そこは、巨大な倉庫のような場所であった。
いや、おそらくは実際に格納庫であったのだろう。
けれど今そこに格納されているのは戦車や戦闘機ではなく、無数のコンピュータ群である。
高い天井間近に開いた窓から差し込む月明かりによって薄く照らされたその場所には、立ち並ぶ図書館の書架を思わせるコンピュータたちが黒く配置されていた。
金属で組み上げられたラックに格納されているコンピュータは、前面につけられたLEDランプを輝かせている。
その様は、地上に降りてきた星空のようだ。
天井近くを排気ダクトが張り巡らされており、ところどころで冷気を吹き降ろしてコンピュータの冷却を行っている。
稼働しつづける空調の轟音があたりから音を無くし、死の静寂をもたらしていた。
機械が造り上げる夜の迷路となったこの場所は、気温も低く光も少ないためひとの活動できる場所ではなさそうだ。
けれど、夜空を閉じ込めた金属の箱に囲まれているその一画に、そのおとこはいた。
デスクトップコンピュータを配置したワークデスクの前に、そのおとこは座っている。
大きな、そして老いたおとこであった。
鋭い目をして、蒼い光を放つディスプレイを見つめている。
この場所の寒さをしのぐためか、コットンパイルの入ったワークジャケットを来ていた。
ディスプレイには数字と文字が流れてゆき、時折停止する。
おとこはその度に、キーボードを操作していくつかのコマンドを打ち込む。
そして、またディスプレイに数字と文字が流れ始める。
おそらくおとこは何か巨大なデータを、解析しているらしい。
ふと、おとこは操作する手を止めた。
LEDランプを瞬かせているコンピュータに挟まれた暗い通路の向こうを、じっと見つめる。
そこには、気配があった。
立ち上がった影となった、ひとがいる。
老いたおとこは、口を笑いの形に歪めた。
それは、魔術師の笑みである。
おとこは、通路の向こうに佇む影に声をかけた。
「やあ、君はフランソワーズだね」
コツリと、ヒールの音を響かせておんなが姿をあらわす。
老いたというには、少しだけまだ年齢がたりないおんなだ。
鍔広の帽子で表情を隠しつつも、薔薇の花が持つ紅を宿した唇を笑みで歪めている。
銀灰色のコートが、その一画だけ灯されている照明を受けた。
「わたしをご存知だとは、光栄ですわ。ブッシュネル博士」
老いたおとこは鋭い目を、少しだけやわらげる。
「なに、わたしは君の父親みたいなものさ」
フランソワーズは、帽子の下から驚きの眼差しをあらわした。
老いた科学者は、魔的な笑みを浮かべたままだ。
「君たちに改造手術を行ったギルモア博士がここにいた時には、一緒にナノマシンを研究したものだよ」
フランソワーズの瞳は、一瞬くるおしい輝きを宿す。
「ではやはり、わたしたちは1947年ロズウェルで見出されたエイリアンズ・バイブルに記された知識と、グレイの死体に組み込まれていたナノマシンから造り上げられたのですね」
ブッシュネルは、ゆっくりと頷く。
「もちろん、そうだ。我々は、グレイのもたらしたナノマシンを実験するために君たちゼロゼロナンバーを造り上げた」
フランソワーズは、静かに頷く。
「九人のゼロゼロナンバー。それは、イスラエルの十部族と対応するはずだった。だから十人めが、いるはず」
ブッシュネルは、歪んだ笑みを浮かべている。
「そうだよ。けれど、十人めはゼロゼロナンバーではない。実験体ではなく、完成体として造られたからね」
フランソワーズの目が、昏くつりあがる。
「聞いていないわ、そんな話」
ブッシュネルは、そっとため息をつく。
「なんだ、カーツ君はその話をする前に、君たちに殺されたのか」
ブッシュネルは、軽く肩をすくめた。
「サイボーグ・アルファ。対シャンバラの最終兵器。リチャード・バード准将が南極で接触を受けた時から、偽りのイスラエルであるロスチャイルドがずっと開発を続けていた存在」
