Neetel Inside 文芸新都
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秋が始まった頃、ゼミ旅行があった。天橋立と京都市街を観光する一泊旅行。ちょうど、私の誕生日の三日前だと聞いて、先輩は土産物屋で、携帯ストラップを贈ってくれた。精巧な金平糖を象ったもので、『いつもお世話になってるから』だそうだ。私は嬉しくて、早速それを携帯に着けた。

冬が近づいてくると、卒論作成に向けての実験が忙しくなり、私は一人で実験室に籠ることが多くなった。実験データをまとめ、教授とパートナーの社会人学生と打ち合わせをする。先輩は、どうしていただろう。

年が明け、修士論文の締切を待たずに、私の卒論は完成した。私は、謝辞の一番上に先輩の名前を記し、提出するものとは別に印刷した。せめてもの気持ちだったのだ。

卒業式が近づくにつれて、私の毎日は目まぐるしく過ぎていった。研究室に置いてある荷物を整理し、持ち帰るもの、返すもの、誰かに引き継ぐもの。卒論が完成したとはいえ、研究が終わった訳ではないので、実験もしないといけない。私たちは、恋心を士舞い込んだ。

卒業式を終え、ゼミの謝恩会の後。二次会に参加せずに帰る私を、先輩は駅まで送ってくれた。街角の有線放送では、卒業ソングが流れていた。寂しくなるな。私もです。たまには遊びに来てよ。そうします。俺はまだ大学にいるからさ。はい。辛いときにはさ、いつでもいいから。

次に私が大学に顔を出したのは、結局、一年の後だった。教授も、同期も、先輩たちも、私を歓迎してくれた。私は、先輩の頼まれ事を、果たしに行ったのだ。


地方都市の繁華街。いつかと同じ、居酒屋で。私たちは秘密の打ち明け話をした。先輩、私、苗字が変わるかもしれません。結婚、するかもしれないです。変わる前に、言いに来たんです。先輩。今なら、間に合います。私を、もらってくれませんか。欲しいなら、今からしけこみましょう。あげます、責任とってくれるなら。先輩、私と、逃げてください。俺は、君が幸せなら、それで良いよ。

卒業ソングが流れる、三月。金平糖が、口の中で崩れる。

       

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