オクタアンクの魔の手によって洗脳された婦女子達を救い出すべく、みんなの為にカクゴを決めたかに思われたイル・スクリーモ。

 しかし彼の闘う理由は「自分より年下のガキが女はべらしてんのが気にいらねぇ」というしょうもない嫉妬によるものだった。ともかくお互いにアクターへと変身し、この静かな海岸でカードを賭けたふたりの戦いが始まる。

「お、おい!本当に大丈夫なのか?」立会人としてインドマンに変身した俺が利き手にバタフライナイフを構えたスクリーモに訊ねる。ヤツはこっちにも目もくれず身を屈めて正面のアイドル衣装を着たオクタアンクを見据えていた。

 オクタアンクはにやり、といやらしく口元をゆがめると俺との一戦と同じように腰のホルスターからあのスプレーガンを取り出した。「速攻で決めさせてもらうよ!綺羅星☆発射!」引き金に深く指を掛けて自身のスミを銃口から吐き出すようにしてスクリーモにぶつけてくる。

「動きを取られるぞ!避けろ!」俺の声もむなしく放たれた銃弾が棒立ちのスクリーモ目がけて飛び掛ってくる。しかしその軌道は身体をすり抜けると対角線上の大岩にべちゃりと音を立てて張り付いた。

「な、囮だと!?」攻撃が外れて動揺したオクタアンクの後方にあった物陰から真っ黒なアクターフォームのスクリーモがその影を縫うようにして無警戒だった背後から抱きつくように腕を身体にまわして大きく息を吸い込んだ。


「オフパコしてぇぇぇえええええ!!くそがぁぁよぉぉおお!!!」「!?」


 辺りの大気が震え上がり、さざなみをうねらせるほどの大音声。イル・スクリーモが得意とする大声による感覚麻痺を狙った、相手の動きを封じる戦法。「よし、決まりだ!」ナイフを逆手にとって切っ先を相手の喉元に突きつけようとするスクリーモ。

「後ろだ!」「なん、だっ!…うぇ」ナイフが振り下ろされる直前でスクリーモの身体に砂中から現れたタコの触腕が絡みつき、その体が宙に大きく持ち上げられた。「な、何故だ!?叫びによって身体が一瞬硬直したように見えたが…?」

 俺が状況を理解しようと頭を働かせていると「ふー、危ないところだった」とオクタアンクがイヤホンを外すような仕草で両耳に詰め込んだ丸い物体を取り出した。

「それは…タコの吸盤か!」俺が問い掛けると「そ」と一言だけ返してオクタアンクは宙に浮かぶイル・スクリーモの姿を見上げた。「用心のため、耳栓突っ込んどいて助かったよ…変身する前に先に周り込んでたんでしょ?声の能力を使って残像ならぬ『音像』を作り出したまではよかったんだけどねー」

 勝ちを確信したようにゆっくりと砂浜を踏みしめながらオクタアンクが自身の触腕のひとつに近づいていく。「叫んで動き留めようとしないでそのままナイフでバッサリやっちゃった方がよかったかもねー。まぁそれでも致命傷にはならなかったと思うけど!」

「…うっせぇ。勝者の弁のつもりかよ。ころすぞ」「やっちゃって」足元に唾を吐かれたアンクがスクリーモを握っている腕に合図を出すとその腕が更に大きく体を持ち上げて身体を思い切り地面に叩き付けた。「ぐっ、はぁ」内臓が損傷したことによる吐血が撒き散り、骨が軋む不快な音が響き渡る。

「白木屋!」沸き立つ砂煙が視界を奪い、その中から現れたオクタアンクは決めポーズを取るようにして顔の前で指を突き出した手を翳してみせた。

「さあ、女体の研究を始めようか!」…オフ会に誘い出した女の子達の裸体でも思い浮かべているのだろうか、本来の目的を思い出したように荒い呼吸で舌なめずりをするオクタアンク。このままでは敗色濃厚。拳を握り締めて駆け寄ろうとした瞬間、

「待て!…そいつはオレがやる!あんたは手を出すな」と砂の上に押し当てられた太い腕の間から声が鳴る。「オレがやる、だって?」オウム返しにアンクがスクリーモを握っている腕に近づいていく。

「アンタのアクター能力はサイトでとっくに攻略バレてんの。インドマンとのボクの前二戦、見て勝てると思った?声を武器にして戦うなんてダッサ!間違いなく最弱の能力だよ」

 腰からダガーを取り出すとアンクは斬りつけやすい高さにスクリーモの身体を触腕に持ち上げさせた。「ち、っくしょう。こんなガキに負けてたまっか」スクリーモのアクターフォーム頭部を掴みあげながら首元にダガーの刃を翳してその少年は言った。

「いつの時代も若者が文化を作り上げて現体制をぶっ壊していく。老害はただ散りゆくだけさ」ダガーを握る腕に力が入る。「やめろー!白木屋がそのカードを失ったら…!」俺がその場を蹴って走り出すがもう間に合わない。「さようなら旧石器!」