ブッシュネルは、魔物のように笑い続けている。
「アルファが、完成すると共に冷戦が終わった。なぜならもう、実験の必要が無くなったからね。ブラックゴーストも君たちによって、排除された」
「それでは」
フランソワーズの声には、少し怯えが含まれている。
「ジョーは、アルファではないということなの」
ブッシュネルは、残酷な笑みを浮かべて頷く。
「彼は、あくまでもゼロゼロナンバーでありアルファではない。それでも」
フランソワーズは、狂おしい表情でブッシュネルを見つめていた。
「ジョーは、特別な存在だ。我々にとって。そして、君にとっても」
フランソワーズは、そっとため息をつく。
「アルファは、完成した。では、ソロモン第三神殿も造り上げられているということですね」
ブッシュネルは、誇らしげに笑う。
「そうだよ、シャンバラから帰還する軍団を迎え撃つ要塞、ソロモン第三神殿は完成した」
フランソワーズの瞳は、真冬の星が放つ光を宿す。
「それがどこにあるのかを、わたしは聞きにきました」
急にブッシュネルの顔から笑みが消え、途方にくれた表情となる。
「それは、知らない」
「まさか」
フランソワーズは、侮蔑の笑みを浮かべた。
「当然、あなたはソロモン第三神殿の建設に関わっていたはず。それに今もそうやって、エイリアンズ・バイブルの解析を続行しているということは」
老いた科学者は、疲れた目をしてフランソワーズを見つめていた。
「まだ本当はソロモン第三神殿の建設は、続いている。ロスチャイルドも、知らないところで。違うかしら」
ブッシュネルは、死人のように蒼ざめた顔で首を振った。
「帰りたまえ、フランソワーズ。君は、ソロモン第三神殿へ行ってはいけない」
「あら」
フランソワーズは、小首を傾げてみせる。
「そこは、サイボーグの王国の中心となるのでは?それなら、わたしのことも、迎え入れてくれるべきだわ」
「そうではない」
ブッシュネルは、憂鬱な口調で語る。
「ソロモン第三神殿は様々なサイボーグが集積して造られた、ひとつの巨大なサイボーグだともいえる。つまりフランソワーズ、そこにいけば君は要塞の部品として、組み込まれてしまうだろう」
フランソワーズは、朗らかな笑みを浮かべた。
「でもわたしは、アルファに会いたいのよ」
ブッシュネルは、さらに言葉を紡ごうとした。
しかしその時、フランソワーズは歌をうたう。
彼女の歌は、ひとの可聴域を越えた音波によって構成されている。
それは、ひとの身体の内部へも浸透していく。
そして、ひとの身体内部、任意の箇所に共振動を起こすことができた。
フランソワーズはサイボーグ化手術によって得た聴力を使い、音によってものの内部を「視る」ことができる。
今、フランソワーズは歌を使ってブッシュネルの脳を透視していた。
彼女は、脳のどの部分に共振動で刺激を与え、どこの機能を一時的に麻痺させることができれば、ひとが意志というものを失うのかを知っている。
フランソワーズは、音でロボトミーを行うことができた。
ブッシュネルの目から、光が消える。
少し痴呆的な笑みが、浮かび上がってきた。
フランソワーズは、老いた科学者の脳を操ることに成功する。
フランソワーズは、静かに言った。
「ソロモン第三神殿へ行くには、どうしたらいいの」
ブッシュネルは、穏やかな口調で応える。
「ヨコスカベース、グランドゼロへ行ってみたまえ」
「それと、もうひとつお願いがあるの」
ブッシュネルは、虚ろな目でフランソワーズをみる。
「何かね」
フランソワーズは、ブッシュネルにメモリスティックを渡した。
「これに、エイリアンズ・バイブルのデータを入れて欲しいの」
ブッシュネルは無言でメモリスティックを受け取り、機械的な動作でそのメモリへデータのダウンロードを行う。
