いっぱい動いたせいか、お腹が空いてきた。
きゅうりを収穫したから、採れたてのきゅうりに味噌を付けて頂くのも良いなぁ。
おばあちゃんの作るカレー、なんか懐かしい味がして美味しいんだよねぇ。

そう思いながら、河原へと戻ろうと足を踏み出したその刹那。

「いっ……!?」

川底のぬめりに足を取られ、あきらの身体はバランスを失う。
激しい流れはそれを後押しし、あきらはあっさりと川に飲み込まれた。
落ち着け、ここは足の付く水深の浅い川なんだ。
そう思って体勢を立て直そうとするも――。



――視界が、ぐるぐると回る。

これは何処かで見たことがあるような、そう、たぶん小学生の頃お父さんに連れて行ってもらったプラネタリウム。

紺碧と閃光とがめまぐるしく入れ替わって、夜と朝を何回も繰り返したような、そんなビジョン。




「……おい」


ぶっきらぼうな声に、縹渺としていた意識を手繰り寄せた。
びしょ濡れの身体は日差しに炙られて生ぬるくて気持ち悪くて、でも何が起きたか分からないからとりあえずうつ伏せの状態から身体を起こす。
太陽を背負ってあきらを見ていたのは――何かどこか見たことのあるような顔をした少年だった。
既視感、と言うのだろうか。
しかしその答えがどこにも見つからなくて、友達の持ってきた雑誌にこういう感じの顔をしたモデルがいたのかもしれない。
地味であるが目鼻立ちは整っていて、少なくともあきらからすれば嫌いじゃない。

少年は小麦色に焼けた腕をあきらへと伸ばし、あきらが立ち上がるのを助けようとする。
あきらはその手を掴み、立ち上がった。
少年はあきらより少しばかり目線が高いが年頃は同じように見える。

「なんか溺れてたから引っ張ってきたけど、お前この辺の奴じゃないよな? 誰の親戚? 送ってやるよ」
「助けてくれたの? ありがとう。じゃあ迷惑かけついでに、送って行って貰ってもいいかな」

……田舎の人って親切だなぁ。
思っても口にはしない。
『田舎』という言葉に差別的なものを感じ取られるかもしれないと思ったから。
溺れていた(とは信じたくないが)自分を助けてくれた恩人の少年に失礼なことは言えない。

溺れてしまったことがイツや母にバレては心配をかけるだろう。
なので、彼の厚意に素直に甘えることにした。
ちょっと遅くなったのは彼と話していたからだということにでもすれば都合が良いと思ったからだ。

少年はさっさと帰るぞと言わんばかりにくるりと踵を返すと、町の方角へ向けて歩き始めた。

「流石に地元で人が溺れ死んだら気分悪いからな。俺は朝倉あきら。お前は?」


――え?


その言葉の意味を理解するのに、幾許かの時間を要する。
今、この子、何て言った?


「ちょ、ちょっと待ってよ。朝倉あきらは私の名前。もしかして私のこと知っててふざけてる?」
「は? どうしてそうなるんだよ。お前の名前なんか知らないし、俺は朝倉あきら。お前こそふざけてんのか?」

胡乱気な視線があきらを射抜く。

まさか。
まさかまさか。

信じられないが――。
いや、ちょっと待った。
その前に確認しておこう。

「分かった。じゃあ一つ確認しよう。おばあちゃんの名前は?」

少女あきらの、ちょっと強気そうに見えるねとよく言われる瞳が、あきらと名乗った少年を見据える。
あきらの想像が間違いでなければ……いや、間違いであってほしい。
そう祈りながら、口を開く。

「「イツ」」

ソプラノとテノールが綺麗に重なった。

……ああ、どうやら、これは。
大変な事になってしまったらしい。