第七皿目 ネパール人がやってるカレー屋で出てくるヨーグルトは信用できない

――週末の光川町にあるシアターホール。その入り口で俺はカバンから取り出したチケットを握り締めた。ティーンエイジアイドルのポスターが目に飛び込んで呼吸が荒くなる。大丈夫だ。落ち着け。今回の対戦相手はアクターじゃなくて女の子だ。

 俺は道脇にずれて深呼吸をひとつ。その手で折り目をつけたアイドル握手券を手の平から開いて力強くそこから一歩を踏み出した。


「六実ちゃん、来週から修学旅行ねー。お土産とか気にしないで楽しんでいらっしゃい」「うん、あんがとー」

 いつもの夕飯後の時間。テーブルについてカップアイスを食べている妹の六実に食器を洗いながら母さんが言った。俺はパソコンで視聴していた動画が終わったタイミングで立ち上がり、妹に訊ねた。

「しゅ、修学旅行は何処にいくんだ?」「んーラスベガス」「ちょ、おまえベガスって!最近の高校生はマセてんなー!」想像せぬ地名に噴出すと憎々しげに六実がチケットを取り出してテーブルの上に置いた。

「半年前に取った握手券だけど、日程がカブっちゃったからお母さん、観にいきなよ」「まぁ!最近テレビでよく見る『暗闇坂42』の八木沢理香子ちゃんのレーンじゃない!でもお母さん、その日法事で田舎の方に戻らなくちゃいけないのよね~」

 母さんはそういうと俺の方をチラッとみてヘタクソなウインクを飛ばした。「ま、せっかく取ったチケット塵にすんのも悪いし。行って来なよごく潰し」「ありがとなす!」


 そういう経緯で俺は今人気絶頂のアイドルグループ『暗闇坂42』の握手会に行くこととなった。

 俺は集団を眺めるのが苦手なのでアイドルよりソロシンガーの方が好きだったからよく知らなかったんだけど件の『暗闇坂』はテレビでその姿を見ない日はないといわれるほどの国民的人気を誇っているらしい。

 まーあんまし乗り気じゃないけどこれも社会勉強の一環だし?って感じで俺は同じように会場に向かうオタク達を心の中でマウントとりながら光川駅の改札をくぐった。「英造くーん。」間の抜けた声が辺りに響いて俺ははっとして後ろを振り返る。

 バッグにつけた缶バッジをジャラジャラ鳴らしながら短い前髪に丸眼鏡をかけた元同級生がはみ出た出っ歯を見せて俺にひょいと手の平を向けた。

「く、熊倉!お前大丈夫なのか!?」以前戦った時と変わらない見た目に驚くといつもと変わらない口調で『アジョラ・ボカ』熊倉拓二は笑顔を見せながら言った。

「僕の人生なんて元々終わってるようなもんだしー。今更個人情報晒されてもノーダメージだよー。心配してくれてありがとー。」「そ、そうだったのか…それより、なんだその格好」

 俺はワザとごほん、と大げさに咳払いをして熊倉のオタクファッションを見下ろした。「『暗闇坂』の握手会に行くんだよー。英造君も行くんじゃないのかいー?」「ば、馬鹿言え!誰がそんなミーハーなオタクイベントに行くかよ!せいぜいカツアゲに会わないように気をつけるこったなぁ!」

「あ、英造くんー?」俺はポケットに両手を突っ込んで会場とは反対方向の出口に向かって歩いた…驚いた拍子に昔の自分が出てしまった。インドマンとしてアクターの姿で和解は済ませたものの、いじめていた相手と一緒はどうも居心地が悪い。

 幸い開場までまだ時間がある。俺はアイツと再び出くわさないよう、コンビ二で軽く買い物を済ませると駅の反対側に行くためにガード下へ向かう。薄暗い細い通路には夏だというのにフードの付いたパーカーを着た若者達がたむろしていた。

 隣の小さな公園では短パンの男がローラーボードに興じていて奥の壁には強烈な色のスプレーで暗号のようなアルファベットが書かれていた――思い出した。ここは光川町で悪名高い『カツアゲ・ストリート』。しかし、駅の向こうに行くにはこの道が圧倒的に早い。

