Neetel Inside 文芸新都
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 生き物の気配が満ちていた。


 坂の下の林を見て、シエラは思った。

「あの、赤いのは、こちらを窺える場所にいないと指示が出せないのだと思う。さっきも、囲いの中では、奴らは組織的に動いていたが、林の中では、急に動きが雑になった。つまり、わざと窺いやすい場所を作ってやって、そこに誘い込む」
 ボルドーが言った。
「誘い込む場所は、ここだ」
 そう言ってから、次に、少し離れた林の中の、木の少ない場所を指差す。
「あそこがいいだろう。ここ以外、見渡せる場所がない。あそこに、囮として、わしとシエラが行く。グレイは、ここで待ち伏せして、赤いのを仕留めてくれ」

 ボルドーを見ていたグレイが、急に、厳しい目になる。
「作戦は分かった。いい案だと思う。だけど、シエラを連れて行くっていうのは、納得できないな」
「奴らが狙っているのが、わしかシエラか、あるいは両方か、まだ分からない。一度攻撃を受けた二人が行けば、間違いない」
「ボルドーさん。シエラの、この姿見てよ。無茶させすぎだと思わない?」
「私なら、大丈夫です」
「お前は、黙ってろ」
 グレイが言った。

 少し、間があった。

「分かった。まずは、わし一人で行こう。それで、奴らが動かなかったら、また別の方法を考えよう」
 グレイが頷いた。
「では、任せたぞ」
 言って、ボルドーは、坂を下っていった。

 二人だけになった。

「シエラ。お前は、もう何もしなくていいから、あの、洞穴の中に入ってるんだ」
「私も、戦います」
「シエラ、一つ言っておくよ。お前が戦わなくても、この戦いは勝てるんだ。お前は、今、血に酔って興奮してるんだと思う」
 血に酔う?
 言われても、シエラには、実感がなかった。
「シエラが、強くなりたいと思う気持ちも分かるけど、無茶はいけない。ここは、私達に任せてくれればいいんだ」

 無茶なんかではない。

 言おうとしたら、麓に動きがあった。
「動いたな」
 生き物の気配が、一斉に動き始めた。
「じゃあ、シエラ。分かったな?」
 否定をしたら、余計な時間を食ってしまうと、シエラは思った。

 シエラは頷いた。





「うおぁっ」
 シエラが、洞穴に入ろうとしたら、鉢合わせになったダークが、驚いて声を上げた。
「ああ、ごめんごめん」
 謝るダーク。
 目が、少し赤くなっているように見えた。

「えと、あの二人は?」
「今、戦っています」
「そうか」

 シエラは、自分の顔に付いている血が、固まっていることに気がついて、手で拭おうとしたが、手にも血がついていた。

「しかし、本当にすごいよね、君は。まだ、こんなに小さいのに、あんなに心気が使えるなんて」
 シエラは、ダークを見た。
「すごいですか?」
「え? そりゃそうだよ。君ぐらいの歳で、心気を使える子なんて、まず、いないよ。ましてや、狼獣を倒しちゃうんだからね。多分、俺より強いんじゃないかな」
 言って、ダークは笑った。

「そうですか。私は、強いですか……」





 ボルドーが、予定の場所に辿り着いているのを、グレイは、草むらの中から確認した。

 派手に、暴れているようだ。
 グレイは、じっと息を潜めていた。

 すると、グレイがいる反対側の丘を、数匹の狼獣を引き連れた、赤い狼獣が移動しているのが見えた。

 来たな。

 赤い狼獣が、グレイのいる山に入って来たのを確認して、グレイは、回り込むように移動した。
 確実に、仕留めなければならないので、慎重にするべきだろう。
 グレイは、どこで襲い掛かるか、大体、考えていた。

 洞穴があった場所の、すぐ近くを、赤い狼獣の一団が通り過ぎようとしていた。

 そこで、グレイは、仰天した。

 シエラと、ダークという男が、その一団に飛び掛かっていっていた。





 まず、取り巻きの一匹を斬った。

 ダークが、周りの狼獣は任せてくれと言っていたので、シエラはそのまま、赤い狼獣に向かっていった。
 近づいてみて、改めて、その大きさを感じた。
 通常の狼獣の三倍はあるか。四本足で立って、背中が、シエラの身長と、ほぼ同じだった。

 赤い狼獣は、走行を止めて、こちらを見た。
 シエラは、その顔に向かって斬りかかった。
 斬った、と思ったが、軽々と避けられていた。
 一歩で、前に踏み出し、次の一歩で、こちらに向かって飛んできた。
 シエラは、慌てて前に飛び込んだ。
 なんとか、牙は避けたが、横になったシエラに、上から前足が飛んでくる。
 シエラは、咄嗟に剣を出したが、力負けして、剣が弾かれてしまう。
 シエラから、十歩の所に、剣が転がった。

 シエラは、見上げた。
 目の前に、赤い狼獣がいた。
 飛んで来た、牙が光ったように見えた。

 何かが、横からぶつかった。
 吹っ飛んだ後、シエラは、自分がいた場所を見た。
 悲鳴のような、狼獣の声が聞こえた。
 血が、宙を舞っている。
 グレイが、赤い狼獣の前にいた。
 右手の剣が、狼獣の片目に刺さっていた。
 グレイの、左肩が、血に染まっているのに、シエラは気付いた。
 剣を抜いて、もう一度、攻撃に転じようとしたグレイに、狼獣は頭突きをした。
「ぐぅっ」
 グレイは、後ろに倒れる。
 シエラは、目の前に、グレイの、もう片方の剣が落ちていることに気がついた。
 それを拾って、狼獣の首に向かって、飛び込んだ。
 突き刺さったら、悲鳴を上げ、狼獣の動きが止まった。
 すぐに、起き上がったグレイが、狼獣の額に、剣を突き刺した。

 しばらくしてから、ゆっくりと狼獣は倒れた。

 二人とも、息が上がっていた。
 取り巻いていた、狼獣達が駆け去っていった。

 グレイの、左肩からは、まだ血が出ているようだった。
「だ、大丈夫ですか!?」
 ダークが、グレイに駆け寄ったが、グレイは、それを無視して、シエラに近づいてくる。

 グレイが、前に立った。
 左頬に、衝撃が来た。
 拳だった。

「馬鹿野郎!! 勇気と、無茶は違うぞ!!」

 痛い、とシエラは思った。




       

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