Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

2007年9月
湾岸エリア

僕は、夢から目覚める。
夢の中で僕は、ジャングルの中にいた。
それは夢の中にふさわしい、極彩色であり幻想的な空間だ。
シュールレアリストの描いた夜の森を思わせるような世界を、僕は旅をする。
まわりには僕の仲間がいたようなのだが、そのあたりは記憶に残っていない。
そのジャングルでは、死者が動き回っていた。
そして、十字架に磔にされたひとびともいる。
そこは、現世と冥界のはざまであったのだろうか。
僕は多分、死者に招かれてジャングルに入り、滝壺の底にある死者の国へと入った。
そこがどう呼ばれていたかは、朧げな記憶が残っている。
ソロモン第三神殿。
そう、呼ばれていたようだ。
僕は、夢の中の世界に魅入られていた。
全てが常軌を逸しているが、すべてがこころに突き刺さってくるような鮮烈さを持っている。
今、この部屋で過ごしている全てこそがむしろ夢なのではないだろうかと、そんなふうにすら思えていた。
そんなことを考えていると、僕の頭を頭痛が襲ってくる。
激しい眩暈をともなう、強い頭痛が僕を襲う。
僕は、苦痛の檻に閉じ込められているようだと思った。
僕は、痛みをこらえながら、夢の中で死者が語っていたことをぼんやりと思い出す。

「ジョー、エイリアンズ・バイブルを手に入れるんだ」

エイリアンズ・バイブル。
それは、一体なんだろう。
僕には、見当もつかない。
けれど、奇妙な確信めいたものが僕にはある。
もうすぐそれは、僕の元にくるのだろう。
全く根拠がないにも関わらず、揺らぐことのない確信だった。
その時、電話が鳴る。
いつものように、僕はそれをとることはない。
けれど僕は、知っていた。
いつもの彼女からかかってきた、電話だ。
しばらく呼び出し音が続いた後、留守番電話の録音がはじまる。

「ここはネバダ州、リンカーン郡、グルーム乾燥湖の近く」

彼女は、いつものように語る。

「あと少しでエリア51に着く。ここにあるの、もうひとつの聖書。そう」

僕は、その後の彼女の言葉を聞き、衝撃を受ける。

「エイリアンズ・バイブルと呼ばれる本。それが、ここにある」

そして、録音が終わった。
静寂が、戻る。
何か、目の前の景色が揺らいでいるような気がした。
ここの全てが芝居の書き割りに過ぎず、この向こうに真の世界、例えば夢の中に出てきたジャングルがあるような気がする。
僕はゆっくりと首をふり、身体を丸めてベッドに横たわった。
もう一度、眠ろうと思う。
今度は夢のない、眠りへといこう。
そう思った。

2007年9月
エリア51

月の明るい、夜であった。
エリア51のゲートを警備するそのおとこは、一台の車がゲートへ向かってくるのを見る。
おとこは、M4自動小銃の携帯とそれを警告無く発砲することが許されていた。
しかし、今手にした自動小銃を発砲する気はない。
夜の闇をヘッドライトで切り裂いてくるその車は、優雅なボディラインを持つスポーツカーであった。
おそらく民間人のものであろうが、マスコミの取材も許すことが無いこのエリア51に民間人がくるとすれば何かの間違いだとしか思えない。
テロリストである可能性もあるだろうが、それにしては車が派手過ぎるし真っ正面からくる理由が無かった。
ゲートの前に、ワインレッドに塗装された流線型のボディを持つ車が、止まる。
シトロエンD21であった。
貴婦人のように美しいボディを持つそのスポーツカーのドアが開き、ドライバーが降りる。
鍔広の帽子を被り、銀灰色のコートを羽織ったおんなだった。
帽子でかくされた顔は、美しいが若くはなさそうだ。
口元に深い皺が刻まれているのを、見ることができる。
おとこはM4自動小銃を手にしたまま、おんなの前に立つ。
「ここは立ち入り禁止ですよ、マダム」
「ロズウェルからきたのよ、ムシュー」
おとこは、苦笑する。
少しフランスの訛りがある英語をしゃべるおんなに、再度警告をした。
「ここは軍の施設です。これ以上進むと、法律で罰せられます。引き返してください」
「随分、長い旅をしてここについたの」
おとこは、肩をすくめる。
本当にラズウェルから来たのであれば、確かに長旅といってもいいだろう。
「マダム、本当は軍の機密なのでしゃべってはいけないのですが、特別に教えてあげます」
おんなは、少し驚いた目をしておとこを見た。
おとこは、笑みをかえす。
「ここには宇宙人の死体も、宇宙船も存在しないんです」
「あら」
おんなは、顔をあげた。
青く美しい瞳が、まっすぐおとこを見つめる。
おとこは何か、違和感を感じた。
気品ある美しさを保っているこの年嵩のおんなに、なぜか危険なものを感じる。
おんなは、ふっと薔薇色の唇を開いた。
虹色の何かが、その唇から零れたような気がする。
いや、色などはない。
それは、歌だ。
彼女は、歌をうたったのだ。
一瞬、気が遠くなる。
気がついた時には、目の前に満足げに微笑むおんながいた。
謁見する女王のように落ち着き払ったおんなは、手にしたプレートをかざしてみせる。
それは、取材許可証である。
「もちろん、わたしは宇宙人に会いにきたわけではないのよ」
彼は、気がつくと頬笑みながら頷いている。
なぜか、全てが夢の中での出来事のように感じた。
さっきの、歌だ。
あの歌が、彼の脳に入り込み疑うことをできなくしている気がする。
そんなことは、現実にありえるはずはないのだが。
しかし、おとこは映画を見ているように目の前でおきている現実を眺めていた。
「本当に、こんな遅い時間の到着になってごめんなさい」
「ロズウェルからこられたのでは、仕方ありません。ジャーナリストも大変ですね」
彼は、自分でも理解できないまま詰所に入ると、いくつかのセキュリティシステムを停止させる。
そして、おんなにICカードの通行許可書を渡していた。
「ロイ・ブッシュネル博士は、セクション7でよかったかしら」
彼は、おんなの問いに頷く。
「セクション7、B5棟です」
おんなは、会釈をしてシトロエンD21へと戻った。
エンジンがかかり、シトロエンがゆっくりと動き出す。
おんなは、笑みを浮かべながら軽く彼にむかって手を振った。
おんなはもう一度、ふっと歌をうたったような気がする。
彼はまた、一瞬意識がくらくなった。
気がつくと、彼はひとりであった。
いつもと変わらぬ砂漠の景色が、夜空の下に広がっている。
夢を見たような、気がしていた。
戦場で受けた精神的外傷による、後遺症なのかもしれない。
何にしても異常はなかったと判断し、彼は交代までの長い時間を待ち続けることにする。

       

表紙
Tweet

Neetsha