Neetel Inside 文芸新都
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 とある町に入った。


 カラトから事前に何も聞かされていないので、どこに行くのか、どういう者に会いに行こうとしているのか、ダークには分からなかった。
 誰かに会うのだろうと思い、どこかの町に入ると突然、見たかっただけだ、などとカラトが言うことも何度かあった。
 たまに、この男は精神が安定していないのかと思う。

 今回は、町の兵舎に向かった。ということは、次の勧誘は軍人だろうか。
 入ると、まず兵にぞんざいに扱われるのはいつも通りだ。二人とも、見た目は格があるようには見えないだろう。少し話をすると、態度ががらっと変わる。

 話が終わり、一人の兵に案内されて、二人は地下に入った。
 こんな所に、誰がいるというのか。
 薄暗く、湿気が多い。十中八九、地下牢だろう。

 やがて、鉄格子が並んでいる場所まで来た。
 ある一角で、立ち止まる。
 中を覗くと、奥の方で、誰かが俯いて胡座をかいているのが見えた。
 薄汚れた服を着ていて、頬が痩けている。無精髭が顔の半分を覆っているようだ。こめかみの辺りに、大きな刃傷の後があった。

 カラトが、一歩格子に近づいた。
「こんにちは」
 中の男は、少し視線を上げた。
「貴方が、デルフトさん?」
 カラトが言った。男は黙って、上目遣いでカラトを見ている。
「おい、まさかこいつか?」
 思わずダークは言った。
「そうだよ」
「囚人だぞ」
「そうだね」
 ダークは、案内をした兵を見る。
「こいつの罪は何だ?」
「殺人です」
 カラトに視線を戻す。
「本気か?」
 カラトはデルフトを見ている。
「デルフトさん、俺たちと一緒に戦ってもらえませんか?」
 カラトが言う。デルフトは微動だもしない。
 カラトは、そのままいつもの話を始めた。
 話が終わっても、デルフトは、まったく動かなかった。

「喋れないんじゃないか?」
 ダークは言った。カラトは、兵を見る。
「道具か何かで口を塞いでいるわけではありません。ただ、我々も話しているところは見たことがないのですよ」
「やはり喋れないんだろうよ。もしかしたら、耳も聞こえていないんじゃないのか?」 
 カラトは、しゃがんでデルフトを見る。
「返答を聞きたいのですが……」
「何故、私だ」
 低い声が響いた。一瞬、誰の声か分からなかった。
 デルフトが喋ったのだ。予想以上に滑舌も良かった。
 カラトは微笑む。
「ある程度、貴方のことは調べさせてもらいました。貴方ならば、大いに戦力になると思ったからです」
「私は、囚人だ」
「たしかに。罪は罪として罰されてはもらいます。しかし、我々に協力してもらえるなら、減刑も可能でしょう」
「減刑など必要ない」
 デルフトが言う。何だこいつはと、ダークは思っていた。
「ならば、減刑も恩赦もなしに協力してください」
 カラトが言った。
「協力してもらえるなら、刑の執行を早めましょう。あなたの希望通りにね」
 デルフトは、カラトを見ている。
「どうですか?」

 少しの間。
「何だ、お前は?」
 デルフトが言うと、カラトは笑う。いつもの笑顔だった。

「ただの、カラトです」










 二人は街道から離れ始めた。

「今度は、どこへ行くんだ?」
 カラトは前方に指を向ける。
「あの山だよ」
 前方に、いくつか連なった深緑の山があった。それほど大きいとは思えない。
「隠者にでも会いに行くのか」
「まあ、似たようなものかな」

 二人は、そのまま山に向かっていった。
 ある程度近づくと、ダークは人の気配を感じた。
 一つや二つではない。かなりの大人数だ。
 ダークは、カラトの顔を見た。カラトは、何食わぬ顔をしている。

