Neetel Inside ニートノベル
表紙

日替わり小説
2/11〜2/17

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こうしてお話しするのは初めてですね。
あれからどうしていましたか。ずっと見ないので、心配していました。
朝練も部活も休んでいると聞きました。今、とても苦しんでいるんですよね。その辛さを分け合うことが出来ないのが残念ですが、なんとかして貴方の助けになりたい。そう思って、ここまで来ました。

私は、貴方のファンの一人です。試合のたびに、いつも応援席の一番奥の方に座って、貴方のことを見ていました。
一年生の時は、ほとんどベンチにいましたよね。一年生のうちからベンチに入れるなんて凄いことなんだと知ったのは、ずっと後になってからのことでした。
その日は、友達に連れられて当時の3年生のエースの先輩を応援しに行ったんです。観客席は先輩のファンで一杯で。でも、そんな観客席の誰よりも大きな声援が、ベンチから送られていました。大勢の大応援団を凌駕するような圧倒的な声、それが、私が最初に見つけた貴方です。
人の事をこんなに一生懸命になって応援出来る人がいるんだと、びっくりしました。気がつけば、試合ごとに私はベンチの中に貴方の姿を探していました。
3年生が引退して秋になった時、ベンチに貴方がいなくて、またびっくりしました。いなくなっちゃったのか、そう思った瞬間、グラウンドから轟き渡る声が飛んできました。その時の私は、やはりそれがどれほど凄いことなのか、よく分かっていませんでした。ただ、より近くで姿を見られるんだ、ということが、妙に嬉しかったのを覚えています。
2年生であるとは言え、貴方はチームの精神的な柱になっていたと、私は思います。それは私から見た贔屓目なのかもしれませんが、それでも貴方の大声は、チーム全体によい影響を与えていたと思います。
だからこの秋に、貴方が試合に姿を見せなくなったとき、とても不安になりました。チームの芯がすこーんと抜けてしまったようで……。私は素人だからよく分かりませんが、チームメイトの皆さんも、なんとなく集中を欠いているような感じでした。
あのエラーは、確かに、貴方に重い傷を残したのだと思います。それと向き合うのは大変なことだと思います。でも、あのグラウンドには、やっぱり貴方がいて欲しい。貴方が、あの大きな声で、グラウンドを響かせて欲しい。これは私のわがままです。でも、私だから言えるわがままだと思います。だから、言わせてください。

帰ってこい、私のヒーロー。

     

リモコンのスイッチを入れたら、ゲームの世界に飛ばされてしまった。
俺はテレビを前にして呆然としていた。目の前から人が消えたのだから、当然と言えば当然だ。持ち主を失って宙に浮いたリモコンがどさりと落ちる。
飛ばされたのは俺ではなく、両親だった。

その日はちょっとラッキーな一日だった。
予備校で模試を受けてたんだけど、なんでか途中で予備校中が大騒ぎになった。詳しくは分かんないけど模試どころじゃなくなったらしくてそのまま中止。帰りがけに職員室(?)覗いたら、みんな泣きそうな顔して床とか机を拭いてた。
帰ってみたらちょうど両親は出掛けていて留守。これ幸いと最近禁止になったWiiUを引っ張り出して、ヴァーチャルコンソールに入ってるクロノトリガーで遊んでいた。
普段はもっと駐車場とかに慎重に気を配るんだけど、久しぶりでちょっと興奮しすぎてたのか。ゲームに夢中になっていた俺は、背後から近付く両親の影に気付かなかった。俺は母親に叱られ、父親にテレビを消され、気がついたら……
両親が目の前から消えてしまっていた!

両親がいなくなった俺はずうずうしくも、「あとちょっとでセーブポイントだから……」ということでテレビを点けなおしたのである。そうしたらパーティの名前がなんかおかしい。
ルッカの名前がハルカになってるし、グラフィックもなんかおばさんチックになっている。どことなくこっちに向かって怒ってるっぽい雰囲気もある。
ロボも名前がヒロノブになってる。グラはパッと見では分からなかったけど、ちゃんと見たらただのオヤジだ。体型が近いから気付かなかったらしい。
そういうわけで、俺は時の最果てで頭を抱えて悩んでいるのだった。

