Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

 木は、これまでに聞いた事のないような苦痛に満ち満ちている悲鳴で不意に我に返りました。

 少女が、激痛に目を覚ましたようでした。

 少女は、自分の置かれている現状を理解できず、不協和音のような悲鳴をあげながら、もう指の一本もなくなった手足をバタつかせ、暴れました。
 しかし男は、少女がどれだけ、耳を劈くような悲鳴を上げ続けても、白目をむいて泡を吹いても、懇願しても、発狂し暴れても、失禁しても、粛々と少女を解体していきました。
 木には、この行為の意味が分かりません。
 それは、あの日のエリ悪が、摂理を拒絶した瞬間に感じた疑問に近いようで、実は異なるものでした。
 かつて、木は何度もよく似た光景を目の当たりにしてきました。ある時は、犬にかみ殺されるウサギを、またある時は、鷹に食いちぎられたネズミを、そしてまたある時は、鹿に噛み千切られる草たちを見てきました。
 そのどれもが、捕食を目的とし、殺す相手に対しても惜しみない敬意を持つものであり、逆に、殺される側も、その全てを受け入れ、ただ静かに殺されていきました。
 しかし、今、目の前で繰り広げられている光景は、何の感情も持たず、粛々と解体(木には、その行為が捕食を意味しているようには見えませんでした。)する男と、その事実を拒否、拒絶し、そして、助けを懇願する少女だったのです。
 それでも、木は男に言われたとおり、その一部始終を見続けました。
 見続けながら、木は、深く考えていました。
 全世界的に、人間によって木の仲間たちが切り殺されている事は知っています。木は、人間が生きていく為に仲間たちを切り殺す事は、この世界の摂理であり、ただ受け入れるべき事象であると考えていました。
 考えてはいましたが、もし人間が、今、目の前で行われているように、粛々と何の感情も持たずに、ただ仲間たちを切り殺しているならば、それが一体何のための事なのか。木は全く理解できません。
 木は、これまでに殺されてきた仲間たちの事を思い、もうどうしたって悲しくて悲しくて仕方がありませんでした。
 エリ悪が目の前で死んだ時、こみ上げてきた感情の正体も、その瞬間に理解できました。
 それは怒りでした。
 多くの仲間たちを殺して、生きながらえている人間が、本来なら殺した命の分を背負って生きていかなければいけない人間が、その摂理を拒絶し、自らの命を絶った事への怒り。
 その後ほんの少しして、木の感情は移ろいゆく空の模様のように変わったいきました。今度は、悲しみでした。
 悲しみ。
 悲しみ。
 悲しみ。
 悲しみ。
 悲しみ。
 悲しみ。
 悲しみ。
 悲しみ。
 悲しみ・・・

 植物たちは、音ではなく感覚で会話を行います。
 それは、空間的隔たりに全く左右されない優れた会話方法で、どんな遠くに居たとしても、すぐ横にいるかのように、会話を行う事が出来ます。木が世界中で、仲間たちを人間によって虐殺されていると言う事実も、この会話の中で知る事が出来ました。
 そんな中、一人の仲間が、人間に切り殺される直前に語りかけた言の葉を、木は思い出しました。

 「よく美しい花のようになりたいと言われます
  よく美しい木のようになりたいと言われます
  よく綺麗な花のようになりたいと言われます。
  よく雄大な木のようになりたいと言われます。
  本当にそうなのでしょうか?
  私たちは永遠に愛する仲間を抱く事も出来ません。
  私たちは永遠に自由に動くことすら出来ません。
  生まれてから死ぬまでただ雨に焦がれ、他の力におびえ続けながら、その運命を受け入れ生きているだけなのです。
  人に生まれれば、愛する人を抱きとめる事が出来るのですよ。
  人に生まれれば、どこまでもどこまでも歩く事が出来るのですよ。
  人に生まれれば、海が出来るまで涙を流す事だって出来るのですよ。
  私は、人になりたかった。」

 木は、泣きました。
 風に身を任せ、木の葉をざわんざわんと揺らして、大声で泣きました。
 それは、この少女に感情移入したわけではありません。この少女と同じように、人間によって何の感情も持たずに粛々と切り殺されていった仲間たちの事を思い、その時の心情に同調し、悲しくて仕方がなかったのです。
 寿命を全うできず、もっと長く他の生物に愛されながら生きていきたかったと願いつつ殺された仲間たち。人間に生きるためではない理由で無為に殺されていった仲間たち。そして、時間軸の中心として誰も立ち入る事のない場所で、5000年間生きてきた自分の運命を思って泣きました。

       

表紙
Tweet

Neetsha