 意を決めて早足で軽く頭を下げながら彼らの輪の中心を縫うように進んでいく。反対側の通路ではバンダナを巻いた痩せた男が58マイク片手にラジカセから流れるビートに合わせてライムを刻んでいた。新都社の漫画で読んだ事があるが、ラッパーとは増殖する生き物らしくその発信源に合わせてぞろぞろとヤンキー達が集まってきた。

 どん。勢いよく俺にぶつかったベースボールキャップを被ったポニーテールの男が俺に向かって「YO!」と声を掛けてきた。ビビッていない事を周りに示すために「HO」と声を返すとその男は顎ヒゲを一撫でして俺に言った。

「お兄さん、この場所初めて?いいブツ有るけどやってかない?」「は!?」驚いて辺りを見渡すが皆、中心でラップを歌う人物に目を取られて俺達のやりとりに気付く様子は無い。

「最初はタダにしてるから。よかったらまた来なよ」「あ、ちょっと!」男はバッグにむりやりにソレを詰め込むと俺の背中を叩いてその輪の方へ向かっていった。開場の時間が近づいてる事に気がついて俺はそそくさとその場を立ち去った。


「そしてこれがそのブツか…」握手会場のトイレの個室。俺はカバンからソレを取り出すと手にとってニオイを嗅いだ。はやる気持ちを抑えてプラ袋から取り出すとしかるべき箇所に置いてその中心に指を落とした。

 身体の敏感な部分に電流が流れる感覚。「そうか、コレか。こういう事か」俺はそのフレーバーを一通り堪能すると再び指を置いてソレをカバンに収めて個室を出た。向かいで小便をしていた年配の警備員が不審そうに俺に声を掛ける。

「お兄ちゃん、大丈夫?長くかかったようだけど」「ああ、コレですか」視線を注がれたバッグを身の潔白とばかりに開いてみせる。

「こ、これは!」「いやぁ。僕もびっくりしましたよ。こんな時代に焼きCD配布とはね。西口のガード下の若者から頂きました。ドープなライミング、聴かせてもらいましたよ」

 なぜかドヤ顔をキメてトイレを出る俺。頑張れ。ストリートで音楽を続ける若者。くたばれ。手相の勉強をしている若者。本筋回帰。俺は既に大勢の列が伸びた『暗闇坂』センター八木沢理香子が待つレーンに並んだ。


「八木沢理香子は都内の折越高校に通う17歳!2年前に選抜メンバー入りを果たすとその後は飛ぶ鳥を落とす勢いで大躍進を遂げ、暗闇坂16枚目のシングルで念願のセンターを獲得!
清純なルックスとファンを魅了する愛嬌を持ち、プレイボウイ誌の彼女にしたい芸能人ランキング第一位に選ばれていて、今度の総選挙も上位進出が見込まれていて…!」

「あー、もううるせぇ。わかった、わかった。みんな見てるから」

 『暗闇坂42』センターの八木沢理香子がCD特典の握手券と引き換えにファンとの交流をはかっている第3レーンに並ぶ俺の後ろで熊倉のヤツが口角泡を飛ばしながら無知な俺に八木沢理香子の魅力を語ってくる。

 あの時撒いたと思ったのにコイツも八木沢推しだったのか。観念して列の先を眺めるが『暗闇坂』の№1人気である彼女のレーンは遅々として進まないどころか、後ろに更に込み合いを見せている。

 しかも田舎の施設特有のノークーラー環境で、うだるような蒸し暑さと周りのドルオタ達の体臭で俺は堪えきれず鼻の下にリップスティックを塗りたくる。たぶん行ったことないけど都内で行われているコミケもこんな感じなのだろう。

 並ぶこと30分。俺と熊倉は狭い通路を通され、荷物を預けると係りの人に握手券を手渡し、手に精液が付いていないことをごっつい顔の警備員に調べられ、やっと『やぎこ』(熊倉もとい彼女のファンがこう呼んでいるため、便宜上俺も真似して呼ぶ事にした)が居るブースの方へ案内された。

