Neetel Inside ニートノベル
表紙

非正規英雄(アルバイトヒーロー)
最終話・√鹽竈 忙殺される功労者

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「本当にやるのか?」
「ああ。アンタとは一度、ガチでやりあってみたかったんだ」

 丑三つ時に、無人の駐車場。
 眠たげに片目を擦り、石動堅悟は岩に覆われた同業者に再三の確認を取った。退く気はやはり、無いらしい。
 無言で頷いて腰を落とす。一度言い出したら聞かない大馬鹿なのは、短い付き合いでも知っている。睡眠時間をこれ以上削られたくないし、決着は早々に。
 聖剣は使わない。あれに峰打ちという概念は存在しないし、振れば間違いなく殺してしまう。
 いやそれ以前に、使う必要がない。この身一つで男―――今鐘キョータを屠る程度は造作もないのだ。
「ぅうオォらッ!!」
 活歩で詰められた間合いに虚を突かれたキョータが大振りにコモン・アンコモンを振り回す。が、そんなものいくら数打ったところで堅悟を捉えることは出来ない。むしろ隙を晒す行為であり、攻撃を差し挟む機会をいくつも与えてくれた。
 上半身を落とし、空振った腕の下から脇腹に右掌をそっと押し当てる。震脚、発勁。
 これで終いだ。キョータは苦悶に短い悲鳴を上げ、ズシンと岩の鎧を纏ったまま横倒しになる。
「遠当て、裏当て…まあ呼び方はなんでもいいんだが、そういう技術があるんだよ。それに熟達した人間にしてみれば、お前みたいにガチガチの鎧だの甲冑だのは一切意味を成さない。衝撃を、外殻を無視して内部へ直接叩き込む技だからな」
 中国拳法は太極拳より、それは意勁の応用。
 日本においても古武術から来る鎧徹しが同様の技術を以て行われるものである。
 呆気ないほどの手早い撃退に、堅悟が踵を返す。その背中を赤い光と共に熱波が撫でた。
「待て…よ」
「やめとけ動くな。内臓がイかれてんだ、非正規英雄じゃなければ今すぐ病院送りでも間に合うかギリなラインの怪我だぞ」
 赤熱した岩石の巨体。〝アペンドファイア〟の付与効果。ただし、激しい熱に焼かれているのは身体だけではない。
「負けんのは分かってんだ、勝てないなんてハナから知った上で挑んでんだ。だけどアンタの本気を拝まなきゃ、オレはいつまで経ってもアイツを守れるだけの力を得られる気がしねぇ!」
 アイツ、というのがどの女を示しているのか堅悟も知っている。高嶺の花の、あの幼馴染のことだろう。
「オレは結局マーリンに一発くれてやることすら出来なかった。そんな野郎をアンタはタイマンで倒した!…ずっと思ってたんだよ、堅悟さん。顔を合わせるずっと前から、アンタの生き方こそがオレの目指すべき正義の道なんじゃねぇかってさ…!」
 正義。ここまでの闘いで嫌というほど聞いてきた忌々しい言葉。そんなものの為にこれまで命を張って来たわけじゃないのに、それを見てきた者達はこぞって石動堅悟をこそ正義の味方だと信じて疑わない。
「出してくれよ、見せてくれよ石動堅悟!全てを守って勝ち抜いてきた、神殺しの力を!!」
 ふざけるなよ。誰が勝ち抜いてきたか。負け続けてきた堅悟に対するそれは挑発のつもりか。違うだろう、今鐘キョータにそんな器用な誘い文句は謳えない。
 この男は本当にそんなことを思って叫んでいる。
 乗ってやる意味は無い。この力を発動するだけの価値ある闘いではない。
 だが、
「十秒だ」
 右手に聖剣を顕現させ、心の臓奥深くに呼び掛ける力の解放。
「身の程を知れよ今鐘。たかが小娘一人を守るだけに俺を目指すな。こんなモンを得る為に血みどろの道を歩むな」
 剣を掴む指の先から表皮の色が変わる。徐々に覆い行く銀色の装甲。翼という調整役を無しにして使える時間は極々限られている。十秒程度であれば、おそらく問題はない。
 ギラつく装甲に鎖骨辺りまで浸食された石動堅悟の剣技は既にそれこそ神域。第二次神討大戦を終結に導いた英雄の一撃が凡夫に見切れるものか。
「お前はお前の可能な範囲で強く成れ。踏み外すな。秋風天音を守り切る力は、少なくともこんなモノじゃないだろ」
 装甲剣鬼の圧力に言葉も忘れ、防御体勢をとる暇すら与えられず、シーシュポスの鎧を真っ向から打ちのめされてキョータは気を失った。



