Neetel Inside 文芸新都
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僕たちは恋してない
No believe(4)

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 土日が明けて、文化祭一週間前。
 先週はまだ前哨戦だったのだと思い知らされる忙しさ。
 思ったよりも一週間の疲れが溜まっていたのか、土日ともに家からあまり出ずに過ごしていたのは正解だった。このまま行くと、文化祭の振り替え休日も同じような過ごし方になってしまいそうな、それほどの忙しさだ。
 先週のように全体が生徒会長や副会長――福原だ――から割り振られる仕事を片付けていくのではなく、事前に決められていた各役職に付いてそれぞれの役割をこなしていく方法に変わり、作業内容も一新。
 先輩と会う時間は減ってしまったが、正直会っても仕事以外のことを話している暇など無いだろう。
 僕は普段の仕事が書記という事もあって、印刷関係全般の管理を割り当てられていた。
 まぁそれだけで済むわけも無く、暇があれば他の仕事の手伝いもある。特に、生徒会室のパソコンの扱いは僕が一番詳しいせいで頼られることが多く、別の部署で必要な資料なんかを印刷してわざわざ施設まで運ぶ、なんてのもしょっちゅうある。
 放課後という時間は思っているよりも短い。
 それこそ最近は物騒な事件のせいで完全下校時間なんてものまでできてしまい、僕らは短い時間の中でなんとか文化祭の準備を進めていった。
 
 そんなこんなをやっているうちに、今日はもう木曜日。文化祭までの準備時間は、あと一日を残すのみとなった。
 今日木曜と明日の金曜は、特別に午後の授業をカットして、学校全体での準備期間として当てられる。各出し物の設営も進んでいるようで、まだ明日授業があるというのに教室の窓や扉に手を入れているクラスもちらほらとあった。
 僕は今、保護者用のパンフレットの仕分けを行っている。各クラスの人数分にパンフレットを束にして、職員室まで持っていくのだ。
 こんな作業は本当だったら一年生に割り当てたかったが、先週のアクシデントのせいで人が足りない。一年生は今、全員校庭でイベント用のステージ作りに追われているはずだ。力仕事じゃあないだけ、こちらの方がマシだと言える。
 ガラッ!
 勢いよく扉が開けられる。どこかぐったりしたように入ってきたのは福原だった。
「お疲れ」
「おー……」
 返す言葉にも元気が無い。
「見に行ってきたの、外か?」
「そうだよ、もーまいった。あいつら男と見ると誰でも手伝わせやがんのな。こっちだって見物だけするために巡回してるんじゃねーんだからさー。もうちょっと立場を考えてくれっつーの」
 自分の席にどっかりと腰を下ろすと、途中で買ってきたのだろう。ジュースの缶をあおる。ほとんど一気飲みかというペースで喉を鳴らし、ビールを飲んだおっさんのような息を吐いた。
「っかー! 力仕事は嫌だねマジで」
「そんなこと言っても手伝ってきたんだろ?」
 そういうやつだ。なんだかんだ文句は言いつつも、求められたことは求められる以上にこなす。頼って損をさせない。だから人が集まる、人を集められる。
 リーダーの資格というのは、こういうやつが持っているんだと思った。
「まぁな、そりゃあ頼まれたら断れないし。ほら、俺来月会長選挙もあるし? こういうところで点数稼いでおかなきゃ、ってな」
「はは、お前らしいよ」
 全然本気を感じさせない笑い混じりの言い訳が、本当にこいつらしい。
「そうそう、会長の送別会の話なんだけどな」
 福原はジュースを一口飲む。
「みんな疲れた振り替え休日にわざわざ呼び出すのもアレだし、いっそのこと勢いで日曜に後夜祭の後やっちゃってもいいかと思ってるんだけど、どう思う?」
「いいんじゃないか? 俺もこの調子じゃあ月曜はぐったりしてそうだしな、一年なんかはもっとキツいだろ」
「うし、じゃあそっちも含めて、もう一回行ってきますかねー」
 福原は大きな伸びをするように立ち上がると、「あ、そうそう」とこちらへ振り返った。
「その送別会の金さ、明日もう集めちゃおうと思うんだ。土曜はそんな時間無いと思うし。とりあえず俺らは下より多く出すことにするから、それなりによろしくな」
「おう、了解。さすがにきっちりしてるな。次期会長さんは」
「いやいや、麗しの会長閣下のためですから」
 それは冗談でのやり取りで、特に気に留める言葉ではなかったのかもしれない。
 それでも僕は、聞かずにはいられなかった。何故だろう。多分、先輩も福原も、この生徒会長の引退という儀式を凄く大切にしているように感じたから。
「福原は、告白とかしないのか?」
「……それは、会長にって事だよな?」
 少しの間の後、答えた福原の声はなんら変わりない、普段通りの声で僕には意外だった。あからさまな狼狽でも、逆に真面目な顔になるでもない、本当にいつも通りに福原は続けた。
「お前は?」
「は?」
「お前は告白しないのか、っつってんの。会長に」
「何で僕がするんだよ。大体、質問を質問で返すな」
 僕が言ったことも、まぁ答えにはなっていないんだが、そこはおあいこだろう。
「お前が答えないなら俺も答えない」
 頭の上で腕を組んで出口へ向かう。もうこの話は終わったとでも言わんばかりの態度に、僕はあわてて食ってかかった。
「ちょ……なんだよそれ! なんで僕が関係あるんだよ!」
 福原は生徒会室の外へ出てしまうと、最後に扉の隙間から顔を覗かせ、
「本気で言ってないと思うから、俺には何も言えねーって。前にも言ったろ、勘違い君。キミはそろそろマジになった方がいいんじゃないかね?」
 扉は完全に閉まって、生徒会室の中に一人取り残される。ここを空けて追うわけにもいかず、僕は作業に戻るしかなかった。
 仕分けが終わり、職員室に行くかと腰を上げた時、すでに時間は夕暮れになっていた。作業を早めに切り上げたグループはもう解散しているだろう。
 今日は大半の生徒会員がここ以外での作業だったため、誰かが荷物を取りに来たりという事も無い。
 職員室の鍵を借りているのは僕だったし、今日はもう他に仕事をする時間も無いだろうと、僕は自分の荷物をパンフレットと一緒に生徒会室から出した。無理をすれば一回で運べない量ではないし、二回職員室まで往復するのも億劫だ。このまま鍵を返して直接帰ろう。
 そう思って鍵を閉めたとき、後ろから声が聞こえた。
「あれ、高崎君。今上がり?」
 声だけで分かる。振り返ると予想通り、学生カバンを肩から下げた織原先輩が立っていた。
「ええ、ちょっとこれだけ運んだら、鍵も一緒に返しちゃおうかと」
「うわ、それ一回で運ぶには多いよ。私ももう帰るところだし、ちょっと手伝う」
 そう言って、ダンボールの中から一抱えくらいの量を取る先輩。
 遠慮して断るほど多くも無く、社交辞令だと思うほど少なくも無い、絶妙なさじ加減だと思った。この人はこういう人だ。
「じゃあ、ちょっとお願いします」
「それで、代わりといってはなんなんだけどさ」
「え?」
 見返りを求められるとは思わなかった僕は、少し驚いた声で返してしまったかもしれない。
「この後、ご飯食べに行かない?」

       

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