「下手したら空港の手続きなんかよりよっぽど厳重だぞ」「最近もアイドル狙いの事件が起こったばかりだしねー。哀しい事だよー。」はやる気持ちを抑えられない熊倉に圧される様にして会場の開けた場所に出る。どうやら目の前の簡易ステージ上に立って両腕をファンに伸ばしている背の高いサイドテールの女の子が八木沢理香子であるらしい。

 学生服をモチーフとしたアイドル衣装のスカートをはためかせながら女性のファンを手を振って見送ると次の相手である俺のひとつ前のファンが壇上にのぼりその手を伸ばした。俺はその横顔に見覚えがあった。

「あ、アイツは!」さっき『カツアゲストリート』で会って俺にCDを渡してきたラッパー風の男が『やぎこ』と緊張した面持ちで握手をし始めた。なんだアイツ、あんないかつい見た目の癖にドルオタだったのか。

「うわ、ホント自分『やぎこ』超憧れだったんでメッチャ嬉しいです」「ソウナンデスカー、アリガトウゴザイマスー」なれた口調で営業スマイルを見せる『やぎこ』にテンションが上がってしまったのか、ヤツはとんでもない事を言い始めた。

「新曲のラップパート、まじハートに響きました。自分もラップとかやってるんすけど、ラインのIDとか交換してもらえないっすか?」その瞬間、『剥がし』と呼ばれるスタッフがその男に向かって凄い勢いで駆け寄ってきた。

「うわー、やっちゃったねー。」「今のもギルティなのか?」振り返って熊倉に訊ねるとその後ろのファンたちも口々に「気持ちはわかるけどさー。TPO考えろよ」だとか「これだからニワカは…」と言った侮蔑なニュアンスの言葉で嘆いていた。

「ちくしょー!」剥がしに羽交い絞めにされたその男が呆然と立ち尽くしているやぎこに向かってなにやら叫んでいる。

「この小娘、ちょっと人気が出たくらいで調子に乗りやがって!この程度で退場させられるとか、舐めてんのか!いつか俺もビッグになってすぐに追い越してやるからなー見とけよこの枕営業のクソブス!」

「ちょ、なんてこと!」この暴言にはさすがに国民的アイドルもカチンと来たのか強い剣幕で壇上を飛び降りた。スタッフに引き摺られながら拳を握ってそれをマイクに見立てると男はやぎこを反対の手で指差しながら軽快なライムを飛ばした。

「ヘイ、そこのバッガー。オマエがしているのは握手ではなくてもはや搾取。悪臭撒き散らす大衆から巻き上げたニセモンのビッグマネー」「おい、いい加減にしないか!」スタッフが男の腕を強く引くとその首から下げられたネックレスが妖しく輝いた。

「お、おい!」周りの目が瞑られた瞬間、男の姿は跡形も無くなくなり、手持ち無沙汰になったふたりのスタッフは首を回して辺りを見渡した。俺は振り返らずに後ろに居る熊倉に訊ねる。

「…今の見えたか?」「うん。あの人、アクターだね。ステージセレクトの戦闘効果を利用してこの場から消えたんだ。」すぐさま頭上のスピーカーからアナウンスが轟いた。

「只今、第3レーンにてお客様による迷惑行為が発生したため、本日の握手会は中止とさせて頂きます」

「えー!まじかよー!」「最近運営アタマ固くねー?」「この日を楽しみにしてたのによー!」アナウンスを受け、周りのファンからはブーイングの嵐。熊倉が俺の肩にポン、と手を載せて目を床に伏せた。

「せっかくここまで並んで待ってのに残念だったね。英造くん。」「そんな事はどうでもいい!あいつはアクターだ。あの能力を使って何かするかもしれない!」「考えすぎだよー。」

 熊倉が俺の肩を揉むようにして続ける。「アイドルと相手が持つカードを集めるアクターバトル。それの何処が関係あるっていうんだいー?」…確かに。アイドルは人前に立って持てる限りのパフォーマンスをする職業。顔や素性を隠して動画配信するYouTuberとは間逆の存在と言ってもいいだろう。

