Neetel Inside 文芸新都
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 馬蹄が迫ってきた。


 グレイは、焦っていた。
 敵の騎馬隊が、一直線にこちらに向かってくる。完全に、本陣を強襲するための部隊だ。
 今までのフーカーズの動きは、全て、この時の為のものだったのだと、今ならば分かる。
 迎撃するべきか、退避するべきか。
 兵数は、こちらの方が多い。しかし、敵は攻撃の軍で勢いがある。普通の軍同士の戦いならば、考えるような場面ではないのだが、ここにはシエラがいるのだ。万が一でも、シエラが危なくなる可能性があるのならば、避けるべきだろう。
 しかし、今は退避するにも難しい。下手に背を向けて逃げれば、追い打ちをまともに受けてしまうことになる。前にいる、ルモグラフの部隊と合流したいが、位置的に難しい。
 早く判断しなければいけない。しかし、分からない。

「迷うな、グレイ」
 シエラの声がした。見ると、強い視線を前方に向けていた。
「ここは本陣だ。ここが退くと、全軍に影響が出てしまう。だから、逃げない」
「しかし」
「もしも、敵が来るなら、私も戦う」
 そう言って、剣を抜いていた。

 グレイは、余計に焦った。しかし、もう軍を退かす余裕はない。敵は、あと五百歩ほどの所まで迫ってきている。
 腹を括るしかなかった。
「迎撃するぞ! 全員、武器を正面に構えろ!」
 グレイは声を上げた。
 それから、手綱を右腕に巻き付けて、左手で剣を抜いた。
 クロスの軍と戦った時と同じような展開のような気がする。ただ、以前よりは希望がある。そう思うことにした。

 敵騎馬隊の、先頭の者の顔が判別できるほど近づいてきた。金色の髪をしていて、手に持っている方天戟を、横に構えていた。
 停止したままの騎馬隊では、まともに敵の攻撃を食らうことになる。敵の勢いを挫くためには、こちらも、前進することだ。
「前進!」
 グレイは、剣を頭上で振った。
 部隊が、ゆっくりと駆け始める。
「ここは任せた」
 言って、グレイは部隊の先頭まで駆けた。
 そして、そのまま敵の先頭に向かって相対する。
 来る。
 敵の斬撃。グレイは、方天戟をかい潜って、横から剣で攻撃。しかし、当たらなかった。
 そのまま馳せ違う。グレイは、後続の騎馬との交戦になった。





 敵騎馬隊が、縦列の形になって突撃してきた。
「殿下、後ろに」
 セピアは言って、シエラの前に出た。
 いざという時は、自分が盾にならなくてはならない。
 がむしゃらに、こちらの軍をかき分けるように進んでくる敵軍の先頭の男には、見覚えがあった。
 こちらに来る。
 セピアは、槍を構えた。
 敵が、戟を横に払う。
 セピアは、槍でそれを弾いた。
 それで、馳せ違った。
 次々と、後続の敵騎馬が来る。セピアは、できるだけ正面で戦った。
 数人を負傷させたか、二人は落馬をさせた。こちらは、かすり傷がいくつかあるだけだ。
 次の敵が、乗っている馬の頭を狙ってきた。それで、馬が横に倒れる。セピアは、飛び降りて着地した。
 後続の敵が見えなかった。全員通り過ぎたのだろうか。
 振り返ると、シエラの馬が、膝を折っているところだった。
「殿下!」
 セピアと共に、周りの者も寄る。
 部隊の後方に、土煙が見えた。通過した敵が、反転してきている。
「誰か、殿下に馬を」
 一人の者が、馬を下りた。その馬に、シエラを下から押し上げた。
「走れ!」
 それで、馬が走り出した。騎馬の者が、追従していく。
 その後ろから、すぐに敵騎馬が追ってきていた。
 セピアは、槍を構えた。
 自分ができることは、ここで足止めすることだ。
 疾駆する馬の正面に立つことは無謀すぎる。少し横にずれて、先頭の者を、槍で攻撃する。
 手に衝撃。勢いが違いすぎた。槍が、手から離れてしまう。同時に体勢も崩してしまい、後ろに仰け反る。
 しまった。
 無防備、武器もない。敵の後続の騎馬が、目の前まで来ていた。
 もう駄目か。
 思ったとき、前方に影が現れた。
 それが、敵騎馬の攻撃を次々と弾いた。
 やがて、敵騎馬が通り過ぎる。馬蹄の音が、後方に遠ざかっていく。
 前にいた人間が、後ろに傾いた。セピアは、思わず後ろから抱き留めた。
「ペイル殿」
 ペイルが、虚ろな目を向けてきた。
「なあ、俺生きてる?」
「どこか、怪我をされたのですか?」
「それが、分からねえんだ。無我夢中だったからさ……でも、無傷なわけないよな。だって、あんな騎馬隊の前に出たんだぜ」
 セピアは、慌ててペイルの全身を見た。一見して、掠り傷以上の傷は見あたらなかった。
「なんて無茶を」
「お互い様だろ」
 そう言って、ペイルは笑った。





