Neetel Inside ニートノベル
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「…………」
「んだ?やる気のねえ面しやがって」

 マルティムの脅威を越え、さらに進軍した一団はその中途で二手に分かれた。
 すなわち二つ目の障害。銀鎧の魔神。
 魔神サレオスは横目で眺める。妖精と人間が魔霧と大軍勢に向かって突き進む様を他人事のように見送り、再度の溜息。
 まず間違いなく動き出すと判断していた妖精王イクスエキナとしては、良い意味で拍子抜けだったがそれよりも疑念の方が勝った。
 対サレオスの為に北の大軍勢前で留まった戦力は三名。イクスエキナに同行した『イルダーナ』所属、横に幅のある背丈の低い中年然。それとは対照的に幼さすら思わせる、赤いベレー帽を目深に被る少年風。
 靴を編む者。長い茶髭を靡かせる職人妖精レプラコーンのラバー。
 ベレー帽のつばを持ち上げその内の金髪を掻き上げる小さな妖精、ティト。
 両名を側方に配置し、大剣を担ぐ巨漢の王が再度言葉を投げつける。
「手応えの無さそうな面子でガッカリか?だとしたら悪かったな。テメエ如きに必要な手勢としては十分のつもりだったんだが」
 奇しくもこの場にいない守羽の発言と酷似した挑発に対し、三度目の溜息で返したサレオスの態度はマルティムとはまるで違った。
 自身を軽んじられたことにも、分配された戦力が北軍へ進んだことにも大きな興味が向けられていないような。
 ゆらりと木製の椅子から立ち上がる。
「悪手に次ぐ悪手、だ」
「…」
 ガシャリと銀鎧を擦らせ、籠手の調子を確かめるように手首を動かす魔神は妖精三名を視界にも収めない。
「マルティムに二つ。このオレ、魔神サレオスに三。そしてブエルに四。いくらなんでも舐め過ぎだ。てっきりオレは総掛かりでひとつひとつ潰しに来るだろうと思ってたんだがな」
「そんな余裕はありゃしねえんだよ。残念ながらなー」
 魔神マルティム。魔神サレオス。
 この二体に関しては今叩く必要は無かった。最優先は毒の権能、北の最奥に座す魔神の撃破。
 こちらはその為の時間稼ぎ。だから全力で挑むことはしない。無理に突っ込むことはしない。
 それこそ。本来であれば魔神一体に対し持ち得る全戦力で立ち向かわなければ勝てないことを承知しているから。
「そか。なら残念ついでにもうひとつ―――」
 突き立つ両刃剣を引き抜き、サレオスは兜の奥から気だるげな視線をようやく向けて、
「オレは他の魔神やつらほど、神格種じぶんってもんに矜持がない。だからまあ、あれだ」
「…!散れ!!」
 先んじて察知したイクスエキナの怒声に弾き飛ばされるように、構えていたラバーとティトがそれぞれ左右に跳んだ。同時に妖精王は真正面、魔神へ駆ける。
 妖精三名が数秒前まで立っていた地面を突き破り巨大な一対の顎が垂直に伸び、次いでその身体が轟音を引き連れ地中から現れる。
 鰐の姿をさらに異形化させたような魔性の獣が、潰された片目の怒りを咆哮に変えて全方位へと放つ。
 怪物の空けた地面の大穴から空へ飛び出る無数の砲弾。否、そう見えたモノらは中空で自身を包んでいた翼を広げ眼下の敵を見定める。
 瞬く間に空を有翼の魔物が覆い尽くした。

「普通に潰すぞ劣等種。ただの物量おもさ力量ちからでな」

 妖精王は一度の交戦で理解していた。
 そう。に全力は使わない。
 だが、凌ぐことに全力を注がねば時を稼ぐことは不可能。
(さあて。この化物を相手に、次の段階までにどれだけ力を残しておけるか。惜しめば死ぬが、残せなけりゃ次で死ぬ!!)
 これはそういう手合いだと。大剣を振り被るイクスエキナは正しく理解していた。