「握手会が中止となっちゃしょうがないねー。駅前のきっちゃてんいこうかー?昔の思い出話でもするー?」

「ばっ、馬鹿野郎!誰がそんな所でクダ巻くかよっ!」俺は熊倉の手を振り解くと一目散に自分の家に帰った。そして次の日、その判断が間違いであったことが判明した。俺はソファに座り込んで目頭を両親指で押し付けながら自分の行動を省みる。もしかしたら救えたかもしれない。

 起き抜けに眺めたテレビから人気アイドル八木沢理香子失踪のニュースをアナウンサーが性急な口調で伝えている。俺は溜息を噛み殺してソファから身体を起こした。

 待ち合わせ場所に指定された駅前の喫茶店。先に着いた俺が席に座ってコーヒーを頼むと携帯からラインの通知を知らせる着信音が響く。

 折りたたみのガラケーを開くと発信主は妹の六実のようで、『修学旅行の行き先が北のカリアゲ野郎のせいで直前に変更になった。マジ最悪』と文の後にブチ切れて暴れるクマのスタンプが押されていた。

 俺が笑いを堪えていると母の清美がすかさず『あらまあ。どこに変更になったの?』と尋ねている。すると六実が短く『インド』と打ち込んだので俺はその場で噴出してしまった。

「朝から楽しそうにしてるねー。英造くーん。」間抜けた声に顔を上げると以前同様に不快な音を鳴らす缶バッチを取り付けたリュックを背負った熊倉が俺の前に姿を現した。

「な、なんでもねぇよ!」俺は携帯を閉じるとテーブルの席に尻を滑らせる元クラスメイトに訊いた。「メールで送ってきた話は本当なんだろうな?アイドル八木沢理香子の誘拐犯の居場所が分かったって」

 小声の俺に対して熊倉は大きな声で店員にマンゴージュースを頼みながら正面の俺に向き直る。

「うんそうそう!僕達のアイドル、『暗闇坂42』のセンター八木沢理香子を誘拐して握手会を中止にさせて世の中を混乱に貶めている犯人が分かったんだ!これは凄いことだと思うよ!」

「馬鹿!声がデケーよ!」席を立って熊倉の口を閉じると周りの客達が『なんだ。頭がアレな子供か』とヤツの風貌を見て各々の空間に戻っていった。席に着いて俺は話を戻す。

「犯人は握手会にいたあのラッパーだって分かってただろ。問題はアイツが何処に『やぎこ』を軟禁しているかだ」

「そーだねー。前から少し間空いちゃったから前回までのあらすじを振り返ろうかと思って」「メタ発言はよせ」ふざけて笑う熊倉をたしなめて俺は椅子の背もたれに身体を預けた。


――誘拐犯と思われるラッパーが活動していた『カツアゲ・ストリート』にも勇気を持って捜索をかけてみたがヤツの姿はどこにも無かった。

 近くに居た穏かそうなラッパーのひとりにCDの件を絡めてヤツの事を聞くと握手会場に居た男は『MCノップス』という名でアンダーグラウンドで活動するラッパーで詳しい素性は誰も知らないらしかった。


「MCノップス!」俺の捜査結果を聞いて熊倉が飲み込んだジュースを耳から噴き出す勢いで話に食いついた。「知ってるのか?」俺が尋ねると熊倉はスマホのアプリを起動させて動画を再生させて見せた。

「MCノップス。ニマニマ動画で活動していた知る人ぞ知るカリスマラッパーだよ。最近は動画上げてなかったけどまだラップは続けているんだねー。」

「ニマラッパー。動画配信者……決まりだな。で、ヤツの居場所が分かったのか?」動画を止めた熊倉に目配せするとヤツはもじもじと気味悪く身体をくねらせた。

「判ったには分かったんだけど…英造くん、怒らない?」「…内容による」「実は英造くんの妹の六実ちゃんの画像を使って出会い系サイトでネカマをやってみた。」「この野郎!」

 俺が飛び掛って襟首を掴みと「タンマ、タンマ!これも捜査の為の犠牲だよ!このお陰で犯人の居場所が掴めたんだ!」と熊倉が命乞い。舌打ちをして俺はヨレヨレの熊倉の襟首を離す。眼鏡をすちゃりと直してネカマ野郎は話を続ける。

