第九皿目 マンゴーラッシーのいうとおり

 週末の商店街、ひとり留守番を任された俺はそのついでに母から頼まれていた買い物を済ませていた。この季節の貴重な日曜日の晴れ間を生かすように目の前をチンタラと歩くカップルが多く、それが独りモノの俺には目に余る。

「くそっしね」呪詛の言葉を小声で呟きながらトイペロールを肩から提げて歩いているとすれ違い様に見覚えのある白髪頭が目に入った。「おい、白木屋じゃないか!」立ち止まって俺が呼び止めるとその男は俺を振り返って言った。

「ああ、日比野さんじゃないっすか。オレ、週明けに地元戻ろうと思ってて」

 どうしたんだ一体、と声を掛けて道路を挟んで反対側の一車線の道路を横断する。駆け寄ると白木屋は伏し目がちに俺にこう告げた。

「オレ、アクターとしてやってても全然バトル勝てねぇし、YouTuberとしても中途半端だしさ。学校復学して真面目に薬剤師目指そうと思ってんの。ぶっちゃけどっちも飽きてたしそろそろ本息出して勉強しようと思ってさー」

「…それ、本気で言ってんのか?」白木屋の言葉を受けて少し考えた後、俺はそう口を開いた。「その事を千我は知って…」「カードチェック」俺の言葉を遮るように白木屋は宙に手を翳して手持ちのカードを招来した。その数を見て俺は息を呑む。

「日比野さん、オレ、カード残り一枚になっちまった。次負けたらカードゼロであのリスに個人情報バラ撒かれちまうんだろ?せっかく奨学金借りて大学院通ってんだ。こんなところで人生を棒に振りたくねぇ」

 己の決意を固めるように拳を握り締めてカードを仕舞い込む白木屋。その姿を見て俺は簡単に「諦めるなよ、頑張れ」なんて言えなくなってしまった。現代社会において個人情報は命の次に大事なモノ。まともな就職先を選ぶために勉学に励む白木屋が興味本位で参加したアクターバトルでそのチャンスをフイにしてしまったら本末転倒だ。

「オレ未来あっから。じゃ、この辺で…」「はいはーい!ここから道幅が狭くなってますよー。皆さん一列になって歩きましょー!」

 俺に別れを告げようとした白木屋の前から金髪を七三分けにしたお洒落眼鏡をかけた小男が後ろに続く連れ達を先導するように歩いてくる。「な、なんだぁありゃ……」すれ違い様に奴が連れている人物を眺めるとみんなハタチ前後の可愛らしい女の子達ばっかりだ。正直羨ましいこと限りない。

「おい、日比野さん。あれ」白木屋に肩を叩かれて俺は列に並ぶツインテールの女の子を見て声をあげる。「六実!何やってんだこんなところで!」目にハートマークを浮かべて先導者を眺めていた妹の六実を腕を掴むと「はぁ?あんた誰?きもいんだけど」といつもの口調で睨みつけてきた。

「六実…もしかして洗脳されてるのか?」「あれ~お知り合いかな?もしかして身内?」先導者の男が列を停めて俺たちの方へ歩いてきた。思ったよりも幼いその顔を見て白木屋がからかうように嗤う。

「はっ、ガキのクセに女はべらしやがって。ハーメルンの笛吹きのつもりかよ」「お兄ちゃん達もデート?もしかして最近流行のLGBTってヤツ~?」

 少年が俺たちをからかうと連れの女たちが「いや~ん」と口々に身体をくねらせた。「んなワケねーだろ!」買い物の途中だ、と示すように俺は肩のトイペを身体の前に突き出した。少年は俺を生意気なしぐさで笑うと両手を広げて俺たちに言った。

「僕たちオフ会の途中なんだ。邪魔しないでもらえるかな?」「な、オフ会だと?お前みたいなガキンチョが?」白木屋が動揺すると取り巻きの女のひとりが少年の腕に抱きついて猫なで声を出してきた。