 刃が身体に触れた瞬間、イル・スクリーモ、白木屋は叫んだ。「オレには、未来があるんだ!」その声は炎上系YouTuberとしても、アクターとしてもうだつのあがらない現状を打破する為の決意表明のように海岸の海辺に響いた。

「な、なに!?」真っ黒なスクリーモの身体が光で包まれていく。「はは、一皮剥けたようだな」俺は立ち止まってその経緯を見届ける。猛々しい叫び声が唸りをあげるとスクリーモを握り締めていた触腕が塵のように千切れ、その中から黒い鎧を装着した騎士を彷彿させるアクターが姿を現した。

「おいおい、なんだよそのイカす格好はよぅ!」相手の兜から生えた二本の角を眺めながら残りの七本の足を砂中から召還したオクタアンク。「めった打ちにしちゃって!」一本の触腕がしなりをあげて新フォームへと進化を遂げたイル・スクリーモの頭上に振り下ろされてくる。

 漆黒の鎧騎士と成ったイル・スクリーモはその手に携えた大剣を両手で握ると振り下ろされた腕に合わせる様にその刃を向けた。ずしり、と重量のある音が響いて脚絆が砂に沈み込む。

「ボクの一撃を受け止めただけでなんとかなるわけ…?」オクタアンクがスクリーモの姿を見て言葉を飲み込んだ。『スクリーマー・ディストーションサラウンド』スクリーモが握る剣から機械的なアナウンスが流れ、その刃に触れている腕が痺れるように揺れながら空中に弾かれた。

「な、どうなってんの!?」不測の事態にこれまで余裕を保っていたオクタアンクも動揺を隠せない。弾かれたその腕は生命力を一気に失ったように動きが止まると剣に切り裂かれたかのように細切れに千切れ落ちた。


「スクリーマーブレイド。これが新たなオレの能力だ」騎士の姿に生まれ変わったイル・スクリーモが手に取った大剣を身体の前で構える。その刃には今にも大声を叫びを上げんとする面妖な男の顔が掘り込まれていた。

「剣の切っ先から物質を破壊する振動を流してるってワケか。でもこれで闘いがシンプルになった。ゴリ圧し決戦だ!」残りの6本の腕を一箇所に集合させ、時間差でスクリーモ目がけて振り下ろすオクタアンク。

「無意味だ。勝敗は決まった」俺が息を呑み込んで触腕と刃の攻防をその目で見届ける。残りの腕は全て破壊され、その主であるオクタアンクの頭上にはイル・スクリーモが持つ大剣が振り下ろされた。

 圧倒的不利を鋼鉄の意志で覆した闘士による無慈悲なる渾身の一撃。闘いが終わり、元の場所に戻される俺たち。それと同時にアクターの変身を解除される。「…ボクの負けだ。降参します」オクタアンクから人間体の姿に戻ったリュータローが顔の横に両手を挙げると囲いの女の子達が目をぱちくりさせながら正気を取り戻していく。


「六実!」俺は妹の六実に駆け寄るとその細い肩を両手で握り締めた。「俺だ!お兄ちゃんだ!判るか六実!」六実はぼやけてた視点を俺に合わせると「な、なんなのよ。気持ち悪い」と呟いて目線を背けた。

「どうやら洗脳は解けたようだなぁ?」白木屋が勝ち誇った表情でズボンの両ポケットに手を差しながらリュータローに近づいて周りを見渡してこう言った。

「おまえら、こいつに操られてたんだ。オレが助けなきゃこのガキに全員犯されたところだったんだぜ」「えっ?どういうこと?」「それまじ?」「精力つよくね?」リュータローの近くに居た女の子達がざわつき始めた。

「…そういえば家を出たときから記憶がないかも」友達の家に遊びに行くはずだった六実も小首をかしげる。「ちっ、人が集まってきやがった」歩道脇に溜まった人の波を見ながら白木屋はその白髪頭を掻き揚げて女の子達に言った。

「今日の所は撤収!どうせお前ら操られてる時にコイツと連絡先交換してるんだろ。異議申し立ては個別にそこでやれ。おい、お前は残れよ。話がある」そう仕切ると女の子達は訝しげな表情を浮かべながら歩道の向こうへ歩いていった。

「すいませんでした!ほんとに、すいませんっしたー!」さっきとは別人のように腰を低くして去っていく相手一人ひとりに頭を下げていたリュータローに声を掛ける。「ゆ、許してください!悪気は無かったんですっ」リュータローはコンクリートの壁際まで後退すると助けを請うようにして俺たちに言った。

「ボク、市内の小学校に通う喜多竜太郎っていいますっ!クラスで人気者になりたくて女の子と初エッチをしてみたかったんだ!」「は、はぁ?おまえ小坊かよぉ!?」思わず白木屋の声も裏返る。良く見るとベストに付けられた名札には『6-3』のバッチが光っている。

