非正規英雄(アルバイトヒーロー)
第二十五話 嵐の前の…… (どんべえは関西派)
マーリンはこう言っていた。
「三柱で同盟を組み、神討大戦に挑む。僕はカイザーが交渉に来た時、てっきりそういう話をしに来たと思っていた。ところが、それは僕の考え違いだったらしい。どうしてそう考えるか、その理由は単純だ。前回の大戦でも僕は彼に協力して戦いに挑んだ。ところがこの間の「リリアック」によるバハムート討伐事件が起きた」
ここで一旦話を区切ると、目の前で葉巻を吸うセバスチャンをビシッと指さす。
時刻は深夜、お嬢様を寝かしつけたところで突然やって来た彼が話があるからという理由で付き合っているのだ。ただ、いきなり話が始まったことと、今までが前置きだということを知らされ、いささか辟易している。
明日の朝食の仕込みをしたのに、いい迷惑だ。
だがマーリンは一切気にせず言葉を続ける。
「これで三柱の一柱が折れた。しかし、カイザーは何も言わない。それどころか神討大戦の準備を着々と進めている。その真意は何だと思う?」
「わかりません」
即答。
それでもマーリンは動じない。
「つまり、この神討大戦にバハムートは必要ない、ということだ」
「それが何なのです?」
「ということは、あの同盟は何だったのかというという疑問が湧いてくる。その答えはこうだ」
セバスチャンに答える気がないと察したのか、マーリンは一人で続けた。
「あれはここまでの動きを邪魔されたくなったということだ。それが終わり、石動堅悟が組織を作り、自分のもとに来る可能性が高くなった。もし、彼の動きが少しでも違ったらカイザーは石動堅悟を止めただろう」
「なるほど」
「つまり、彼の次の狙いはというと」
「というと」
「僕さ」
そう言ってニッと笑うマーリン。
その笑みはまるで自分が狙われていることが楽しくてしょうがないとでも言いたげだった。普通ならゾッとするようなその顔だが、いつもの事なのでセバスチャンは動じない。その代わりに葉巻を地面に落とすと、忌々し気に踏み潰した。
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「と、これが先日マーリン様がおっしゃっていたことです」
「なるほど、奴の考察は当たっておろうな」
「んー、私は難しいことわかんないからいいや」
「……私もそう思っていたところ。さすがね」
ここはお嬢様たちの新しい住処。
やはり廃墟となっていた古いお屋敷で、花が咲き乱れる美しい庭で、四人が集まってお茶を楽しんでいた。一人は和服に身を包み、椅子に杖を立てかけた老人。一人は執事服を着た男性で、その隣にちょこんと座っているのは非常に若い女の子。そして最後の一人はスーツに身を包み、眼鏡をかけた聡明そう、しかし目の下に病的に濃い隈を作った女性だ。
この四人こそかの有名な四大幹部の面々だ。
セバスチャンの淹れたお茶を飲み、クッキーを食べながらバハムート亡き後、初めての四大幹部の話し合いを行っていた。
スーツの女性はニャルラトホテプその人で、またの名を内阿と言った。馬場コーポレーションの社員で、天才プログラマーである。
彼女はパソコンをいじっていたのだが、それを閉じ、顔を上げるとこう続けた。
「……でも、この間の襲撃は私が昼寝中で助かったね。もしいたら、あんなの一人で止められた」
強気の発言。
しかし、それは嘘ではない。
ハスターですら否定しない当たり、それは真実なのだ。
ニャルラトホテプ。彼女の能力は数少ない遠隔操作型の邪悪武装。準悪魔や非正規英雄と言った魔力を含む人間の影から自身の分身体を生み出して自在に操ることができる。これにより、彼女は一人で何十人分もの戦力を得ることができる。
本当に、彼女がいたら「リリアック」のゾンビなど大したことはない。一瞬で殲滅できる。
ただし、その弱点として彼女自身は邪悪武装を纏えない。
後ろで制御するだけ、その戦い方ゆえ彼女は常に安全地帯にいることとなり、仲間からの信頼が薄いという弱点がある。それゆえ、彼女の序列は第四位なのだ。
チョコチップクッキーを一つつまみ、口に運ぶ。
その間に蓮田が口を開くと尋ねた。
「ところで、おぬしたち、そんなことをペラペラと喋って大丈夫なのか?」
「はい。どうせマーリン様の事です。全て承知の上でしょう」
ここまで話したところで一旦会話が止まる。
そこでニャルラトホテプがあることに気が付いたので、それを訪ねてみることにした。
「ところでハスター」
「なんだね」
「前回の神討大戦について教えてほしいのだけど」
「ふむ、確かに儂は参加していたぞ」
そう言って重々しく頷く。
あれはちょうど十二年前の事だ。
話は振られていないのだが、セバスチャンもその頃のことを思い出す。確か、ちょうどマーリンと合流したあたりだ。そう言えば、あの後しばらくの間マーリンの姿が消えていた期間があった。
おそらく、その間に神討大戦があったのだろう。基本おしゃべりなマーリンがその間のことについて語ったことが無いことから推測できる。
蓮田はそっと目を閉じると、こう言った。
「あれについて語ることはない」
「なんで」
「それだけ凄惨だったのだよ、あの戦争は」
思い返すも忌々しい。
先代バハムート、マーリン、そして自分を含めた四大幹部の面々に悪魔の尖兵。それに数十人の非正規英雄達。それらが入り乱れ、天使たちを相手取り醜い争いを続けた。自分を含め、四大幹部と装甲悪鬼たちは生き残った。しかし、自身の部下も含め何十人もの準悪魔が死んだ。