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「つーかよぉ!聞いてねえんだよそんな話!最初に言ってくれやそれ大事なとこだろ!?」
 純白の円形テーブルをバンバン叩き、置かれたティーカップから紅茶が零れるのも構わず堅悟は責任追及すべく対面の相手を睨み上げた。
「だからあの時君に訊ねただろう?リスクは承知の上かと」
「あれそういう意味だったのか!やってくれたな弓彦さん!!」
 唾を飛ばして喚く堅悟を楽しそうに眺めて、海座弓彦は腿の上に置いたソーサーからカップを持ち上げて優雅に一口含む。
「もとより準悪魔の邪悪武装オーパーツというのはそういうものだよ。神聖武具と違って身体融合型である邪悪武装は一度手放してしまえば戻って来ることはない。だからこそバハムートなどは子に継承させる際も慎重になっていたのさ。もし受け継ぎに耐えられねば発狂するような危険物を易々と渡すわけにいかないのは道理だ」
 もう海座弓彦はカイザーではない。最終決戦で引き継がれた装甲三柱の力は堅悟の内部で聖剣と混在し、装甲剣鬼エクスカイザーという新たな形で生まれ変わった。
 装甲悪鬼の力は使用さえしなければこれ以上寿命を削られることはないというからまだいいが、それでもマーリン考案の聖邪同体兵装アーティカルパーツなる存在は未だ不確定な要素の強い代物だ。それを身から引き剥がせなくなったというのは当人としても気持ちの悪い話である。
「あまり騒がないの堅悟、近所迷惑になるでしょうが」
 尚も言い募ろうとした堅悟の勢いを、横合いから現れた女性が窘める。それを黙れとばかりに片手の平を向けてこう吐き捨てた。
「アンタは黙ってろ大英雄様。こっちはまだアンタのせいで大迷惑を被ったこと許してやるつもりはこれっぽっちもねぇんだからな」
 大英雄リザは、そんな情け容赦のない言葉をぶつけられて力ない笑みを返した。
 憎しみだけで戦ってきたリザが、最後の最後に魔術師によって弓彦の真意を知らされた。ずっと仇を討つ為に動いていた激情の大元であった両親にすら利用されていたことを理解してからというもの、あれだけ殺意に満ちていたリザの様子は一変してしまった。人工島での決戦以来リザが武器を握っているところも見たことがない。
 ある意味で弓彦が危惧していた事態でもある。空っぽになったリザに生きる理由が消失し、それを補ったのもまた弓彦だったのはどうにも因縁と呼んでいいのか運命と割り切るべきなのか。
 長い間装甲悪鬼として激戦を潜り抜けてきた故の強固さだったのか、致命傷を受けても生き延びた弓彦はしかし、下半身の不随という大きな代償を支払うことになった。
 車椅子無しでは移動もままならないし、それ以外の日常生活でも誰か身近な人物に支えてもらわなければ生きて行けない身体。
 つまりそれこそが、これからの彼女が成すべき贖罪であり、今後の生きる理由。
「断罪せよというのなら望みに応えるわ。この首、あなたの聖剣で落とせばいい」
「ざけんな俺の剣にそんな錆はいらねえ。アンタがすべきは断罪じゃなく贖罪だ。この人がアンタの死を一度でも望んだとでも思ってんならどこまでも救えねえぞ」
 視線だけで弓彦を示すと、彼はゆったりと面を上げて隣に立つリザを見た。年を経ても心が摩耗していても老けを感じさせない精悍な中年の瞳には負念は宿らず、ただただ想い人に対する願いだけが込められていた。
「以前のように、とは言わない。だからここから改めて、私と共にこれからを生きてはくれまいか、リザ」
「……はい。あなたが、先生が。…弓彦さんが。それを許してくれるのなら、私は…」
 ガリガリと頭を掻いて、残りの紅茶を一気に飲み干して立ち上がる。これ以上夫婦の惚気には付き合ってられない。
 新たに二人で暮らし始めた新居の庭に立てられたパラソルの下から出て、燦々と降り注ぐ陽光を目掛け背伸びをする。やはり菓子を摘まみながらの小洒落た茶会など、自分にはあまり合わないらしい。
 だがこの人との会話は嫌いじゃない。だから。
「また来るよ弓彦さん。お大事に」
「なんだ、もう行くのか堅悟。先代カイザーとして色々教鞭を執ってやろうというのに。どうせ三文記事を書き殴る以外にやることもないんだろう?」
「おいコラやめろや」
 事実だとしても、もう少し言い方というものがあるだろう。それにやることがないというわけでもないのだ。特に最近は。
「おぉ~いケンゴー!ねーねー!ねぇーったらー!!」
 海座家へ向けて飛ばされる大声量が甲高く堅悟の鼓膜に響く。
「うるせぇな、今行くから待ってろ!」
 幼く無邪気な毒気の無い声に覚えがあった弓彦が得心がいったように口元を緩めた。
「なるほど、お嬢の子守りか。あの執事が見たら怒り心頭で燃やしに来そうな組み合わせだな」
「仕方ねえだろ、野郎の遺言だったんだから……ああ、そうだ」
 庭を出る直前にもう一つ用件を思い出して、視線を弓彦からリザへ移す。
「おいリザ。俺にも悪いと思ってんなら、その内にちょっと付き合えよ」
「内容次第だが、私に出来ることなら」
「簡単だ、『蝙蝠』の片翼をアンタに任せたいって話。もちろん弓彦さんのことを優先しながらでいいからよ、つまりは」
「ねぇーケンゴ~!?まだー?はーやーくぅー!!」
「数分くらい待てねえかなクソガキぃ!?ああもういいやまた今度話すからじゃあな!」
 こめかみに血管を浮かばせながら半ギレの堅悟が片手を挙げて去っていく。その後ろ姿を見送りつつ、さらにカップから一口啜る弓彦はこの平和を完全に享受していた。
「悪魔と英雄を束ね仲介する半端者リリアックか。第二次大戦の恩恵は思ったより大きいようだ」

「あっちだよあっち!ねー早く行こうよケンゴ!!」
「走るなって言ってんだけど日本語理解できてるかクイン!?ストップ!フリーズ!あと触手も出すなやめろ粘液出すなお友達はマジで引っ込めろって!」

 第二次神討大戦最大の功労者は、そうやってあえなく元四大幹部の少女に手を引かれて連れて行かれた。

       

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