 人が踏み分けて作ったような道があった。そこに入ろうとすると、男が数人茂みから現れた。
 薄汚れた服を着ていて、刃物を持っている。当然、山賊だろう。
「何だ、てめえらは」
「君達の頭領に会わせてもらえないかな?」
 カラトが言った。
「軍人が私事で来たって言ってもらえればいいから」
「何言ってんだ?」
「死にたくなかったら、消えな」
 別の男が言う。
「聞いて来てもらうだけでも駄目かな?」
「あ?」
 カラトが言うと、三人の男が、目つきを悪くして近づいて来た。
 二歩の所まで来たら、斬り殺すか。ダークは、持っている剣の柄に手をかけた。
「待った」
 突然、男達の中で一番後ろにいた、年配の男が言った。
「誰か、聞くだけ聞きに行け」
 他の男達が、困惑気味に年配の男を見る。
「どうしたんだよ?」
「俺たちじゃ束になっても、そいつらに勝てねえよ」
 男達が、こちらと年配の男に、視線を行ったり来たりさせた。
「でも、俺たちが兄貴にどやされちまう」
「そんときゃ、俺が取りなしてやるよ」
 少し躊躇った後、一人が奥に走っていった。
「どうも、ありがとう」
 カラトが男に言った。
「頭が会わねえって言ったら、大人しく帰れよ」
「そうする」

 しばらく、そのまま待つ。
 やがて、男が戻ってきた。
「通せってさ」





 山の中腹辺りに広場があり、小屋があった。その周りに、男達が百人ほどいた。
 男達に注視されながら、二人は小屋に入った。

 奥に、どっしりと座っている男がいた。かなり背が高そうだ。
「コバルトさんですね」
 カラトが言う。
「誰だ、あんたら?」
 低い声で聞き返してくる。ある程度、警戒しているようだ。
「スクレイ軍で、一応将をさせてもらっている、カラトという者です。で、こっちが同僚のダーク」
「ほう」
 コバルトという男は、こちらを一通り観察していた。
「たった二人でと聞いて、大した度胸だなと思っていたが、そういうことでもなさそうだな。あんたら二人の手にかかれば、この山を無人にできそうだな」
 で、と言葉を続ける。
「何の用だ? 私事だとか」
「コバルトさん、俺たちと一緒に、国を守るために戦って下さい」
 コバルトの目が丸くなった。
 それから、笑い始めた。
「あんた、ここがどこだか知ってる?」
「山?」
「わざと言ってんのか?」
 カラトが、軽く笑む。
「山賊に、何を言ってるんだってことだよ」
「ただの山賊ではないでしょう?」
 カラトが言うと、コバルトの眉が少し動いた。
「積極的に民を襲ってはいない。襲うのは、私腹を肥やしている商人や役人ばかりだ。この辺りの民の間では義賊なんて呼ばれているらしいですね」
 コバルトは、不機嫌そうに横を向いた。
「それに、最近は、この辺りに入ってきているユーザ軍と戦っているらしいですし」
「てめえら、官軍がだらしねえからだよ」
「それは面目ないです」
 カラトは笑った。
「だったら是非、あなたが来て、官軍に一喝入れてください」
 コバルトが、カラトに視線を戻す。
「本気か?」
「勿論」
「はは、山賊にまで手を伸ばすとは、よっぽど切羽詰まってるんだな」
「ただの山賊でしたらね」
 カラトが言うと、コバルトの動きが止まった。
 それから、鋭く睨みつけてくる。なかなかの威圧だった。
「どこまで知ってやがる?」
「少しだけ」
 二人が言っている。当然、ダークは何のことか分からない。

 少しの沈黙の後、コバルトは息を吐いた。
「ここにいる奴らはどうなる?」
「戦う意志があるなら、戦陣に加わってもらっても構いません。そうしてもらった人の前科は取り消してもらえるよう、上の許可は貰ってあります」
「なるほどな……」
 言って、顎に手をやった。

「では、考えておいて下さい」


 カラトは踵を返した。




       

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