないまま、春が終わるのか。
握りしめていたケータイからLINEの新着音が鳴る。通知を何の気なしに眺めて、私は失神しそうになった。
ディスプレイには、先輩の名前が光っている。心臓があり得ないほど音を立てて鼓動しはじめた。身体もポカポカとあたたかい。
今日は立春。春が訪れる日だ。
世間的には冬かもしれないが、暦の上でも、私の上でも、今日間違いなく春が来たらしい。

     

会場に響くシャープペンシルの音。カリカリ、いやサリサリ? 或いはシャリシャリ……なんかかき氷みたいだ。テストを問いていると気にならないが、テストを解かずに聞いていると、意外とうるさい。この中で寝るのは中々大変だろう。自分で出している音だと気にならないということなんだろうか。それとも作業中は多少の雑音はOKということなのか。
視線を前に落とすと、白紙の解答用紙がある。模試の存在を知らない人がこれだけ見たら何の紙なのかさっぱり分からないだろう。規則性のない長方形の羅列に、不均一な余白。かと思えば方眼用紙かのような細かい正方形が書いてあったり、罫線だけのブロックがあったりする。
逆に模試のことを分かっている人なら、解答用紙を見ただけである程度それらしい解答を書くことだって出来るだろう。まああくまで「それらしい」だけの解答だが。試しにやってみようか、などと下らないことばかり思いつく。
下らないことを思いつくのは、大抵もっと下らないことを考えている証拠だ。模試会場にいながら模試への興味を完全に失念してしまった僕は、模試とは関係ないことを考えつつも、模試をブチ壊すことばかり考えていた。
模試をブチ壊すとは、いかにも魅力的な字面である。しかしやるのは結構難しいと僕は考えていた。例えば奇声を上げて教室から脱走するとどうなるか。最初の一瞬はヘゲモニーを握れるかもしれないが、すぐ拘束されるなり、放置されるなりしてしまうだろう。10分もすれば会場には静寂と秩序が戻ってくる。これでは面白みにかける。
爆破予告はどうだろう。これならこの後のテストは全て中止になるだろう。ブチ壊し大成功である。もっとも、その後の自分の人生と引き換えになるが。延期になったテストを後で振替実施されるのも気にいらない。
つまるところ、罪にならない程度に、しかし徹底的にやっつけられる手段が必要である。その為には、誰にも見られない場所で、テストに必要なものを再生出来ないレベルで破壊しなくてはならない。そんな手段が、一つだけあるのである。
トイレを装って会場から出る。目当てのものはすぐに見つかった。廊下には誰もいない(当たり前だが)。僕は素早く非常ボタンを押すと同時に非常階段から外に飛び出した。コートは置いてきたので冬の冷気が肌を差す。後ろからスプリンクラーが水を撒く音が聞こえてきた。不良試験監督で悪いな、と心の中で謝った。

     

幼い頃は楽しみだった雪や台風が、大人になると憂鬱なものでしかない、などとよく言われているが、私には当てはまらないと思う。雪にしろ台風にしろ、日常に非日常をもたらしてくれる存在である。天災によって人に不幸が起こること自体は悲しいが、それが私自身の楽しみを奪うことはない。家を早めに出たり、会社に前泊したり、電車が遅れて酷いラッシュに巻き込まれたりするのは確かに辛いが、逆に言えば、それは普段の日常では絶対に体験することの出来ない特別なイベントでもある。簡単に言えば、本能によるワクワクは、理性で抑えきれないということだ。
というわけで、私は雪が融けてぐしょぐしょになった地面を踏み締めつつ、会社に向かっていた。この辺りは坂が多いので、ちょっと積もっただけでも凍結や転倒が怖い。そこで地元の住民総出で狂ったように融雪剤を撒くのだ。おかげで降った当日だというのに地面のアスファルトはしっかり剥き出しで、大量の雪解け水に黒光りしている。脇には雪掻きの残骸である汚れた雪の上に白い融雪剤がふりかけかチョコチップのように振りかかっている。
この光景を見るのも3回目ぐらいにはなる。今はまだ新鮮な非日常の中にあるが、何度も見るうちに、これも日常の中に回帰していくのだろうか。そうしたら、今度こそ私も、楽しみだった雪や台風を、憂鬱で、嫌なものにしか感じられなくなるのだろうか。それは嫌だな。
私は空を見上げた。雪は昨晩に比べれば大分小降りになってはいるものの、未だに白い花を咲かせている。これなら当分は持つだろう。時間は結構ギリギリなので、思い切って有給を取ってしまうことにする。私は近所のスーパーまで、氷を求めて走り出した。
数時間後、私は目の前の3体のゆきだるまを満足しながら眺めていた。1体は普通の形。1体はこけしみたいな恰好、もう1体はマトリョーシカみたいな形をしている。正確にはかき氷機の氷で作ったのでかき氷だるまだが。スキー用の手袋をして作業をしたのだが、流石に少し手がかじかんでいる。手袋を外して擦り合わせていると、向かいの家から融雪剤の袋を持ったおばさんが現れた。
「こんにちわ」と挨拶すると、おばさんはちょっと会釈して、それから変な顔して私とかき氷だるまとを交互に見た。おばさんよ、これが非日常だ。私は心の中でそう胸を張ってみたが、おばさんには通じなかったかもしれない。

