Neetel Inside ニートノベル
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くん付けなど要らないと言われれば、呼び捨てにするだけの話である。

「ねぇ、あきら」

淀みなく二足の足を運ぶ、ハーフ丈でカーキ色のカーゴパンツを後ろから見下ろしながら、わかなはあきらを呼んだ。

「あきら」

しかしあきらに反応する気配は無く、ただすいかを抱えたまま一定のリズムで一切振り向くことなく淡々と歩き続けている。

再び名を呼ぶも反応は無い。
要するに、無視されているのだ。

「ちょっと、あきら!」
「うっせぇな、声デカいんだよ。ただでさえ『ド辺鄙な田舎』、なんだから物が少なくて声通りやすいしご近所の噂にもなるわけ。解る?」

少しばかり声を張り上げたところで、うんざりした顔のあきらが振り向く。
……嫌味だ。
『ド辺鄙な田舎』をわざわざゆっくりと抑揚を付けて言ったのは、さっきのわかなの失言を根に持っている。

……あきらはもう一人の私なら、どうしてこんなにひねくれちゃってるわけ?

再び前に向き直ってしまったあきらの背中を見つめつつ、わかなは無言で分析にかかった。
自己分析は得意な方ではないし、自分を褒めるのも少々抵抗がある。
しかしそれでも、朝倉あきらという少女はこう簡単に嫌味を言ったりするタイプではないという自負があった。
ところが少年あきらはどうだ、どことなく棘のある物言いに、言葉はいちいち放り投げるようなトーンで飛ばしてくる。

まず、少年あきらと少女わかなの決定的な違いは性別だ。
男であるあきらと女であるあきらは、16年生きていく間に接して来た友人の層も違うはずである。
なら、そういう荒っぽい男子に囲まれてここまで生きてきたのであろう。
そう思えば、少年あきらの荒っぽい態度にも説明が付く。
もしくは、もう一人の自分だと思えば手荒に扱っても構わないと思っているかだろう。

あきらの言う通り時間は午後に差し掛かっているようで、太陽の位置が川に向かった時とは違っている気がした。
来た時は向こうに太陽が見えて、帰り道の今も向こうに太陽が見えるのだから、それだけ太陽が動いたということだ。
川で溺れた時にどこかに行ってしまったらしい、麦わら帽子は今のわかなの頭には無い。
元々川に向かうつもりだったので腕時計もスマホも持ってきていないし――ということで、重大な問題に気付く。

「あのさ、あきら。私お金もなんにも持ってないんだけどどうしたらいいかな」
「そのへんはしょうがねぇからどうにか理由付けてうちに泊めてやるしかないだろ。男所帯だけど」
「は? おばあちゃんは?」
「は? 二年前にすい臓ガンで死んだけど」

――おばあちゃんが、死んでいる?
その事実には、わかなの心は大きくかき乱された。
それを淡々とした語気で言い放てるあきらの神経も、理解できない。
二年と言う年月は、人の死を割り切れるに足る時間なのかどうかも、よくわからない。
わかなの祖父、勝俊はわかなが物心つく前に亡くなっているので、はっきりと『人の死』を実感したことが無いのだ。

「え、私のほうだとおじいちゃんが死んじゃってるんだけど」
「じいちゃんは生きてるよ。俺と二人で暮らしてる」
「暮らしてる? ちょっと待って、夏休みで遊びに来てるわけじゃないの?」

わかなは混乱した。
あきらと自分は、間違いなく同じ『朝倉あきら』のはずなのに、色々なところが食い違っている。
同じことを思ったのか、あきらはわかなに振り向いて思案顔になると少し俯いた。

「……どうやら、お前と俺の置かれた状況はだいぶ違うみたいだな」

少し口を開き、何かを言いかけるあきら。
しかし声として形になることはなく、噤まれる。
わかなはただそれを見守っていたが、あきらはどこか決意したような色を瞳に浮かべると、こう告げる。



「うちの両親、親父の不倫が原因で離婚寸前だから。機能不全家庭に置いておくよりはってことで、4年前からこの町に住んでんだよ」



あきらが背にしている太陽は、ただ眩しかった。

       

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