ブッシュネルは、歪んだ笑みをうかべてメモリを差し出した。
フランソワーズは、満足げに頷きメモリスティックを受け取った。
彼女がそれを手に入れるためにたどった遠い道のりを考えると、手にしたスティックはとても軽く頼りない。
それでもその小さなスティックには、彼女をはじめとする全てのサイボーグを造り上げるための設計図が納められているはずだ。
もちろん、サイボーグ・アルファの情報も含めて。
フランソワーズがその状況に気がつかなかったのは、単に物思いに耽っていたためだけとはいえない。
フランソワーズは、ブッシュネルの眼差しに気がつき後ろを振り向く。
薄闇の中から、唐突にロボットのような兵器が姿を現した。
二体の、ヘルダイバー型サイボーグが迫っている。
光学迷彩フィルムを装甲板に貼りつけていたようだが、今は停止させ姿を現していた。
さらに稼動音を、自身で発生させるノイズに紛れ込ませて消し去る、ステルス機能も持っているようだ。
形体こそフランソワーズがベトナムで戦ったヘルダイバーたちと同じで、外骨格マニュピュレータを死体が装備していたが、性能はレベルが違うらしい。
二体のヘルダイバーは、グリースガンのような形状のレーザーをフランソワーズへ向けていた。
「投降したまえ、フランソワーズ」
フランソワーズの与えたロボトミーの効果が消えたらしいブッシュネルが、後ろから語りかけてくる。
「もう、ロスチャイルドとも話はつけてある。われわれが独自に研究したことも、彼らに開示することになった。抵抗しなければ、君の身柄は無傷でひきわたすよ」
フランソワーズは、手にしたメモリスティックをかざす。
「これは、どうなるのかしら」
ブッシュネルは、笑い声をたてる。
「それは無理だ、判ってるだろう」
フランソワーズは、ため息をつく。
「判ったわ。投降する」
フランソワーズは、両手をあげた。
その瞬間、彼女は全開にした歌をはなつ。
メーザー砲と同じパワーを与えられたフランソワーズの歌は、ヘルダイバーたちの顔面を叩く。
それはほんの数秒、時間を稼げたようだ。
一瞬ヘルダイバーが動作を停止させた隙をついて、フランソワーズはブッシュネルの背後に回り込む。
その行為には、全く意味がなかった。
ヘルダイバーは、ブッシュネルを無視してレーザーガンを撃つ。
ビームは、あっさりブッシュネルの身体を貫通してフランソワーズの肉を抉る。
左の脇下と、右の腰に決して癒えるこの無い傷を与えられたフランソワーズは、ブッシュネルの死体を捨てて後ろへ飛ぶ。
ヘルダイバーには、加速装置が装備されているわけではない。
しかし、脳に身体維持の機能を放棄させ、演算能力だけで脳を使用しているヘルダイバーは短時間だけならスーパーコンピューターを装備しているような、性能を示す。
フランソワーズは、レーザーガンが自分をロックオンしているのを感じた。
二撃目は、彼女の手か足を奪うだろう。
そうなるともう、逃げることはできない。
フランソワーズは、死を覚悟した。
その瞬間、頭上で轟音が響く。
屋根の部品や破壊された空調ダクトが、落ちてきた。
ヘルダイバーたちがフランソワーズか目をそらし、上方を向いたとき直線の雷撃となったレーザービームが発射される。
背中に収納されている機関部を破壊された一体のヘルダイバーが、炎につつまれた。
天井から、真紅のジェット噴射で闇を駆逐しながらひとりのおとこが降りてくる。
マルーンレッドのスーツに身を包み、山吹色のマフラーを靡かせてそのおとこはヘルダイバーの背後へ着地した。
フランソワーズは、目をみはる。
ジェットで、あった。
(逃げろ、フランソワーズ)
加速装置を使用して高速の時空にいるジェットは、一瞬だけ速度を落とし高速言語で語りかけてくる。
(なんて馬鹿なの!)