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 初手一撃。妖魔アルによる〝投鏃棘鑓ゲイボルグ〟が大軍勢の一角を引き裂いて戦端を開く。
「次だ行けオラァ!」
「貴様が命令するな…!」
 二本目の鍛造の為に走る速度をやや緩めたアルを追い越し、水の鞭を左右に展開したレイスが切り開いた軍勢の幅を維持しつつさらなる水弾の砲撃によって直線上に道を拡張する。
「思ったより層が厚い。東雲由音、出力を上げて撃て!」
「言われなくたっていつでも全力なんだよこっちはなー!」
 水飛沫舞う中を低姿勢から跳び出す由音が確保された進路を継ぐ。

 魔神討滅戦線。その第一段階として対北方、毒の魔神を討つ主力として選ばれたのは四名。近付くにつれ濃度の増していく魔毒に対抗できる力を持った妖精、妖魔、魔獣、そして人間。
 ルーン術式によって無毒化を施しているアルとレイス。唄の補強によって耐性を引き上げている音々。〝再生〟によって毒の効力を打ち消している由音が適任とされた。また音々には常時メイン火力を担当する他三名の能力向上の唄も併用してもらっている。
「おおおおお!!」
 身を染め上げる邪気。昏く淀んだ瞳が深淵の底から燃え上がる闘志を覗かせる。
 他の者達とは違い、由音には技量も技術も存在しない。ただ〝憑依〟に蝕まれる肉体から引き摺り出す悪霊の力を押し固めて纏い、解き放つだけ。
 妖精界全体が異端の力に悲鳴を上げる。守羽やアルと同様、妖精女王の権限によって本来この世界にあるはずのない、あってはならない性質の発現を許された東雲由音の性能は事ここに至ってようやく人間界と同等の出力を取り戻した。
 振り抜いた拳から圧縮された邪気の奔流が尾を引いて視線の先で着弾する。同質のものでありながら、悪魔の軍勢は邪念の爆撃にその身を四散させた。
 王城内で取り決めた通りだ。この途方もない大軍勢を全て相手にしていては永遠に魔神へは到達できない。突破力のある三名が先頭を入れ替えながら絶えず高威力の一撃を叩き込みつつ吶喊する。
「ねえ全然先が見えないんだけどこれいつまで続けてれば一番奥まで辿り着けるわけ!?」
「知るかよあと五回くらいローテすれば行けんじゃねぇか!?」
 最後尾から絶えず支援の唄を歌い続ける音々が同時に会話の為の声帯も使用しつつ確認を取るが、不敵に笑う戦闘狂からは適当な返事しか得られなかった。思わず片手でこめかみを押さえる。
 既に背後は抉じ開けた道も悪魔に埋め尽くされ、後退を許されない状況。分かってはいたが始まった以上前に進むことしか出来ない。
「次だ!もっと唄え音々!なるだけ少ない回数で突破しねェと魔神まで保たねーだろ!」
「こっちだって後先考えず強化してやってるの自覚してないでしょクソ妖魔!出力比平時の三倍くらいよ今!!」
「確かにめっちゃ調子いい!ありがとな音々これなら俺もなんとかなりそうだ!」
「由音の素直さがこの面子だとすんごい沁みるわね!アンタも見習ってなんとか言ったらどうなのレイス!」
「…ふん」
 三つに分かれたグループの中でもっとも過酷な状況に身を投じているにも係わらず、やけに危機感の薄い会話を繰り広げる四名の苛烈な突撃進軍。それは何故か思いの外好調に進んでいた。
 その事実自体が魔神ブエルの慢心とも無関心とも取れるものではあったが、どうあれ全てがこちらにとっては好都合。
 魔神の首を獲るまでひと時の休みもなく彼らは黒い軍勢を切り崩し突き進む。

       

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