「正直全然期待はしてなかったんだけど始めて20分くらいで会場で見かけたキャップ姿の男のアイコンから『良かったら会いませんか?』とレスが着た。
カマをかけるつもりで『住んでる所の画像送ってください』と返信したらこの画像が送られてきた」

 熊倉のスマホを覗き込むとそれは窓の外から撮られた写真で三階建てと思われる高さから向かいにカトリック系の幼稚園があり、風景には地元の大型パチンコ店の看板と特徴的な形の電波塔の姿が見えた。

「でかした!これだけあれば充分だ!変身!インドマン!」

 俺は席に着いたままインドマンに変身してアクター特有の能力であるステージセレクトの能力を始動させた。「熊倉、お前は変身しないのか?」俺が尋ねると熊倉は答えづらそうに俺を上目で見た。

「実はカードゼロになった日に黒服の男達が家に来て強盗さながら変身アイテムを全部没収して行っちゃったんだ。親父が警察を呼んだけど全然取り合ってもらえなくて。怖かったよ。」

「そうか、なら俺一人で行く」能力始動から10分足らず。近くでアクター能力を解放させたプレイヤーが居ると頭の中に情報が流れる。「がんばってねインドマン。」消え際に親指を立てると混み合った喫茶店のテーブルから俺の姿が一瞬の光に包まれてその場から居なくなった。

 人気アイドルグループ『暗闇坂42』のセンターメンバーである八木沢理香子が目を覚ますとそこは広さ六畳ほどの小部屋の中だった。

 片手首にはしっかりとした鎖が繋がれ部屋の至る所にCDケースが柱のように積まれていた。「ここ、どこ?」か細い声が隣の部屋に聞こえたようで障子が開き、中から痩身でベースボールキャップを被ったポニーテールの男が姿を現した。

「やっと目を覚ましたな調子こきアイドル」「ここどこよ!?早く家に帰しなさい!」「眠ってる間、何も手出ししてないんだぜ。オレって紳士じゃね?」「自分が何したか解かってんの?こんな事して許されると思うな!」

「…話がかみ合わねー。まー、無理もねーか」男はやぎこに近づくと彼女が繋がれている鎖を握って揺らした。「ひっ」恐怖に引き攣った人気アイドルの反応を見て歯抜けの口元が歪む。

「ファンのフリして握手会に来て見ればしっかりお上りさんになってるじゃんか。コネ持ちの田舎モンのくせによー」「お前さ関係ねぇべや!」思わず突いて出た方便に口を隠すと金髪のポニーテールを撫でながら男がやぎこを見下ろして言った。

「お前は調子に乗りすぎた。アイドル総選挙の投票期間が終わるまではここで大人しくしていてもらうぜ」「こったらあずましくねぇとこさわたすば閉じ込めてはんかくせぇでや!」

「…本土の言葉話せよ。道産子が。お前みたいな田舎モンより『一本松坂11』の柴田瑞乃の方がナンバーワンに相応しいんだよ!」

 男の声でやぎこが周りを見渡すと柱と化したCDのジャケットは男の推しメンがセンターを務める『一本松坂11』のニューシングルだという事実に気がついた。

「…かちゃっぺねぇ」自分よりはるかに年下であるアイドルに恋焦がれてるこの男の素性を知り吐き気がこみ上げる。「でも、それがアイドル市場の真実だろ?」心の中を見透かしたように男がしゃがみ込んでやぎこに歪んだ笑顔を近づけた。

「なーに。選挙期間が終わったら何事もなかったように事務所に帰すよ。お前はここがどこかも知らねぇし、オレの事も知らない。事前に上下左右の部屋もオレが間借りした。推しじゃねぇが、国民的アイドルとの同棲生活か。悪くねぇ」

「わやだわ」やぎこの心を絶望が覆い尽くす。「言っただろ?オレは紳士だって。用はこれで足しな」そういって男は焼酎大吾郎のペットボトルをやぎこの細く長い脚の横に置いた。

「現役アイドルのボトラーデビューか。無名で落ちこぼれのAVなんかよりよっぽどプレミア付くぜコレ」なんて言いながら笑う男を見上げてやぎこは涙を流した。「誰か、助けて」


