Neetel Inside 文芸新都
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 男は、少々長くなった、赤茶けた髪の毛を後ろでひとつに束ねていました。
 その目は、もうずいぶんとこの世界で繰り返されてきた喜怒哀楽を写しつづけたのでしょう。まるで何度も何度も使いまわされて少しクリーム色に変色した名画座のスクリーンのようにどんよりとしておりました。
 「もう、誰にもこの言葉が届く事など無いのです。地平線すら見えない、この永遠の世界には、当たり前ですがポストだってありやしないのです。しようがないので、僕は、にっこり笑顔のマークがついた、白い手製のポストを作ってみました。しかし、ココに至ってふと思うのです。一体、誰が届く事の無い手紙を書き続けることが出来るのでしょうか。と。いくら手紙を書いて、このポストに入れたところで、取りにやってくる人がいるわけでもなければ、その手紙を誰かに届ける事だって出来やしないのです。」
 そう言うと、ふふふと、はにかんだように笑い、木の低い位置にある枝に、そのにっこり笑顔のマークがついた手製の白いポストをかけました。
 「誰のことを言っているのか。君にこの話をしている訳なんだよ。」
 そして、良死朗を静かに人差指でつつきました。
 「意味が理解できませんよ。私は・・・いや、この場所は、いったい何なのですか。あなたは確かに今、永遠の世界とおっしゃりましたが、ここは・・・その・・・永遠なのですか?」
 「自己紹介が、遅れてしまいましたか・・・こんにちわ。僕は永遠と言います。」
 「永遠・・・?名前?」
 「僕は、永遠。しかし、それを名前と呼ぶことが果たして正しいのか・・・それぞれに数え切れない個体が存在し、それを識別する為には、なるほど名前など必要でしょう。でも、ここに至って、この世界には、もう、君と僕、そして、この立派に大きな木しかない訳で。それでも、まだ個体を識別するのに、名前など必要だと言うのなら、名前を一つ考えてもいいのかも知れないね。」
 そして、少しだけ、間をおき、男はトーンを抑えて話しました。
 「全てを捨てなよ。」
 「あなたが、永遠だとして・・・名前ではなく、永遠だとして、それで、今この瞬間から一体何をしていただけると言うのでしょうか。」
 「全然。ずれているよ。ものすごく今、自分がおかしな事を言っていると、気が付くべきだよ。と、忠告しよう。この木を見てみた?こいつは、その全てを理解している。した上で、今、言葉なく、静かに佇んでいるよ。もっとも、それがこの木が5000年生きてきた上で少しずつ溜めに溜めてきた『何か』なのかも知れないけれどもね。」
 「所詮、30年に近い年月しか生きてこなかった、私のような人間に理解できない何かがこの世の中にあるという事くらい、いくら無知蒙昧な私でも、深く知っているのです。その上で、その理解できないことを今、一生懸命に理解しようとしている訳ですよ。それを、邪険に扱われる言われはないのですよ。」
 「君たち人間は、実に人生を生き急いでいると思うよ。なぜ、知ろうとするのですか?なぜ、何かを残そうとするのですか?なぜ、関わろうとするのですか?例えば、一匹のカメが居たとしましょう。そのカメは、日がな一日、小さな水槽で飼われ続け、その中で、エサをもらい、食べて寝るだけの人生を、そうですね。20年以上続けたとしましょう。そのカメの人生を見て、もしかしたら、あなたは、なんと可哀想な人生だと憐れむかもしれませんが、そのカメの人生において、そのカメは、あなたがどんなに生き急いでも得る事のできない何かを得ているかも知れませんよ。生き急ぐわけではなく。知ろうとするわけでもない。何かを残そうとしたわけでもない。それでも、その生き方をひとつの人生として全うして、初めてたどり着くものがあるのですよ。」
 そう言われた瞬間、良死朗は不意に母親の死に際のことを思い出しました。

       

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