「え~?超人気歌い手のリュータロー知らないの~?おっくれてるぅ~」「歌い手だと?……ああ、人が作った曲を借りパクしてキモ声で歌い直してネットにあげてる連中か」

 白木屋があざけ笑うと「ちょっと何こいつ、感じわるくな~い?」「モテないからって嫉妬してんのよ、リュータローの才能に~」と周りの女子たちも抗議の声をあげる。

「ははっこの老害たちがそう言うのも無理もないさ。今は受け手側が自由に曲を解釈してリメイクしていく世の中なんだ。時代の流れについていけないダサい大人が取り残されていくのも自然の流れだね」

「…動画投稿者か」俺はベルトのバックルに指を置いてきゃーきゃー言われているリュータローという小男に声を掛ける。

「お前たち、オフ会の途中だって言ってたよな?これからどうするつもりなんだ?」それを訊いてリュータローが眼鏡の奥で歳相応とは思えない雰囲気でいやらしく微笑んで俺達にこう告げた。

「そうだねー、今日はみんなでシルクドソレイユ観て、流行のパンケーキを食べてこの町の博物館を見学しようって流れなんだ。さっき見学が終わったからこれから休憩ってところでさ…。いやだなー、お兄さんたちそんな事、人前でいわせないでよー。
オフ会の最後はオフパコに決まってるじゃーん?」

「おのれ新都社漫画家勢!!」

 ヤツの言葉がいい終わるのが先か、俺はインドマンに変身。その姿を見て取り巻きの女の子達が怪人を見たような態度でリュータローの小さな背中に一列に隠れていく。「僕の洗脳の違和感に気付いて話しかけてくるなんて、やっぱりアクターだと思っていたよ」

 リュータローは肩掛け鞄から変身アイテムと思われるオーバーグラスを取り出すとそれを顔の前で翳し、暗くなった景色越しに俺を眺めて起動ボタンを押し、それを眼鏡の上から装着した。

「向陽町のインドマン。アクター界隈ではすっかり有名人だよ。あのミル・トリコを倒したんだって?アクターズサイトではみんな言ってるよ。『インド野郎とは戦うな』ってさ」

 リュータローの身体が光に包まれ、その姿を変化させていく。俺はグローブをはめた両手を握り締めいつもの決め台詞を言い放つ。

「アクターとしての能力を使い、女性に取り囲まれようなどとは咬牙切歯!7000年の時を生きるこの私が年長者として社会の掟をその身を持って思い知らせてくれる!」

「こーがせっし、か。まだ授業で習ってないから分からないや」リュータローを包み込んでいた光が止み、その中からヒラヒラの付いたアイドル衣装のようなコスチュームを身に纏ったアクターが姿を現した。

「僕のアクターネームはオクタアンク!この内面からほとばしる魅力で真昼の空に流星を描いてみせるよ!ファンのみんなー!発射準備OK?」

 アクターと化したリュータローがコールすると取り巻きの女たちが「きゃー、しびれるぅ!」「そんなダサいヤツすぐにやっつけちゃってー」とレスポンスを返す。……こんなふざけた相手に負ける訳にはいかない。

 すっかり悪役となってしまったインドマン。勝利の天秤はどちらへ傾く?待て次回!

 お互いアクターに変身して向かい合う俺達。「場所を替えよう。ここは人目に付く」俺が提案するとオクタアンクは海岸のステージをセレクトした。

 身体が浮かび上がり一瞬で海岸沿いの浜辺にふたりだけになると俺は構えを取って洒落た衣装を羽織った敵であるオクタアンクに向き直る。ゴテゴテしたサングラスのフレームを摘まみながらヤツは俺に向かって余裕のある声を伸ばす。

「アクターズサイトで最強論説が持ち上がってるインドマンを倒したらボクの株もあがるってもんさ。接近戦にめっぽう強いんだろ?先にこっちから行かせてもらうよ!」

 そう宣言するとオクタアンクは腰のホルスターからデコレーションされたスプレーガンの形をした武器を取り出した。その場でクルっと一回転してポーズをとるとそれを俺に向かって一斉噴射。