両親がこのままなのは困る。しかしどうすればいいのやら……クリアすればいいのだろうか。しかし途中で両親が倒れてしまったら無事に戻ってこれるとは限らないし……
悩んだ末に俺は、そのままハルカとヒロノブをパーティに入れてラヴォスを倒した。二人は大変そうだったが、元に戻る為には仕方がない。
エンディングで何も起きなくて焦ったけど、クリア後にシルバードの行き先に「外」って項目があったから、そこに向かって二人を飛ばしたら、二人が帰ってきた。
やれやれと安心する俺を前に母親はぼそっと「親がいなくなったらほんとゲームしかやらないんだから……」
おいおい、そりゃないでしょ。俺は必死になって頑張ったのに……。

     

「それでは、今日は兄弟について、を書いてきましょう。明日の授業で、隣の人と作文の交換をして、意見交流をします」
そう言いながら、ナカガワ先生がいつもの宿題用の原稿用紙を配り始める。僕は手を上げた。
「どうしたの、カワモト君?」
先生はいつもの鈴を転がすような声で答える。
「僕、兄弟いませんけど」
先生は目をぱちくりさせた。数秒ほどの沈黙があって、先生が声を上げた。
「ああ! そうだったね、ごめんなさい。カワモト君はね、おうちでよく遊ぶものについて書いてきてくれるかな」
「よく遊ぶもの?」
「そう。何でもいいよ? ぬいぐるみとか、ゲームとか。読んだ本の感想でもいいし、おうちのペットの話でもおっけー」
「えーカワモト君ずるい」「僕も楽しいこと書きたいー」
教室のここそこから文句の声が上がる。僕はそれを聞きながら、ああ、このクラスで兄弟がいないのは本当に僕だけなんだな、とぼんやり考えていた。

僕の家は普通と違う。それに気付いたのは小学校に上がった頃だった。
皆は兄弟が沢山いる。お兄さんにお姉さん、弟、妹、皆少なくとも一人はいるらしい。僕にはいない。そういうのを一人っ子と言うんだって、先生に教えてもらった。
お父さんやお母さんも皆とは違う。僕のお父さんとお母さんは夫婦だから、とても仲がいい。いつだって一緒にいる。でも、皆のお父さんお母さんは結婚はしていない。「親の仕事」の「どうりょう」なのだそうだ。仲には結婚してる人もいるらしいけど、うちのお父さんが言うには、それは「しょくば結婚」という奴で、うちとはちょっと違うらしい。
僕んちは結構変わっている。それで不便に思ったり、苛められたりすることはないけれど、今日みたいにふとした時に、僕だけが違っている、ということが突き付けられると、なんだかちょっと変な気分になる。
結局僕は家で飼っているデコ助のことを書いた。僕が2Bの鉛筆でガリガリやっているといつものようにデコ助がやってきて、俺の首筋も掻いてくれと寝転がった。のん気な奴だ。

翌日、隣のクロダ君と作文を交換した。クロダ君は妹との喧嘩の話を書いていた。仲直りは早めにした方がいいよ、と言うと、クロダ君は頭を掻いて、アイツ猫みたいに気まぐれなんだよ、と言った。
「話し合えるだけマシだよ」
「それもそうか。でも話が出来ないなら喧嘩もしねえぜ」
「それもそうだね」
そこで急になんだかおかしくなって、二人でずっと笑っていた。

     

「じゃあ、来週の大会には出られないんですか?」
「やめといた方がいいでしょうなぁ。ここで無理すると慢性化しかねんですぞ」
眼鏡をかけた老年の医者がそう答える。それを聞いた青年は、肩をがっくりと落とした。
「お願いします。毎年うちのが凄く楽しみにしてるんですよ。なんとかなりませんか」
「私に言われてもねえ……お薬は出しときますよ。ギプスは1ヶ月したら取りに来て」
尚も粘ろうとする青年が看護婦につまみ出されたのは、それから30分後のことだった。

日曜の朝。青年は不思議な気持ちで目を覚ました。二人で生活するようになってから5年経つが、この日にこんなにのんびりと起きたのは初めてのことだ。あくびをしながら部屋から出る。
「去年と違って何もないから、のんびり準備が出来るよな……あれ」
青年は先ほどから感じていた違和感の正体に気付いた。彼の妹、レナが、どこにもいないのだ。
「出掛けたのか? でも用事があるなんて一言も……」
不思議に思いながら、青年はテレビのスイッチを入れた。途端に歓声と共に、三辻港マラソン大会の様子が写し出される。地方ローカルの大会だが、優勝商品が特産のクロマグロ1尾分の赤身とあって注目度は意外に高い。
と、青年の目がテレビのある一点に釘付けになった。
「……レナ!!」
叫び声が漏れるよりも早く青年は走り出していた。