自分の部下など、ほとんど全滅したと言って過言ではなかった。
それを何となく感じ取ったのか、内阿はそれ以上追及しないことにした。
それにさっきの話を聞いていると新しい疑問が湧いて来たので、それについて尋ねることにした。
「前の大戦もマーリンが参加していた」
「その通りだが」
「彼はいつから装甲三柱なの?」
「…………」
一瞬黙る。
どうやら蓮田は数えているらしい。
数分も経たぬうちに口を開くと答えた。
「少なくとも」
「少なくとも?」
「儂が四大幹部になった頃――つまり三十年ほど前だが、その頃から奴は装甲三柱の一つだった」
「じゃ、彼は一体何歳なの?」
「「「…………」」」
誰も答えない。
分からないのだ、単純に。
これは袋小路に迷い込んでしまいそうな予感。
なので、蓮田はこの話を無理に終わらすことに決めると、本題に入ることにした。
「さて、前座はここまでで本題に入ろう」
「何でしょうか?」
「これからおぬしたちはどう動く? おそらく起きるのであろうマーリン討伐、そして神討大戦それに対してどうする?」
その質問に対して、真っ先に答えたのは意外なことにセバスチャンだった。
彼は断固とした口調でこう言った。
「もし仮に、カイザー様や石動堅悟とやらがマーリン様を討つというなら、私は断固阻止します。お嬢様のためにも、私のためにも、マーリン様は必要なのです」
まさに死活問題だ。
マーリンが死ぬと、お嬢様の疾患を止めることはできなくなり、元の木阿弥となる。それだけは絶対に避けたいところだった。お嬢様はそれが分かっているのか分かっていないのか、ニコニコ笑顔のままお茶を一気飲みすると「ぷはー」と満足そうに息を吐いた。
一方の内阿は二人のことを一切無視してこう言った。
「私は馬場コーポレーションで、最高の機器に囲まれて自由に仕事ができれば文句はない」
つまり、現状維持ということだ。
確かに彼女はその才能を遺憾なく発揮でき、自由に生きる環境を与えられるかわりに準悪魔として戦う契約で入社した。たとえばバハムートが死んでも、神討大戦がはじまってもそれは変わらない。
ある意味では予想通りの答えに、蓮田はうなずく。
そして、次に自分の意見を述べた。
「儂は、此度の大戦には参加するつもりは無い」
「やけにきっぱり言い切るね」
「それに馬場コーポレーション内部がもう少し落ち着いたら、引退も考えておる」
「引退」
内阿が少し驚いた声でそう呟く。
蓮田はやけに落ち着いた口調で言葉を続けた。
「儂が準悪魔になって既に半世紀が経とうとしている。いい加減、消える時期が来たのだろう。そろそろゆっくりしたい」
これは心の底から出ている本音だ。
それでも、何となく気持ちが分からないわけではない面々だった。
息子が死に、ボンボンが死んだせいで会社の仕事など仕事が一気に増えた。
正直なところ疲れが出ているのだろう。蓮田はこの間、カイザーと戦った際にそれを実感した。数の差があるとはいえ、装甲三柱に勝てるとは思っていなかった。しかし、まさか片腕を持って行かれるとまでは思っていなかった。
これが老いか。
蓮田はその瞬間、自らの衰えを実感した。
だが、やることは残っている。
「のう。セバスチャン」
「何でございましょう」
「おぬしが言うには、バハムートの死体はマーリンが回収し、ゾンビ加工をして戦力にしたと」
「はい、その通りでございます」
「その後始末、任せてもらいたい」
「…………」
何を言いたいのかはっきりと分かった。
いくらドラ息子とはいえ、先代から引き継いだということもある。何かしら責任を感じているのだろう。
ちなみに、このゾンビ化の真意も分からない。戦力なら十分ある。たとえ石動堅悟が襲ってきたとしても、予測できていることなので十分に対処できるはずだ。ならなぜ彼はバハムートを自分の手元に置いたのだろう。
おそらく、ただの気まぐれだ。
そんなことを考えながらセバスチャンは蓮田の言葉を聞いてコクンと頷くとこう答えた。
「好きにしたらよいでしょう。ただし、マーリン様に危害を加えるようならば、断固阻止させていただきますが」
「安心せい。お前たちに迷惑はかけん。儂は別にお前たちのことは嫌いじゃないからの」
「それはありがたいことです」
最近の準悪魔を嫌うハスターでも、この二人のことは好いていた。
セバスチャンはニコリと笑うと「ありがとうございます」と深々お辞儀をした。
ここで話が終わる。
それを見計らったかのように、お嬢様が口を開くと言った。
「ねぇセバスチャン、クッキー無くなっちゃったよ」
「あら、早いですね」
「私もっと食べたいな」
「そうですね、じゃあ作りますか」
そういってセバスチャンは席を立つ。
お嬢様は一緒に立ち上がると蓮田の隣に来ると話しかけた。
「じゃあできるまでハスターのおじちゃんと遊んでるね!!」
「ほほほ、お嬢様は元気じゃのう。どれ付き合うか」
「私は手伝おうか」
内阿がそう言った瞬間。
セバスチャンと蓮田が顔を青くして同時に言った。
「「結構」」
「なんでさ」
「お嬢が作ると食えたものにならん」
「同意します。あなたは料理という物は何か知っているのですか?」
非常に辛口な二人に、内阿はその顔を曇らせるも、何も反論することなく再びパソコンを開き、仕事を再開した。