「くらいなよ!特性☆綺羅星とくせい きらぼし!」星型の銃弾が手裏剣のように回転しながら俺目がけて飛び込んでくる。こいつ、どこまでも自分をアイドル化してやがる。「なんだ、こんなもの!」チャクラベルトを廻し時間の流れを緩やかにすると俺はそれを両腕で弾き落とそうと腕を伸ばす。

 しかしそれが悪手だった。手に当たった途端、その銃弾は鉛のようにグローブに張り付いて両腕の重心を奪っていく。「これは、重油…?」「ほらほら、次の発射行くよ!」俺に考える時間を与えることなくオクタアンクの銃から更なる追い討ちが全身を襲う。

「く、しまった!」身体が重くなった事によりそれをかわし損ねると銃弾が重さとして加算され、思わずその場に膝を付く。「連射、連射ァ!!」続けざまに打ち込まれた銃弾により目の前の視界が奪われる。砂場に身体が埋まり始めると頭の上で軽快な語り口が聞こえ始めた。

「なーんだ、みんなが言ってたより全然大したことないじゃんインドマン。それともボクが強すぎるのかな?」笑い声が喉元に伸びたダガーの引き音を掻き消す。身体が元居た歩道脇に移され、頭の中であのナレーションが響いた。

「ディフェンサー側の決定打により勝者、オクタアンク。このバトルにより、新たに『帝王』のカードを手に入れました」

「く、そ」オフ会主催者の勝利を祝って黄色い声援を上げる取り巻きたち。舞い降りたカードを気取ったしぐさで指で摘み上げるとオクタアンクことリュータローはシャフ度で俺を見下すように微笑んだ。

「これでインドマンからカードゲット。しかもこれ、あのミル・トリコから奪い返したカードでしょ?ハハ、これで事実上ボクが現在の最強アクターってことになるね」

 カードをぴらぴら揺らす相手を見て悔しさを噛み殺して俺は拳を握り締めた。「きゃー、リュータロー」「ちょー、まじでかっこいー!六実、きゅんきゅんしてきちゃったー!」

 妹の六実が飛び跳ねるようにしてリュータローの肩を手で叩いている。畜生、洗脳状態とは言え実妹が他の男にデレている姿を見るのは兄として気持ちが萎えそうだ。

「そうだ、本来の目的を思い出した!」わざとらしく手を叩くとリュータローはそのお洒落眼鏡からいやらしい目線を女子たちに向けた。

「これでオフ会の日程はラストだったよね?ひとり30分ずつ、あのホテルで相手してあげるよ。ひい、ふぅみぃ…参加者は七人か。希望あればふたり同時プレイも受け付けるよ。もちろん料金はそっち持ちで!」

「ちょ、ちょっと待った!」慌てて立ち去ろうとする一行を呼び止める。「なぁに?負け犬クン?」王様のように担ぎ上げれたリュータローが乞食でもみるような冷たい笑みでこっちを振り返る。「カードチェック!」俺は手持ちのカードを宙に浮かべると呼吸を整えてリュータローに啖呵を切った。

「再戦だ!妹の六実をお前の毒牙にかけるワケにはいかない!」「ちょっとなにー?」「熱い兄妹愛ってやつー?」取り巻きをかき分けてゆっくりとリュータローがこっちに歩いてくる。舌なめずりをするとヤツは俺に言った。

「そう来ると思ってた。あんたのカードをゼロにして人生終了させて妹はおいしく頂くことにするよ。ちょうどカード集めてたトコだったしさ」

 リュータローが顔の前にグラスを翳すと再び景色が海岸沿いの浜辺に移り変わった。「変身っ!」お互いに決めポーズを取り身体がそれぞれにアクターフォームに成り代わっていく。