やっぱり無理をしてでも自分が出るべきだった……青年は激しく後悔していた。レナはマグロが大好物なのだ。きっと、兄が出られないなら自分が出てマグロを食べようと思ったに違いない。
痛み始めた足を引きずって走る。コースのある大通りに出ると、トレードマークのサクランボの髪ゴムが車列の向こうに見えた。
良かった、無事だった……そう思った瞬間、飛び跳ねていたサクランボが消えた。いや、消えたのではない。彼女は道路の上に崩れ落ちていた。
「レナ!!」
青年は車が飛び交う中を妹に向かって駆け出した。急ブレーキ、クラクション、それから凄まじい怒号。それら全てを引き連れて、兄は、妹を抱き抱えて言った。
「済まない、俺のせいでこんな……」
しかし、レナがそれを遮った。
「お、兄、ちゃんが、すごく、がっかりして、た、から……」後は激しく咳こんで言葉にならなかった。彼女は喘息持ちなのである。
だがそれで十分だった。青年は徹底的に打ちのめされ、自嘲気味に呟いた。
「なんだ、レナを追いつめたのは俺の足じゃなくて、俺の心だったんじゃないか」

     

「負けました」
腹の中から絞り出すようにして俺は言った。呻き声のようだ、と我ながら思った。
こんなに強い奴がいるのか、と思った。得意の角換わりを仕掛けて、途中まではこちらが良いと思った局面すらあった。なのに、決め手を欠いたまま巧みに逃げられ、気がつけば捻り合いに持ち込まれていた。
そこからはアイツの独壇場だった。髪一本差の差を爪一枚差に、爪一枚差を指一本差に段々広げられ、気がついたら敗勢だった。
後から聞いた話では、アイツの得意戦法も角換わりだということだった。俺の方がお前より上手く角換わりを扱えるんだ、と言われたような気がした。
僕の中学最後の大会は、こうして終わった。

それからが地獄だった。他ならぬ僕が、誰よりも僕を責め続け、苛んだ。その声から逃れようと、ひたすら将棋の勉強に打ち込んだ。プロの公開されている角換わりの対局を全部並べた。近所の将棋道場に通い過ぎて出入り禁止を食らいかけたこともあった。
全てはアイツに勝つためだった。あれだけ強いと奨励会入りしているかもしれない。また戦えるとも限らない。でも勝たないと、そうしないと、僕の手に、楽しい将棋は戻って来ない。そう直感が告げていた。
そんな僕の想いが通じたのか、僕はまた、アイツの前に座っていた。奇しくも、あの負けた日から丁度二年経っていた。

相手は僕のことを覚えているようだったが、お互いに言葉は交わさなかった。そう、交わすのは挨拶と駒だけでいい。
二年間の集大成をぶつけるのだ。そう勢いこんでいた僕は、相手の3手目を見て目を疑った。
6六歩。
こちらが角道を開ける前に角道を閉ざす手である。つまり、この将棋は角換わりになることはない。
目まいがした。こいつは復讐の機会すら、僕から奪おうというのか。あの勝利を、記憶を持って、勝ち逃げする気なのか。許せない。怒りに燃えて睨めつけたとき、あることに気付いた。
アイツの得意戦法も角換わりなのだ。なのに角換わりを避けた。つまりこいつは、こう言っているのだ。「お前とは角換わりでやったら負けるからやりたくない」と。
奴に、角換わりを捨てさせた。僕の二年間が、全国大会の棋譜が、そうさせたのだ。急に気分がふぅっと軽くなった。悠々とした気分で、僕は4手目を着手した。
試合には負けたが、僕は大満足だった。勝ち逃げどころではない。僕はアイツを敵前逃亡させたのだ。含み笑いする僕を、チームメイトが気持ち悪そうに見つめていた。

     

「見つけたぞ!」
私は声を上げた。発掘調査の目玉である、「魔導図書館」に収められていた大量の陶片を手に入れたのだ。これで文献調査が捗るだろう。私はたまらず指笛を吹いた。

