Neetel Inside 文芸新都
表紙

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ジョーはスタームルガーを構え、闇の中へと踏み込む。
その後ろにフランソワーズと、ハインリヒが続いた。
ジョーたちは、螺旋階段を下っていく。
闇は深く、ジョーのナノマシンによって暗視能力を付与された目でも、おぼろげにしか見渡せない。
フランソワーズがメーザーでスキャンした情報をたよりにして、下っていく。
地下へと続くその縦穴も、静寂に閉ざされたがらん堂である。
ジョーたちは、建物であれば十階ぶんになるであろう距離をくだった。
サイボーグの身体能力を駆使したため、その距離をくだるのにものの数十秒しか、かかっていない。
地下の底で、再びフランソワーズが壁のパネルを操作し扉を開く。
ジョーたちは、神々しい光に満ちた場所へでた。
そこは、礼拝堂を連想させられる場所である。
壁は剥き出しのコンクリートであるが天井は高く、上方は清浄な光に満ちておりなぜか神聖さを感じた。
高い天井の下には細長い広間があり、もしここが礼拝堂であればその先に十字架があるだろうと思う。
けれど、細長い広間の突き当たりは、銀灰色の壁を背負った舞台があるばかりだ。
そしてその舞台の中心には、玉座と呼ぶに相応しい重厚な椅子が置かれている。
その玉座には、ひとりの人物が座っているようだが、舞台の背後から浴びせられる照明が強力であるため漆黒の影につつまれ正体は判らない。
その空間には独特の威圧感が満ちており、ジョーたちはひどく心理的なプレッシャーを感じる。
ジョーたちは、葬儀の参列者かと思えそうな重い足取りでその玉座へと向かう。
ジョーの頭にはフランソワーズがスキャンした結果が、次々に送り込まれていた。
礼拝堂の壁の奥には、二十体の黒豹型サイボーグが待機しているらしい。
しかし、フランソワーズのメーザーが把握した結果によれば、黒豹たちはみなスリープ状態であり攻撃をしかけてくるようにはみえなかった。
壇上で、黒い影が立ち上がる。
立ち上がったひとは、壇上の影から歩み出ると、高みから降りてくる清浄な光に身をさらした。
フランソワーズは物憂げな瞳で、ハインリヒは面白がっているように、そしてなぜかジョーは懐かしむような目でそのひとを見る。
そのおとこは、死者のようであった。
瞳は虚ろで肌は蒼ざめており、口は呆然と開かれ呼吸していない。
ヘルダイバーと同じように、生命維持装置がそのおとこを駆動しているようだ。
おとこを包んだ外骨格マニュピュレーターが機械音と共に動作し、壇上からおとこの身体を運んでゆく。
ロボットのような、ぎこちない動作であった。
表情はあくまでも虚ろであり、それはかつてひとであったかもしれないが、今やものにしか見えない。
かつて、カーツ大佐と呼ばれたおとこ。
そのおとこが人体の廃墟となって、ジョーたちを迎えている。
「ようこそ、よく来てくれた」
生命維持装置につけられたスピーカーが発するカーツ大佐の声は、予想外に快活で表情豊かである。
どこか別室にいるカーツ大佐が、死体につけられたスピーカーを通じて話しているとでもいうかのようだ。
「気に入ってもらえたかな、あの十体の十字架に吊るされたクライストは」
「一体なぜ」
ジョーは、小首をかしげ問いかける。
「十体なんですか? 聖書に登場する救い主は、ひとりだけだというのに」
ジョーは、なぜか死体が笑ったように感じる。
笑い声が、スピーカーから漏れていたわけではないのだが。
「わたしたちは、シャンバラから迎え入れるのだよ。十の部族をね」
カーツ大佐は、高らかに歌うがごとく語る。
「かつて地上から去ったイスラエルの部族は、十だった。だからソロモン第三の神殿にディアスポラから戻ってくるのは、十部族なんだよ。わたしはその十部族に、生け贄を捧げたわけだ。それと、ジョー、君は聖書の話をしたが君の読んだ聖書は間違っているよ」
ハインリヒが、後ろで舌打ちをしている。
ジョーがカーツ大佐と話をすることが、気に入らないらしい。
それはもっともなのだが、ジョーは魅いられたように話をやめることができなかった。
「聖書に、偽典や外典があるのは知ってるけれど」
「それらも含めて、ひとつにしてもいい。わたしの言っている真の正しい聖書は、それらと別物だ」
ジョーは、奇妙な感覚にとらわれている。
デジャビュとでも、いうのか。
この会話を、かつてかわしたような気がしている。
しかし、間違いなくそんなことはない。
カーツ大佐とは、初対面であった。
けれど、おそらくはジョーに組み込まれたナノマシンが、なにかを記憶している。
