Neetel Inside 文芸新都
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「おじゃまします」
 部屋の中に入り、コタツの上にスーパーの袋を置く。
「上着はどうすれば良い?」
「あー、そこらへんに掛けておいてください」涼子さんにハンガーを渡す。
 明るいところで見ると、涼子さんは綺麗な人だった。悠子さんみたいに一目見て分かる美人ではないが、小ぶりな鼻と細い目は薄化粧でも映えそうだ。ジャケットの下に薄手の黒いパーカーとTシャツを着ており、冬なのに格好はラフだ。
 なんだか、格好良い人だと思った。
「涼子さん寒いでしょ、コタツの中どうぞ」
 僕が食材の入った袋を片しているのにも関わらず木下はコタツに入り込んで手招きする。なんて図々しい奴。
「いや、さすがに何もしないのは……」
 遠慮がちな視線に僕は首を振った。
「いえ、大丈夫ですよ」
「しかし任せっぱなしと言うのも」
「えーと、じゃあそのお酒を冷蔵庫に入れといてもらっても良いですか?」
 コタツの上の袋を指差すと「わかった」と涼子さんは嬉しそうに答えた。こういう人には断りきるより簡単な作業をしてもらったほうが話が早い。意外と分かりやすい人だ。悠子さんだとこうはいかない。
 僕は台所の棚から鍋を取り、洗剤を使ってスポンジで軽く洗った。洗い終わるとそれをコタツの上に置く。
「電気鍋? これが?」木下が眉を潜める。
 僕は再びシンク下の棚から鍋の土台を取り出した。この土台の上に鍋を乗せ、コンセントを入れて温度を調節すると鍋が温まる。
「結構大きいんだな」
 木下が感心したように言う。
「そ、だから今まであんまり使わなかったんだよ」
 僕は電気鍋のセッティングをしながら言った。
「これだけ大きいと使い道があまりないからな」と木下。
「使い道がない? 友達と一緒に鍋をしたりはしないのか?」作業を終えたのか、いつの間にか涼子さんが僕のすぐ傍に立って鍋を見おろしていた。
「こいつはあんまり家に友達を呼ばないんですよ」
「呼ばない?」
「あんまり自分の家に大勢の人を呼ぶの好きじゃなくて。基本的に遊ぶ時は僕が相手の家に出向きますね」
 木下の説明に補足すると、涼子さんは納得したようだった。
「なるほど。今日みたいに人を呼んで鍋をするのは珍しいのか」
「まぁそうですね。と言うよりも、初めてです」
「運が良いな」涼子さんは薄く笑みを浮かべる。「悠子もよく人の家に遊びに行ってたな。『自分の家に他人が居るのってなんか落ち着かないのよ』って。そのくせ私だけはよく家に呼ぶんだ。よく二人して悠子の家でダラッとしてたよ」
「それ全くこいつと同じですよ。この家に来るのも俺か悠子さんくらいのもんです。仲の良いやつだけ呼ぶんですよこいつは」
「まぁ呼んだことは一度も無いけどね。二人ともいつも勝手に来るから」
「照れるなよ」
「照れるかよ」
 すると涼子さんがフフッと笑った。
「学生の頃の自分を見てるみたいだ」
 その言葉を聞いて、涼子さんと悠子さんがどういう時間を過ごしていたのか何となく想像がついた。
「そういえば、大学時代のお友達って聞きましたけど、専門学校に通ってるんですよね? どうやって悠子さんとは知り合ったんですか?」
「専門は大学を卒業してから行ったんだよ。私も元々、悠子と同じ大学の学生だったんだ」
 その時玄関の扉が開いて悠子さんがやってきた。彼女はカーディガンを羽織って完全に部屋着だ。
「ほっほ、待たせたね。あれ、鍋は?」
「そんな早く出来るか」
 涼子さんは呆れ笑いを浮かべていた。