発掘品を持ち帰ると宿の机の上に並べ、手元に自作の辞書を引き寄せ、首っ引きで文章を訳出していく。
陶片に記されているのは、どうやら何かの詩のようなものだった。真理を追及する学者の内面を率直に綴った内容のようだ。形式ばった韻文の形態ではあったが、それは微に入り細に入り、克明に学者の興奮を、葛藤を、苦悩を、そして後悔を描写していた。
後悔?
そう、陶片の最後は、学者の後悔と懺悔で埋められていた。知識を紐解いたことに対する反省である。肝心の紐解かれた知識の部分の記述は、巧妙に削り取られ、なくなっていた。
ーー知りたい。
ざわり、と私の中の何かが動いた。隠された知識が知りたくてたまらなかった。基本的に知識欲によってここまでドリブンされてきた私であるが、これほど強烈な欲求を内部から感じたのは始めてだった。
気がつけば、私は訳文を書く手を止められなくなっていた。書けば書くほど、知識の欲求は増していく。加えて、訳を終えるたびに、奇妙な快感が頭の先から走り抜けるのを感じていた。脳の辛うじて冷静な部分は警告を発していたが、私はやめなかった。辞められない。辞められるわけがない。
気がつけば私の下着は白くべたべたしたもので汚れていた。

私は一人で発掘現場に戻り、調査を再開した。とにかく早く知識の根幹が知りたくてならなかった。一人で黙々と掘り続けたが、掘っても掘っても、陶片どころか石ころ一つ出てこなかった。
それでも掘る手は止まらなかった。直感が、ここに知りたいことは眠っている、と告げていた。穴の中から知識が私のことを呼んでいる、という感覚もあった。ならば、何故その知識は私の前に姿を見せないのだろう。
何かやり方が間違っているのだろうか? 私はスコップを投げ出した。穴の中に手を突っ込み、素手で土を触ってみる。呼ぶ声が強くなった気がした。間違いない。彼はここにいる。ここで私が来るのを待っているのだ。
手で穴を掘り、幅を広げていく。相変わらず何も出てはこなかったが、私はもう理解していた。出てこないなら、私がそちらへ行けばいいのだ。知識の海にダイブし、知識と一体になってこそ、真に本当の知識が得られるのだ。
私は頭を穴に突っ込み、そのまま穴の中へと飛び込んだ。

     

 伯父がくれたそのサイコロは、見るからに年代物らしき風格を漂わせているのに、ほとんど汚れがなく、綺麗に手入れされていた。
サイコロを居間で弄んでいると、足元にショコラが寄ってきた。適当に追い払おうとして手を上げたら、手のひらからサイコロが溢れ落ちた。あっと思う間もなく、サイコロはショコラの口に放り込まれていった。ゴクリ、という嚥下の音が聞こえた気がした。ゴクリじゃねえよ。やってしまった。
 時間が時間なので行きつけの動物病院は閉まっている。なんとか吐かせたいのだが、我が家は揃いも揃って不器用ばかりで、そういうスキルを持っている人がいないのである。もっとも、器用ならうっかりでサイコロを猫の口に放り込んだりはしないだろうが。
 ショコラは喉がつまって苦しいのか、床をゴロゴロ転がっている。ひとまず両親に相談を……と思っていたら、急に外から凄い音がする。仰向けになったショコラを置いて窓を見ると滝の下にワープでもしたのかというような大雨である。ちょっと前まで雲一つなかったんだが、と思って外を見ていると、豪雨は突然ピタリと止んだ。みるみる空が晴れて、夏の大三角が顔を出す。と思ったら今度は白いひらひらしたものが降り始めた。夏の大三角を背景に天気雪は尋常ではない。
 実は先ほどから、ショコラの身体の向きが外の天気に対応していることには気付いていた。非科学的なことだが、あのサイコロが関係してると見て間違いないだろう。不味いことになってきた。
 サイコロに書かれていた言葉はなんだったか。うち2つの面はそれぞれsunny,rainyだった筈だ。伯父いわくラテン語らしいが、かなり疑わしい。ていうか運勢じゃなくて天気じゃないか。曇りや雪があること考えると、cloudy,snowyもありそうだ。残りが分からないが、ロクなものじゃない気がする。
 ショコラが寝転がったりしないようにあやしながら伯父に連絡を取ろうと携帯を探るが、ショコラは俺の手をするりとすり抜けた。頭を下にして自由落下。次の瞬間、ショコラは凄まじいくしゃみをした。同時に外でも凄い風が吹く音がした。ショコラはそのまま床に着地して、それまでの苦悶が嘘のように軽やかに走り去っていった。俺は床に残されたサイコロの「microburst」という文字を見ながら、電話の向こうの呑気な「もしもし?」という声を聞いていた。

       

表紙

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Neetsha