「エリア51、ネバダ州の砂漠奥深くにあるその場所で、保管されている。それは、エイリアンズ・バイブルと呼ばれる」
エイリアンズ・バイブル。
その言葉を聞いた瞬間、ジョーの身体がぴくりとふるえた。
彼に組み込まれたナノマシン、それが彼の中でその言葉を聞いた瞬間ざわめいた気がする。
「そこにこそ、真理が書かれている。イスラエル、神と戦うものたち。そのものたちは、十二の部族からなる。地上に残ったのは、二部族のみ。残りの十部族は、シャンバラに行ってしまった。ジョー、君の言う聖書、グーテンベルクの機械がこの世界に行き渡らせたその書物は、わずか二部族のために書かれたものだ。そしてその二部族は、神との戦いを放棄したがゆえに地上へとどまった。そいつらは、偽りのイスラエルだ。真のイスラエル、神と戦うものたちはシャンバラにいる」
「神と戦うもの」
ジョーは、夢見るように呟く。
「一体、どういうことなんだろう」
再びジョーは、カーツ大佐が笑ったように思う。
その声にならぬ笑いは、世界から色を奪い輝きを消し去るような気がした。
「ナノマシンを身体に組み込み、ひととしての領域を越え、神の域へとふみこむこと。すなわちサイボーグとなることこそ、神との戦いではないかね」
ジョーは、ぞっとするような気持ちを味わう。
そして、自分の中でナノマシンがカーツ大佐の言葉を肯定するようにざわめくのを感じる。
カーツ大佐は、ジョーの内面に起きているゆらめきを見透かしたように、軽く頷きかけた。
「わかるだろう、わたしが何をしようとしていたのか」
ジョーは、カーツ大佐がこれから何を言おうとしているか、大体は判っているつもりだ。
そして、それが自分を魅了しつつあることも、知っている。
ジョーは、背後から突き刺さってくるようなフランソワーズの視線も感じていた。
彼女の表情は、見なくても判る。
不安と怯え、そしてその底に薄い怒りが沈んでいる眼差し。
そんな瞳を、フランソワーズはジョーに向けているはずだ。
「ソロモン第三神殿とは、サイボーグの王国を築くための中心となる場所のことだ。そして、それが築き終われば」
カーツ大佐は何かを迎え入れるかのように、大きく両手を天に掲げる。
ジョーは、磔にされた死体を思い出す。
「シャンバラから、イスラエルの十部族が帰ってくる。その日、その時が、とうとう訪れるのだ。それは裁きの日であるとともに、栄光の日でもある」
カーツ大佐の、死びととなった身体に埋まっている瞳が、ジョーに向けられている。
ジョーは、死の向こう側にある深淵が、自分を見据えているように感じた。
「ジョー、我がソロモン第三神殿へよくきた。さあ、共にシャンバラから帰還するサイボーグたちを迎え入れようではないか」
ジョーの中でナノマシンは、かつてないくらいにざわめいていた。
しかし反対に、驚くほどジョーのこころは澄んでいる。
ジョーは、一片の迷いもない瞳で深淵を見つめ返し、スタームルガーMK1をカーツ大佐へ向けた。
「あなたは敵です、カーツ大佐」
ジョーは、穏やかと言ってもいい口調でカーツ大佐へ話かける。
ジョーは背後で、フランソワーズがそっと安堵のため息をついたことを、感じていた。
「投降してください。でなければ、撃ちます」
カーツ大佐は、夜の沈黙につつまれた。
生命維持装置に接続されたその身体は、完全な死者と化したかのようだ。
ジョーは、思う。
まるで、どこかでおこった過ちが糾されるのを待っているようだ。
あるいは、理解の遅い生徒が正解にたどり着くのを、待っているというべきか。
カーツ大佐は、沈黙したのと同じくらい唐突に、語りはじめる。
「ジョー、君はなぜ十体であるのかと聞いたね」
「ええ」
ジョーが頷くのを、死者の瞳が見つめていた。
「むしろ君は、こう思うべきではなかったのかな。なぜ、君たちは九体なんだと」
ジョーは、驚いたように目を見開く。
「僕らは、十体であるべきだというのですか?」
「そう思わない理由は、なんだろう」
ジョーは、困惑した目でカーツ大佐を見る。
死者の顔からは、何も読み取ることができない。
「戯れ言はもう、十分だ」
ハインリヒが叫ぶと、7.62ミリ口径の銃身がつきでた右手をカーツ大佐に向けて一歩踏み出す。
それと同時に、礼拝堂奥の隠し扉が開き、二十体の黒豹型サイボーグが姿を現した。
黒豹たちは、獰猛な唸り声をあげる。
ハインリヒは、楽しげな笑みでそれに応えた。
「ハインリヒ、わたしを殺すのは容易いことだろうがね」
カーツ大佐は、天気の話をしているような穏やかさをもって語る。
「わたしが死ねば、黒豹たちは一斉に攻撃をしかける。君とジョーは、生き延びるかもしれないが、フランソワーズは無理ではないかな」