高速言語での返答を聞いたジェットは、苦笑で口を歪める。
しかしすぐに高速の時間へ移行し、姿を消した。
フランソワーズは、歌をうたう。
彼女の歌は周囲の空気を振動させ、陽炎のように景色を歪ませた。
光学迷彩を使用したように、フランソワーズは姿を消す。
ヘルダイバーは、歪んだ景色に溶け込んだフランソワーズを追尾することをあきらめジェットのほうへ向かう。
ジェットは高速で移動しながら、ねっとりと液体の重さを持つ空気を縫ってスタームルガーMK1型のビームガンを撃つ。
ヘルダイバーが、一瞬高速で動きビームをかわしたことにジェットは驚愕する。
ヘルダイバーは、加速装置を装備していない。
にもかかわらず、外骨格マニュピュレータは音速を越えて動作する。
そのなかに格納されているひとの頭脳が、極限まで酷使されているためだ。
その反応速度は、ジェットの想像を遥かに凌駕している。
もう三十年前とは、違うということらしい。
ジェットは、もどかしい思いでカートリッジが排出され装填されるのを待つ。
至近距離まで、近づいて撃つしかない。
ジェットはジョーほど深くサイボーグ化されていないので、高速の時間にいてもあまり速く動けば五体が砕けてしまう。
しかし、そうもいってられないようだ。
ヘルダイバーは鈍重な装備を持っているため、脳の処理速度をあげても移動速度には限界がある。
数メートルのところまで近づけば、かわすことはできない。
ジェットはスタームルガーにカートリッジが装填されたことを確認すると、音速を越えてヘルダイバーへ突っ込む。
ソニックブームが巻き起こり、地上に落ちた屋根の破片が吹き飛ばされた。
ジェットは、ヘルダイバーが避けようがない距離へと飛び込みながらビームガンをかまえる。
その瞬間、ヘルダイバーの背後に翼がひろがるようにアナコンダ型ビームガンが展開されていくのをみた。
ビームガン8機が放射状に展開され、死角のないように狙いをつけられる。
8つの銃口が、太陽の輝きを宿す。
8つの輝きが強さをましていくのを見ながら、ジェットは天使が光の翼を広げていく様を連想する
ジェットは、ふっと笑った。
(おんなのために死ぬのであれば、そう悪くはない)
ジェットは、トリガーを絞る。
視界が、真っ白な輝きにつつまれた。

フランソワーズは、全身を陽炎のような歪んだ空気に包んで夜の闇をかける。
一瞬、背後で建物のひとつから閃光が放たれるのを見た。
少しだけ、フランソワーズの瞳がくもる。
夜の闇を貫いて、声にならない歌が悲鳴のようにかけぬけていく。
フランソワーズはまた無表情に戻ると、シトロエンを停めた場所へ向かう。

2007年9月
湾岸エリア

僕はもう、自分が夢の中にいるのか現実と向き合っているのか、よく判らなくなっている。
どういうわけか、僕は窓にブラインドがかかっているのに、その向こうの空を見ていた。
窓を覆うブラインドの向こうにあるはずの空は、ひどく青く見える。
それは、海の底はきっとそんな色だろうと思える青だ。
とても濃く澄んでいるけれど、深い色で輝いてもいる。
僕は、自分が海底に沈んでいるような気もした。
そう思うと、まわりの空気がとても重いような気がしてくる。
そして僕の身体も重みをまして、深く深く沈んでいくようだ。
あるいは、無限に上昇していってるのかもしれない。
ここは時間を失っただけではなく、空間も崩壊してしまったんだろうか。
僕は、いつしか電話がかかってくるのを待つようになっていた。
全てが曖昧で幻想と現実の区別がつかなくなっているようなこの部屋で、彼女からかかってくる電話だけが唯一の外との繋がりだ。
果てしない奈落に落ちようとしている僕を、境界にかろうじて繋ぎ止めている命綱とでもいうべきか。
僕がその日、青い海を漂い夢と現実の間をさ迷っていたときに、電話が呼び出し音を鳴らしはじめる。
僕は、ベッドに横たわったまま、その呼び出し音が鳴り止むのを待った。
それが終わるとともに、彼女の声がはじまるはずだからだ。
数回のコール音が終わると、留守番電話の録音がはじまる。
けれど、今日は声が聞こえてこない。
沈黙。
いや、違う。
僕は、驚愕する。
歌を、電話機は奏でていた。
けれど、それは聞くことのできない歌のようだ。
聞くことができないのに、僕はそれが歌であるということが判ったばかりか、その歌が僕の脳に入り込んでゆくのを感じている。
妄想なのだろうか。
そうかもしれないが、でもそれはさっきまで漂っていた夢とは全く違う現実の鋭利さと残酷さをそなえている。
つまり、その歌は僕の脳をあちこち切り刻み分解しながら奥へと入り込んでゆくようなのだ。
僕は、死ぬんだろうかと思う。
不思議と、恐怖はなかった。
闇が、あたりを覆っていくのを感じている。
濃厚で、深海の水のような闇があたりを満たしていく。
僕は、ひとごとのように自分の脳が切り刻まれるのを感じる。
意識が、断片化していった。
僕は、読んでいた本を閉じるように唐突に意識を失う。