Neetel Inside ニートノベル
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 誤算があった。
 一つは『リリアック』という組織―――いや石動堅悟という個人による、予想を上回る戦果。
 装甲三柱が一角、装甲竜鬼バハムートを仕留めてしまうのは完全に想定外であった。
 二つ目に騒動の鎮静化がある。それ自体は遅かれ早かれの問題であったが、あまりにも収束が速過ぎた。
 要因としてはやはり四大幹部ハスターの功績が大きい。本来であれば、デビルタワー襲撃の一件を火蓋の切り口として盛大に『始める』つもりであった。だがどうやら奴はそれを善しとはしなかったらしい。『過激派』の中にいて、もっとも穏健に事を納める算段なのだろう。
 『リリアック』に貸し出した強力な手札である幹部二名。あれらにはデビルタワー潜入の際にいくつかの任を与えていた。

「ハスターは二代目に義理立てする理由が希薄だった。故に、取り入ることは容易だったね。たとえ彼が息子を殺した僕のことを毛嫌いし憎悪に焦がれていても、その辺りで彼はとても理知的だ。自らの私怨と利益を天秤に掛け、それを正しく損得勘定で傾けた」

 どことも知れぬ何処の地にて。白いフードマントを羽織った男が揺り椅子に腰掛け前後に揺れながら語る。
 その正面、業火を身に纏う執事と蛸の怪物じみた外見の少女が応じる。

「そのようで。タワーでの接触時も、既に状況を理解していた様子でこちらの要求にも即座に認可を頂きました」
「ハスターもバハムート嫌いだったんだね!あたしと一緒いっしょっ!」

 きゃっきゃと騒ぐ少女、序列第二位の幹部クトゥルフが太い触手を持ち上げ人型の何かをお手玉するように空中で投げては掴みを繰り返している。
 老賢者を模した仮面の下で彼は苦笑を浮かべる。

「おいおい、あまり手荒に扱わないでおくれクトゥルフ。それはこれからの局面で大事なものになるんだから。クトゥグア」
「はっ。…さあお嬢様、そんなモノよりもっと面白い玩具がありますので。こちらで遊びましょう」
「えー!だってコレすんごい頑丈なんだよ!?いっくら投げても叩いてもぜんぜん壊れないんだもん!コレほしい!」
 執事に手(触手)を引かれたことを気が逸れたのか、ぬめる触手に鷲掴みにされていたそれがゴトンと音を立てて落下する。

 状況は首尾良く進んでいた。
 石動堅悟率いる『リリアック』への戦力援助という名目で彼らを同行させ、現地にて『過激派』との戦闘を展開する中で本命たるハスターに接触。交渉に成功する。
 『あの無能おとこを社長の座から引き摺り落とす。馬場コーポレーションの全権を君が握れるよう手を貸す。代わりに襲撃への手出しを禁ずる。』
 コーポレーションの地位と悪魔としての能力を共々二代目として継承した馬場夢人に愛想を尽かしていたハスターに対して、交渉材料としては抜群の効果を与えた。ニャルラトホテプもこれには同意を示した。
 本来の想定ではデビルタワー襲撃と社員殺害の責を全て馬場夢人に押し付けた上であの男の黒い噂を各所に流し玉座から転落させる極めて単純な話で締める魂胆だった。が、バハムートが殺されてくれたおかげで事はより手早く済ませることが出来た。
 問題だったのは、それによって遥かに早い段階で全権を握った蓮田の手腕。馬場コーポレーションにはもうしばらく混沌を渦巻き広げてもらいたかった。
 それに伴って誤算の三つ目。

(ふむ。デビルタワー襲撃に釣られて必ず現れると思ったけどね、大英雄リザ。まさかここまで読まれていたわけではなかろうが)

 狙いは新規勢力『リリアック』を含めた『過激派』と『デビルバスターズ』、この三つ巴。
 だがリザはおろかあの組織の人間達は特にこれといって大きな動きを見せなかった。確認できたのは単身乗り込んできた間遠和宮のみ。
 間違いなく動くと踏んでいただけに拍子抜けを通り越して疑念が芽生える。

(何かの要素が介入したと見えるね。リザが見過ごせない何か、それでいて組織そのものを引き止めるに足るだけの何かだ。となれば…うん)

 カイザー。
 やはり最後の関門は装甲三柱。そうなるのだろう。
 仕方ない。
 開戦の号砲を撃ち鳴らすには、自分では役者不足ということらしい。
 ああ、なら仕方ない。

「なら僕は、手早く戦支度を整えるとしよう。なぁに簡単な話さ。久慈友和は面白い能力を開発していたね、僕の魔術でも再現はおそらく可能だろう。その為に、わざわざ持ち帰ったわけだし」

 くいと指を立てると、クトゥルフが取り落したそれが不可視の何かに持ち上げられるように浮遊する。まるで糸人形のように直立で吊られた巨躯。
 全身を覆う蒼の甲冑は見る者に威圧感を与え、その貌を覆う海竜の面は死してなおも存続する威容を誇っているよう。
 装甲竜鬼バハムートの遺骸。
 目には目を、牙には牙を。
 最大の関門を討ち果たすには、同種の猛者を。
 組織の部下に見捨てられ、格下と侮った英雄に命と尊厳を穿たれ、亡骸すらも弄ばれて。水の支配者は最早光を灯さない瞳を虚ろに開く。

「さあて遊ぼうかカイザー、それに石動堅悟。『第二次神討大戦』の狼煙を上げるのは誰だい?早くしないと、邪神だか悪神だか、よくわからないけれど蘇らせてしまうよ?」

 現存する強者達を利用して人世を混迷に陥れるという、なアイデアは失敗に終わってしまった。だがこれもまた一興。
 なら次の愉しみを引き起こすだけのこと。
 純白のフードマントを翻して、賢人は愉悦に表情を歪ませる。

「三つ巴の戦争は実現しなかったけれど、まぁ仕方ないね。なら次だ。装甲三柱、賢人マーリンとゾンビ化の技術を施した哀れなバハムート君。さあさあ!この世の終わりとやらをこの目で拝んでみるのも愉しそうだ、面白そうだ!世界を救う二度目の救世主となってみせるかいカイザー!?」

       

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