「そうかしら」
フランソワーズは、微笑みをカーツ大佐になげかける。
フランソワーズは平然としているが、ハインリヒは彼女をかばうような動きをして、銃身をひっこめた。
ハインリヒは、口を歪めて笑う。
「カーツ大佐、これではステルメイトになっちまうぜ。ひとつ、ゲームをしようじゃないか」
「ほう」
カーツ大佐の声に、面白がっているかのような響きが宿る。
「どんなゲームだね」
「おれとあんたが、銃を使って一騎打ちをする。あんたの故郷でカウボーイがやったみたいな、ガンファイトだ」
ジョーとフランソワーズが呆れ顔でハインリヒを見たが、ハインリヒは笑みを口元に張り付けたままだ。
「おれが勝ったら、黒豹たちは停止しろ。おれが負けたら、攻撃するがいい」
「面白いね」
ジョーが困った顔をしてハインリヒを見るが、ハインリヒは楽しげな笑みを浮かべたままだ。
ジョーはハインリヒのやろうとしていることを理解し、肩をすくめる。
「どうやって、一騎打ちをするのかね、ハインリヒ」
カーツ大佐の問いかけに、ハインリヒは答える。
「西部劇みたいに、背を向けあって十歩あるく。そして撃ち合う。それでどうだ」
死者の顔をしたカーツ大佐は、頷く。
そして、外骨格マニュピュレータが動作し、ハインリヒと背を向けて立つ。
カーツ大佐の腰には、大型のビームガンが吊るされていた。
「ジョー、合図をたのむぜ」
ジョーは、頷く。
そして、歌うように聖書の一節をそらんじた。
「汝は顔に汗して食物をたべ、最後には土に帰らん。そは、その中より取られたればなり。汝は塵なれば、塵にかえるべきなり」
ジョーの言葉が終わると同時に、ふたりのサイボーグは歩きはじめた。
その足音は、同じ時を刻む時計のように正確に同じ間隔で響く。
ふたりは、示し合わせたように同じ歩幅で歩いていた。
そして、十歩め。
カーツ大佐の外骨格マニュピュレータが、甲高い音をたてる。
時間加速装置とまではいかないが、ひととしての反応速度を遥に越えた動作で振り向き大型のビームガンを撃つ。
対するハインリヒは、振り向くことなくカーツ大佐から逃げるように全力で前方にダイブした。
その背を、熱放射が擦過しマルーンレッドのジャケットが焼け焦げる。
ハインリヒは、身体を回転させ背中から床に落ちた。
そして手にした電磁パルス弾のスイッチを、入れる。
一瞬、世界が真っ白な光につつまれた。
ジョーは、電磁パルスの衝撃が全身を襲うのを感じる。
体内に組み込まれたナノマシンが、停止していくのが判った。
それは、土の中へ生き埋めにされてしまうような感覚である。
おそらく、カーツ大佐はそれではすまなかったであろう。
彼の生命を維持している装置を内蔵した外骨格マニュピュレータが、停止している。
カーツ大佐は二撃目をハインリヒに向かって放とうとした状態で、フリーズした。
ジョーとフランソワーズは、スタームルガーMK1の弾倉を抜き、通常弾の入ったものに交換する。
電磁パルスによって、ビームガンも使用不可能になるためだ。
通常弾で、ジョーとフランソワーズは黒豹型サイボーグたちを撃つ。
22口径という小口径の銃弾ではあるが、内部に炸薬が仕込まれているため、命中すると小規模な爆発がおこり黒豹型サイボーグは破壊される。
電磁パルスの効果は、数十秒であったが二十体の黒豹型サイボーグは全て破壊された。
全てが終わり、ナノマシンの機能が回復してくる。
ジョーは深海から浮上するような感覚を味わい、ため息をつく。
その時、地の底から響くようなカーツ大佐の声が轟いた。
「ジョー、エイリアンズ・バイブルを手に入れるんだ」
ジョーは、驚きをもってカーツ大佐を見る。
一度停止した生命維持装置が回復したとしても、カーツ大佐の脳は破壊されてしまっていた。
だから、それはシステム内に記録された音声の、再生にすぎない。
しかし、その言葉は重々しくジョーのこころに響く。
「ソロモン第三神殿は必ず復活する。そこへ行くんだ」
ハインリヒは、無造作にビームガンを撃ちカーツ大佐の死体を破壊する。
カーツ大佐の死体は外骨格マニュピュレータごと炎上し、炎の柱となった。
ハインリヒは、吐き出すように言う。
「ジョー、気にするんじゃねぇぞ。狂人の戯言なんざ」
ジョーは蒼ざめた顔で頷く。
ハインリヒは、口の端しを歪めて笑う。
「フランソワーズ、イワンに連絡だ。カーツ大佐の基地を確保したとな」
フランソワーズは、笑みを浮かべ頷いた。

       

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