 その願いが通じたのか、薄暗い部屋が光で包まれてその中からターバンを巻いたヒーローらしき男が現れた。「ちっ、嗅ぎ付けてきやがったか!」首元のネックレスに手を置いて男が臨戦態勢を取る。

「年頃のアイドルを部屋に軟禁するとは許せん!インドマン、只今参上!断欲を突き通したガンジーの教えを胸に刻め!」

「変な身なりだが、お前もアクターか!変身!」男のネックレスが輝くと両腕にダガーナイフを構えた洋ゲーのアサシンのような風貌のアクターがインドマンの前に現れた。

「知ってると思うがオレの名はノップス。よこぞこの部屋まで辿りつきやがったな。褒めてやる」

「何故アクターは誘拐を犯して別アクターを誘うのか。その真意がやっと分かってきた。自分のテリトリーで確実にカードを手に入れる為だろう!…妹を手篭めに掛けようとする出会い厨が!成敗してくれる!」

 正面に放った蹴りを両腕で受け止めるが衝撃の大きさに耐え切れずノップスの身体が向かいの壁に衝突する。

「きゃぁ!」「伏せていろ!」すかさずやぎこに近づいて鎖を外そうとするインドマン。崩れて日差しが差し込み始めた壁際から立ち上がるとノップスは短剣を構えなおしてそれをふたりに向けた。

「接近戦は壊れ性能じゃねぇか。なら中距離はどうだ?」ノップスは回転するように積まれたCDの山を剣先で切り飛ばしてそれを刀削麺のようにインドマンにぶつけてきた。

「危ない!…ぐわぁー!」プラスチックの弾撃を全身に受け今度は逆に壁に叩きつけられるインドマン。「あー?お前の名前インドマン?アクターとしては三枚目。良く見りゃインド成分が足んないぜ!」

 調子が乗ってきたノップスが本業さながらのライムを刻んでマイク片手にインドマンを指差した。「ブリンナップ!」陽気なアサシンはどこからか流れるビートに合わせてラップをし始めた。

「オレの部屋に来たお前インドマン?それで真のインド語ってるつもりなん?オレは週に5日はカレー食うレトルト通。高校時代ラグビー部の先輩からも『カレープロップ』って呼ばれていたノップスでプロップ。
お前の言葉などシャットダウン。カレー屋ではご法度だぜシットダウン。さぁ、お前の番だ。インドの魂とやら、見せてみな!」

 ライムが終わるとノップスはインドマンの真正面にマイクを投げて寄越した。気がつけば壁にはホログラムでたくさんの観衆が取り囲み、その中心にはMCバトルさながらにドレッドヘアの黒人がターンテーブルでスクラッチを刻んでいる。

「やべぇ、どうしよう」マイクを握り立ち上がるインドマン。アクターバトルは精神状態の変化が勝負に直に出る。ラップバトルで完膚なきまで相手を叩きのめしてから仕留めるのがノップスの狙いだ。

 ここで弱気になってはいけない。「ブリンナッピ!」DJにビートを流させるとインドマンはラップを刻み始める。

「ヨー、丁度良い機会。どうせもうこの作品、感想企画者しか読んでねぇだろから言うわ。新都社の作家達、毎週ツイッターでオフ会参加者募集。俺の呼ばれないオフ会で触れあい馴れ合い大騒ぎ!
でもオフ会出るだけで人気出る。オフレポ描くたびなんだかコメント10件くらい来る。BAAAN!!お前ら毎週自分の作品更新しろ!○○○○も△△も□□□□□□□も作品より作家が有名になっちゃってる逆転現象。
こうなりゃオフ会参加者のツイート徹底的に洗いさらう。会場嗅ぎ付けて先回りして妨害始める。女性作家陣と男性参加者俺だけの妄想オフレポ描いてβにブン投げるゥ!!」