「とりあえず材料は僕が切るんで、三人ともくつろいどいて下さい」
 僕が言うと悠子さんは何言ってんの、と首を振った。
「私も手伝うわよ。スープの味付けもしたいし」
「味付けって、既にお鍋のスープは買ってるんで味付けなんか必要ないんですけど……」
「それにさらに手を加えるのよ。私に任せときなさい」
 この人の料理はなんだかんだ美味しい。そのことが分かっていたので僕はただ頷いた。
「私も何か手伝おう」
「涼は客なんだから黙ってテレビを見なさい。それが仕事」涼子さんに有無を言わせない辺り学生時代の二人の発言権の差を感じた。
「じゃあ俺は涼子さんとテレビを楽しみます」
「木下は分かってるわねー」
 僕らは鍋の準備に取り掛かった。僕が食材を切り皿に盛りつける。悠子さんがサポートをしてくれるので作業は順調に進んだ。
「秀介って結構包丁使うの上手よね。他の学生と違って危なっかしくないし」
 僕の手つきに悠子さんが感心する。この人に料理のことで褒められると素直に嬉しい。
「三年間自炊してたら上手くもなりますよ」
「男子で三年間も自炊出来る子って珍しいわよ。普通は途中で飽きて外に食べに行くようになるか、スーパーのお惣菜やお弁当で済ますからね」
「まぁ確かに友達でそう言う奴も多いですよ。ただ僕はせっかく一人暮らししてるんだから最低限生活力は身につけたかっただけです」
「殊勝な心がけでよろしい。……家事の出来る男子ってモテるのよ?」
 耳元でボソリと言われので一瞬指を切りそうになった。
「……やめてくださいよ」
「ごめんごめん」彼女は申し訳なさそうに拝んだ。
「家事出来るくらいでモテたら苦労しませんよ」
「苦労してるの?」
「いや、別に」
「なによそれ」悠子さんは笑うと、また声のトーンを落とす。
「一男子の意見として聞きたいんだけど、涼とかはどうなの? 飾りっ気はないけど素朴な美人で好みなんじゃない?」
「まぁ綺麗な人ですよね。可愛いと言うよりも、格好良いって感じで。幸薄そうとも言われそうですけど。あんまりいないタイプですよね」
「へっ? えっ? そうなの?」
 流されると思っていたらしく、悠子さんは予想外の返事にあからさまにうろたえた。
「悠子さん、焦るなら聞かないでくださいよ。今のは単純な感想です。別に深い意味とかありませんよ」
「べ、別に焦ってなんかないけど?」
 何だか勝手にどぎまぎしている悠子さんに笑いそうになった。ただ、笑うとまた怒られそうだから我慢する。自然と含み笑いになった。
「何よ。何で笑ってるの」
「いえ、別に」責めるような視線から逃れるため、話題を変えることにした。「昔はよくモテたんじゃないんですか、涼子さん」
「ああ、うん、まぁモテてはいたわよね。……女の子に」
「えっ」言葉に詰まった。
「あいつ女子高だったんだけど、よく女子に告白されてたらしいわ。まぁ本人にその気はないから」
 女子高校で女の子同士の恋愛があるという話はよく耳にする。頼りがいのある人を求めて、安心出来る同姓で凛としている涼子さんにいつしか惹かれてしまう。想像に難くない。
「大学に入ってからも時々告白されてたみたいよ、部活の女の子から」
「大学でもそう言う嗜好を持ち合わせた人が居るってなんか嫌ですね。噂とか立ちそうだし」
「どうだろね。……ま、そういう噂が流れても、普段ちゃんと周りの人があいつの事を見てるなら、それが真実かどうかくらい分かるでしょ?」
「そうですね」そこでふと気になる。「……そういえば涼子さんって、なんの部活をしてたんですか?」
 悠子さんは思い出したように、そうそう、と切り出した。
「確か楽器やる部活よ。あんたもそうでしょ」
「へぇ」
 僕は涼子さんに視線をやった。いつの間に出したのか、テレビ台の下に片付けておいたゲームを木下とプレイしている。
「もしかしたら同じ部活かもしれないわね。後で聞いてみたら?」
「そうします。でもうちの大学、軽音系の部活が一つじゃないんで。……終わりましたよ。運びましょう」
 具材の入った皿を手に持つ。
「でも、悠子さん」
「何よ」
「自分の部活に同性愛者がたくさんいたとしたら、なんか嫌ですよね……」
 僕の悲愴な表情に、悠子さんも別の皿を持ちながら「まぁ、ねぇ」と小さく頷いた。

       

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