 グレイは、敵騎馬隊が通り過ぎた後、馬の速度を落として、振り返って後ろを見ていた。
 やがて、シエラを囲んだ小集団が駆けてくる。その、すぐ後ろに敵騎馬隊が迫ってきていた。
 グレイは、馬を反転させた。
「そのまま駆けて、本隊に飛び込め!」
 小集団にそう言って、すれ違う。
 再び、金髪の男と、相対した。
 剣が二本あれば、問題なく片づけることができるのに。
 グレイは、剣を構えた。
 金髪の男の方天戟とぶつかる。しかし、またもや馳せ違った。
 この男は、シエラの首しか眼中にないのだ。
 グレイは、すぐに馬首を横にした。それから、大回りに反転する。
 金髪の男が、シエラに追いつきそうだった。
 シエラの周りの者が数人、男に掛かっていくが、簡単に受け流される。やがて、男の攻撃が、シエラの乗っている馬の尻に当たった。
 馬が倒れ、シエラが投げ出される。
 着地をしたシエラは、すぐに剣を両手で持って、横に構えた。
 男が、初めて馬の速度を緩めた。
 そのまま、シエラに向かって進む。
 誰か、そいつを止めてくれ。
 叫ぼうとしたが、止まった。
 いつの間にか、シエラの前に、シエラに背を向けた男が立っていた。片目にしているのは、眼帯だろうか。
 グレイは、絶句した。





 戦況を見渡していた。
 作戦通り、ゴールデンが、敵本陣に強襲をかけていた。
 ゴールデンが、敵本陣に攻撃をすれば、当然敵部隊は、本陣を救援するために動く。すると、敵の陣形が崩れる。
 予定通りだった。後は、パステルとインディゴに、総攻撃の合図を送るだけだ。
 それで、この戦は勝てる。
 フーカーズは、部隊を移動させながら、遠目に敵陣に切り込んでいるゴールデンを確認していた。
 すると、そのゴールデンの前方に、一人の人間が現れるのが見えた。混戦の中でも、その人間だけは、すぐに識別できた。
 フーカーズは、言葉を失った。
 ゴールデンが、そのまま直進を続ける。前方にいる者を、まったく気にはしていない。
「よせ」
 言ったが、当然聞こえはしなかった。ゴールデンが方天戟を振った後、ゴールデンの首が飛ぶのが見えた。
 フーカーズは、少し目を閉じた。

「全軍、一旦引く。本隊に指示を出せ」
 部下に言ってから、フーカーズは馬を疾駆させた。






 グラシアは、何が起こったのかが一瞬分からなかった。
 こちらの本陣に突進していたゴールデンの騎馬隊が、突然ばらけ始めたのだ。策か何かかと思ったが、敵の総大将を前にしてのあの動きは、明らかにおかしい。
 何が起こったのかは分からないが、とにかく好機だ。今ならば、ルモグラフの兵と、自分の部隊とで、ゴールデンの部隊を一掃できる。
 そう思い駆けていると、いきなりルモグラフの歩兵を突っ切って、フーカーズ軍が飛び出してきた。
 シエラに攻撃するのではと、一瞬焦ったが、横にずれた。フーカーズは、散らばったゴールデンの部隊を纏め始めたのだ。
 そして、そのまま大回りで東に向かって駆け始めた。

「グラシア殿、敵軍が」
 部下の声がしたので、振り返り敵の本隊の方を見ると、緩やかに下がっていくのが見えた。
 どういうことなんだ。
 分からないが、自軍の誰もが、追撃を行わなかった。先ほどの、敵騎馬の強襲で、自軍は混乱しているのだ。
 とにかく、仕切り直すしかないということなのだろう。
 グラシアは、本隊に馬を走らせた。
 ルモグラフがいた。

「殿下は?」
「ご無事です。今は、本隊の中におられます」
 一つ、安堵する。
「何があったか分かりますか?」
 グラシアは聞いた。
「いえ、私も視認できませんでした。ただ、どうやら誰かがゴールデンを討ったようです。それでゴールデン軍が、勢いを無くしたのです」
「討った? 誰が?」
「それが、分かりません。部下が何人か見ていたようですが、片目に黒い眼帯をしている男だったようです」
「眼帯……」
 そのような男がいただろうか。
「我々も、一旦下がり、体勢を立て直します。それで、宜しいですか?」
「はい、お願いします」
 ルモグラフが指示を出し、全軍が、緩やかに移動を始める。
 グラシアは、ふと思い出した。
「あの、ブライトは……」
 言うと、ルモグラフが視線を横に向けた。それを追うと、全身の具足がぼろぼろのブライトが、馬上で威勢よく指揮をとっていた。










 ゴールデンが討たれた後、少しその場の時間が止まったような感覚に、グレイは陥っていた。
 呆然としていたシエラは、すぐに周りの部下に馬に押し上げられて、本隊の方に駆けていった。
 眼帯の男は、その場に立ったままだった。
 少し、俯いている。
 グレイは、馬から下りて、ゆっくり男に近づいた。
 五歩ほどの距離まで来て、ようやく男が、こちらに視線を向けた。

「やあ」

 心臓が高鳴ったのが分かった。




       

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