「ちょ、待て待て!音楽ストップ!」ビートが止み、マイクを握り締めるインドマンの肩をノップスが叩く。

「さっきからお前、何言ってんだ?」「ボーちゃんも溺れ死ぬゥ!」「おい!聞け!」強めの衝撃で正気に戻ったインドマン。

「…私にも分からない。作者の嫉妬心が俺に乗り移ったのかも知れない」「メタ発言は止めろって言ってるだろ!…再開だ。行くぞ!」

 再び距離を取りCDの山をナイフで切り飛ばしてぶつけてくるノップス。このままでは徐々にダメージで削られていく…腰のガシャットに目を落とすインドマン。この距離ではムルガンの剣は届かない。それなら…

 すこしの思案の中、決意を固めて青いガシャットをベルトに捻じ込んだ。


「今度はうまく行ってくれよ!『魔人モード:カーリー』」

「うお、何だ!?」最上階である部屋の屋根を吹き飛ばすほどの衝撃が辺りを包み込み、轟音を巻きつけて六本腕の青色の魔人が姿を現した。禍々しく生えた牙からフゥシャーと息を吐きながらその魔人は各腕に構えた刀を振りかざそうと身を屈めた。

『人を斬りたい…』激しい頭痛と共にインドマンの実体である英造の脳内に地鳴りのようにその言葉が響いてくる。「殺しは、ダメだ。ヒーローとして相手をなぶるのはダメだ」

 脳裏に浮かぶのは以前、一撃で沈めたミル・トリコの血濡れの表情。「ヒーローとしてあんな残虐な戦いはしてはいけないんだ!」

『ほざけ小童め!貴様の本心も人間を斬り刻みたいと願っておるわ!』「違う!相手を傷つけるだけがヒーローの戦いじゃない!」

「何ひとりでブツブツ言ってんだ!これで決まりだ!フルパワー刀削撃!」目の前に数多の塊が飛び込んでくる。「これが俺のインドだ!」チャージした魔力を解き放つように六本の腕から決めワザである『タツ・マル』を解き放つ。

 猛スピードで直進する竜巻はCDの切れ端を飲み込みノップスに向かって進んでいく。「危ない!避けろ!」「自分で撃っておいて避けろだぁ?なめんなっ…!」

 受身を取ろうとしたノップスを解放されたやぎこが突き飛ばした。カーリーの刀から生み出された竜巻が壁を飲み込んで空の彼方へと消えていく。

「この女、なんて事を…」「えいぞ、インドマーン!」変身を解いたノップスを見下ろしていると隣のマンションからベランダを伝って崩れた部屋の壁を破って熊倉がやってきた。

「大騒ぎがあったから来て見たらここだったんだねー。」「うひゃぁ!キモっ!」「…大丈夫だ。こいつは私の味方だ。熊倉、彼女を連れてここから出るんだ」

「うん、わかった…あれ?このCD…」熊倉が部屋に散らばるCDのジャケットの切れ端を指で摘まんだ。そして無傷だったCD塔の一番上のケースを持ち上げて言った。

「コレ、一番上だけ『一本松坂』で後は全部『暗闇坂』のCDだ」「…いいから行け!」ふたりが部屋を出て階段を下りていくとMCノップスはその場で肩を落としてへたり込んだ。

「本当の推しメンは八木沢理香子だったんだな?」インドマンが問い掛けると頭の中にあの金属質なナレーションが流れた。

「この勝負、相手の戦意喪失により勝者、インドマン。このバトルにより、新たに『吊男』のカードを手に入れました」

 宙から舞い降りたカードを握り締めると蚊の鳴くような声でドルオタラッパーは懺悔の言葉を吐いた。

「オレは…なんて事をしてしまったんだ」好きな女の子を独占したい。男なら誰しもが抱く欲望をアクター能力によりこの男は実現しようとしてしまった。現代の法律にアクター罪を裁く法律はない。

「更正しろ。まだやり直せる」「インドマン……!」瞳に涙を溜めながら手渡されたそれにすがるように男はそのヒーローの名を呼ぶ。

「元気を出せ『カレープロップ』。とぅ!」そう告げるとインドマンは意気揚々とその場を引き上げた。「ありがとう」パンドラの箱を開けてしまった男の手の中に残った只一つのレトルト食品。

 ボンカレーはどう食べたって美味いのだ。


第七皿目 ネパール人がやってるカレー屋で出てくるヨーグルトは信用できない

 -完-


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