「あのなぁ、おまえなぁ」歳相応のリュータローの背丈に並ぶと白木屋は彼の頭をくしゃくしゃ掻き回しながら諭すようにして言った。

「お前の歳で女囲ってハーレムつくろうなんてリアルに10年早いんだよ。この人を見てみろ。お前の倍、生きてても女と手も握ったこともないんだぜ?」俺の方に指を向けられ、六実が「うわ、きんもー」と蔑むと「手ぐらい握ったことあるわ!運動会のフォークダンスとかで!」と俺は抗議の声をあげる。


「で、なんであんなやり方を実行に移した?セックスするだけなら相手はひとりでいいハズだぜ?そもそも女を洗脳するなんて犯罪…」「オトナ達はずるいよ!」言葉を遮るようにしてリュータローが拳を握り締めて俺たちに叫んだ。何がずるいんだ?と問い質すと少年はつらつらと語り始めた。

「オトナは子供には勉強だスポーツだ、って強要してさ!自分達は子供の見てないトコロでやりたい放題じゃないか!たまにテレビを見ても不倫とかりゃくだつあい?とかくだらないことで盛り上がってさ!……クラスでまだ誰もエッチをした事をある子が居なかったからボクが先に経験して感想を言って周りたかったんだ」

 その言い分を訊いて呆れる俺たち3人。「性根が腐ってるな」「これがインスタ映えってヤツか…?」「アンタは黙って。経験ないんだから」妹の肘打ちを受けて情けなくその場でうずくまる俺。

「おいボウズ、お前の言うオトナの世界ってヤツ、覗いてみるか?」そう尋ねると鞄からSIMの入ったタブレットを取り出した白木屋。「えっ、まじ?それAV?」「ああ、無修正のとっておきだ」盛り上がるふたりを前に生ゴミを見るようなジト目で六実が呟いた。

「…ねぇちょっと、現役JKがここに居るんだけど」「好きにさせてやれ」平静を取り繕って目をきらめかすリュータローの肩越しに動画の再生を見届ける。動画が始めると白いタンクトップを来た筋骨隆々の男がカメラに向かって快活な声で話しかけている。


「さぁーやってまいりました武美壮の『気分壮快!百獣ファッカー』。今日のお相手はこちら!」男が手を差し向けるとカメラが切り替わり奇麗な色をした葦毛のサラブレットが画面中央に写りこんだ。

「えっ、これって」「繁殖期の雌馬はとても大人しいんですよー」薄いモザイクに囲まれた局部を晒しながら馬の後方に回り込む『自称:百獣の雄』武美壮。

「見てくださいよこのピンク色。人間の女でもこんなに美しい性器はありませんよ!…それでは大地の恵みに感謝して、いななきまーっす!」

 番組恒例と思われるくだらない武美の掛け声が響くとタブレットを覗き込んでいたリュータローが白目を剥いて口から泡を吹いてその場で崩れ落ちた。「もうやだ…」六実が真っ赤な顔を伏せるように俺の腕に身体を寄せてきた。ラッキーお兄ちゃんタイムである。

「理解したかクソガキ。これがお前の望んだフィルターのない世界だ」最高に格好悪いこの場面で決め顔を作り、敗れたリュータローに格の違いを見せ付けた白木屋。検索ひとつで無修正アダルトビデオが見れるこの時代でも、まだ小学生のリュータローにはアニマルビデオは刺激が強すぎたようだ。


 かくして少女達の貞操と白木屋の個人情報を賭けた戦いは終わった。「俺はアクター続けるぜ、日比野さん」不意な白木屋の毅然とした立ち振る舞いに俺は驚いて生返事を浮かべた。

「俺を勝負に巻き込む為にカマかけてたんだろ?俺なんかにリスク背負ってカード2枚犠牲にするとかアジズ・アンサリみてーで笑えるぜ」

「フ・・・どうだったかな?」ワザと敗れた事を問われると話をはぐらかすようにして俺は両手を顔の横で広げてみせた。「全ては釈迦の手の平って事かよ。まぁいい、結果的に勝てたんだ。感謝してる」白木屋は俺たちに背を向けると感慨深げに語り始めた。

「オレにこんなスゲー能力が秘められてたんだってな。闘いの後だってのに血が騒ぎやがる。次のオレの獲物はインドマン、あんたかも知れないぜ?」そう宣戦布告すると白木屋は覚醒したバトルで手に入れた『魔術師』のカードを指で摘まんで揺らしながら歩道の向こうへ消えていった。

 かつて協力関係にあった千我と白木屋も今は仲間という関係性では無い。それぞれに己の能力を磨き、知力とチカラの限りに闘うアクター・ロワイヤルで優勝を争うライバルであるのだから。


 その晩、日比野家の食卓には夫婦水入らずで牧場見学に行ってきた両親が腕をふるって盛り付けた馬刺しが並べられていた。それを見た途端、あの動画の映像がフラッシュバックした俺と六実は喉に込み上げた流動体の逃げ道を求めて競い合うようにしてトイレに直行していったとさ。

第九皿目 マンゴーラッシーのいうとおり

 -完-