     

昔から女の子になりたくてなりたくて仕方がなかった。女の子がうらやましかった、のだと思う。実際の女性は僕ら男性には分からない色んな苦労を背負っている。そう頭では理解していても、やはり僕の目は理想の女の子に向けられてしまう。
だから、僕がこの電話番号に反応したのは、ある意味で必然だった。
『女の子になりたい人、募集します』
そう上に書き添えられた11ケタの携帯番号は、僕のよく行くラーメン屋のカウンターにある台帳に書かれていた。出会い系か、イタズラか。そう思いながら、つい電話をかけてしまったのは僕が偏執的に女の子になりたかったせいだと思う。
10コールほどして、こんなイタズラに引っ掛かるなんてマヌケだな、やっぱりやめようーーそう思った瞬間に電話から声がした。
『あなた、女の子になりたい人?』
「はい」と答えたのは、ほとんど反射的だったと思う。電話の向こうの女性はクスッ、と笑って『19時に駅裏の公園まで来て』と言った。

公園に着いた僕が見たのは、ライオンだった。いや正確には、ライオンであり女性であった、と言うべきかもしれない。それは全く不思議な感覚で、どう表現したらいいのか未だに分からない。
彼女(と便宜的に呼ぶが)は肉食的な笑みを浮かべながら僕を見上げると、「あら、やっぱり女の子になりたいのは男の子だったのね」と言った。
僕は何も言えなかった。それはライオンとしての彼女に畏怖していたからでもあるし、女の子としての彼女が魅力的に過ぎたからでもあった。
次の瞬間、彼女は僕に飛びかかった。いや、キスされただけなのかもしれない。それは半分ずつ混ざりあって、僕の認識を形成していた。僕が最後に見たのは、公園から四足で走り去る彼女の姿だった。その時、彼女は明らかにライオンであり、女の子ではなくなっていた。
僕は自分の手を見た。それは依然として男の子の手だったが、同時に女の子の手でもあった。僕は男の子であり、女の子でもある存在に変化していた。

それからどのようにして公園を出発したのか覚えがない。気が付くと、僕はさっきのラーメン屋のカウンターに座っていた。カウンターにはあの台帳が置いてある。迷信と馬鹿にするにはその夜の出来事はリアリティがありすぎたし、そこに書き込むのは、酷く自然な行為に思えた。僕はボールペンを取り上げると、新しいページに携帯番号と共にそれを書き記した。
『男の子になりたい人、募集します』

     

先輩は尊い。
先輩は愛おしい。
先輩ハ神聖ニシテ侵スヘカラス。
いや、そこまでではない。いうよりは、私にはそう言うだけの権利はない。
何故って、私は先輩の恋人ではない。
でも、「先輩ノ笑顔ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」ぐらいは言っておきたい。
これは先輩の笑顔を守るためなのだから……。
私は決意を新たにすると、先輩と染田さんの3組後ろから、遊園地へと入っていった。

デートまでこぎつけたのはこれで2度目だ。前回は上手く行かず発展的に解消してしまったが、今回はこの軍師リョーコの技をとくとご覧に入れましょう。全ては先輩の笑顔の為……。
あ、こら。先輩、こっち見ちゃ駄目ですって。何こそっと手振ってるんですか。気付かれたらどうする、っていうか、貴方デート中なんだからもっと染田さんにアピールして! 恥ずかしがってる場合じゃないから! もっと相手の目を見て! 会話して! スキンシップ取って〜〜!!!
やきもきする。アイスクリームのスプーンが口の中でバキッと鳴った。先輩は恋を甘く見ている。恋は戦争なのに。戦況は未だ不利なのです! もっとハート狙って!
染田も染田だ。こんなに可愛い、美しい、凛々しい、愛おしい先輩が、こんなにも好き好きビームを全身から出して、男ならもっと積極的にエスコートするだろ! なんでそんなに淡白なんだよ!
クソ、クソ、クソ。スプーンの割れ目が一噛みごとに大きくなっていく。何がやきもきするって、二人の仲が進展しないことにホッとしている自分が、一番許せない。
私は携帯を取り出すと、先輩の番号をタップした。事前の打ち合わせ通り、3回のコール。
作戦:恋確機動隊(ゴーストインザラブ)、状況を開始せよ。

「まあ、そんなに落ち込むなって。リョーコが悪いわけじゃないよ」
「なぐさめないでぐだざい〜〜……一番落ち込んでるはずの人に慰められたら私はどうすればいいんですかぁ〜〜!!」
結局、いつもの店で私達は二人きりの反省会を開いていた。
「にしても、まさか染田さんがお化け屋敷苦手だったなんてねー」
「ホラー映画鑑賞が趣味だと思ってたのに……まさか苦手克服の為とは思いませんよ……」
「ま、今回は調査が足りませんでしたな、軍師殿!」
そう言ってワシワシ頭を撫でてくれる先輩の手の温もりが、とても愛しくて。先輩の笑顔を守れなかった悔しさ、先輩を取られなかった喜び、それらが混じりあって目から溢れて。
私はまだ当分、泣き止めそうにない。

     

苺をひとつまみ。指でヘタをもぎって、そのまま口に放り込む。ここの両親は生クリームと砂糖をかけているけど、私はかけない方が好きだ。苺の香りと甘味は繊細だし、酸味や水気まで含めてそのまま味わうのが趣味に合う。
12月〜1月にかけては、苺の裏の旬になっているようだ。いわゆるハウス苺の出荷時期で、本来はクリスマスケーキ特需に合わせたものなのだろう。それを当てこんで色んなアイスや製菓、ジュース飲料が苺フレーバーの期間限定メニューを出すのが1月〜2月にかけて。1月はまさに裏・いちご月間と言える。
苺フレーバーのアイスや炭酸もいいけれど、やはり生の苺が一番おいしい。苺は元々が高くて贅沢品の部類だけど、ハウスなだけあってやっぱり初夏のものよりずっと高い。
苺をもうひとつまみ。沢山余っているので、気兼ねなく食べていく。買ってから2週間ぐらい経っているので、むしろ早めに食べてしまわないとそろそろ足が早い。
苺は好物だけど、家で一人でぼつぼつ食べるために買ってきたワケじゃない。少しブルーになりながら、冷蔵庫に入れっぱなしのスポンジを思い浮かべる。ここんとこ二人で作って食べるのが習慣づいていたせいで、今年もふらりとつい買ってしまったのだ。お母さんに「私らはこんな甘くて重いもの、もう食べれんよ」と怒られては作るに作れず、なんとなく入れっぱなしになってしまっている。
何か切っ掛けさえあればなあ。なんとなく機会を逸してここまで来てしまったけど、苺はともかく、スポンジケーキを一人でパクつくなんて、流石に悲しすぎる。
そんなことを考えていたら、苺が半分ぐらいになっていた。気がつくとお腹も結構いっぱいで、こりゃ晩御飯食べられないかも、と少し慌てる。ひとまず残りは冷蔵庫へ。食後にお父さんとお母さんが食べるだろう。
おかしいな。死ぬほど食ったはずなのに、あんまり食った感じがない。味わわなかったのか。勿体なさ過ぎる。明日、スーパーで苺が売ってたら買って来よう。そしたらついでに……寄ってみようかな。
まあ、気分で変わるかもしれないけど。

     

「じいちゃん、あれ」
船の上に幼い娘の声が闇に響く。船を止めた老人が外に篝火を放ると、ぼうと人影が浮かび上がった。
「何してんだ、こんなところで」
気だるげに老人が問い、女の声が答えた。
「そりゃ勿論、ヒッチハイクよ」
篝火は、右手の親指をピンと立てた少女の姿を照らしていた。

「ねえねえ、何してたの? どこから来たの?」
幼女は話相手が出来たのが嬉しいのか、しきりに少女に話しかける。
「旅行よ、旅行。ニオブから歩いてきたんだけど」
「フン、生身で砂漠横断たぁ大した自殺志願野郎だ」
「あら、確かに昼間は灼熱地獄だけど、夜ならそれなりに動けるし、上手く砂丘の影やオアシスを使って休めばキチンと旅行も出来るのよ?」
馬鹿にするとも天真爛漫とも取れる微妙な口調であった。老人はもう一度、フンと鼻を鳴らした。目は船の進行方向を見据えながら、「気流」を受けて無言で帆を操る。
砂漠での操船は、力はさほど必要ないが、海上とは違う特殊な技術が必要だ。海流の影響がない代わりに、風もほとんどない。代わりに魔化された帆を使って、「気流」を読む。「気流」は大気の揺らぎなどで感じ取ることが出来るが、それらを会得するには長年の経験が不可欠になる。
しかし、真に砂漠で恐ろしいのは操船や気候ではない。「それ」は恐ろしく凶悪で巨大で素早い。船を襲うことは稀であるが、テリトリーを荒らす者には容赦しない。それゆえ、船乗りは絶対に「それ」を避けなくてはいけないのだが、出食わすかどうかは殆ど運だ。
今日の老人には運がなかった。
僅かな砂の動きと鱗の擦れる音。それを感じ取った老人が回避行動を取ろうとした時、突然「気流」の動きが変わってしまったのである。予想外の船の動き。その先には、体長10mほどにもなる大蛇がいた。

真っ先に動いたのは老人だった。幼女を抱き上げ、船の上から飛び降りる。同時に大蛇が尻尾を振り上げた、と思ったら、大蛇は力のない唸り声を上げると、その場に崩れ落ちた。
老人の前に少女が降り立つ。軽く手をはたいて一仕事終えたという雰囲気だ。
「……お前がやったのか」
老人の問いに少女は小さく頷いた。
「一人で探すよりも、船をデコイにしてもらった方が上手くいくかと思って。ごめんなさい」
そして胸を張ると、こう名乗った。
「あらためまして、サンドサーペントハンターの、エオウィン・リンドバーグと言います。ご協力ありがとうございました」

       

表紙

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Neetsha