「今度はボクがアタッカーだ。まぁ結果は同じだと思うけど」再びオクタアンクがスプレーガンを手に構えると俺は腰からガシャットを取り出してそれをベルトに差し込んだ。


『魔人モード:パールヴァーティー』久しぶりに使う動物を自在に操れる変身タイプ。白黒のゼブラ柄のフォームに身を包み直すと俺はその場で指笛を吹いた。

「使い魔よ!相手の武器を奪え!」オクタアンクが銃を構えるとその背後から目にも留まらぬ速さでガルーダを思わせる大鷲がそのクチバシで銃身を掴み上げそのまま空へ羽ばたいていく。

「でかした!これで相手の攻撃を封じた!」「ちょ、そんなのありっ!?」不意の一撃にうろたえるオクタアンク。その様子を見て一気に勝負を決めるべく俺は両足を揃えて飛び上がり全力のヒーローキックを浴びせるはずだった……!


「く、なんだこれは…!」突然空中で身体が掴み上げられその物体に拳を叩きつける。胴体を巻き上げるように掴んでいたそれから振り上げた手を持ち上げるとグローブにねっとりとした粘液が糸を引いた。

「これは…触手か?ぐっ…」身体を締め上げる強さが増していきバーチャルの中とは言え呼吸が苦しくなる。「ふー、意表をついた攻撃してくるじゃないの」大きく息を吐き出すとオクタアンクは耳に掛けていたサングラスを外して俺を見上げた。その瞳孔にははっきりと大きな十字が刻まれていた。

「もうとっくにご存知なんだろ?ボクの本当の能力はタコ!オクタアンクの名の通り八本の腕、もとい八本足で相手の背後から動きを止めて確実に勝負を決めるのが本来の戦い方さ!」

 銃とは反対側のホルスターからダガーを取り出してその峰を肩でリズムを取るように叩きながらゆっくりとオクタアンクが近づいてくる。

「アクターとしての能力を発現した時に自分のチカラを理解した時は絶望したよ。このボクがこんなダッサイ外れ能力で戦わなきゃならないなんてさ!…でも考えを変えればこのチカラは無敵なんだ」

 ヤツが言い終わると砂浜から他の七本の足が生命力をその身に滾らせた勢いで伸び上がると先端をぬらぬらと揺らしながらこっちへ近づいてくる。「出来れば使いたくなかった能力なんだけど」コミックにありがちな言葉を吐き捨てるとオクタアンクは触手で滅多打ちにした俺の喉元をダガーでさっと引き裂いた。


「アタッカー側の決定打により勝者、オクタアンク。このバトルにより、新たに『魔術師』のカードを手に入れました」

「…なんてこった!」続けざまに敗戦を喫し、戻された歩道脇で思わず膝を折る。「いやぁー!リュータローさいこー!」「ロワイヤルで優勝して嫁にしてー!」「ハハ、困ったな。どの子から相手してあげようかな」

 悔しさで俺はその場で拳の腹をアスファルトに打ち付ける。インドマンとして初の連敗。だが、このままでは妹の六実をあのクズ野郎にキズモノにされてしまう……立ち上がらなければ。

「おい、待てよそこのアホガキ」

 俺が身体を持ち上げるとリュータロー達の前に白と黒のツートンカラーヘアの男が立ちはだかった。「お、おい!なにやってんだ!?」俺が呼び止めるがその男は変身アイテムである肩のベルトに指を伸ばしながら、こう宣言した。

「そのカードは元々オレが持っていたモンだ。このままお前にやすやすと渡す訳にはいかねぇ」「ほぅ」ニューチャレンジャーを前にして再びシャフ度を取り始める歌い手リュータロー。

「カード集めてんだろ?同じ相手で雑魚狩りしてても気が滅入んだろ。俺が相手してやるよ」やめろ、白木屋。声が震えている。そのカードを失ってしまったらおまえは……駆け寄る俺の前にリュータローの腕が伸びる。俺の思いを遮断するようにリュータローは白木屋に言った。

「いいよ。このコ達にもっといいトコロ魅せたいしさ。それに見てみたかったんだ」そこで言い終わるとリュータローは悪意がたっぷりと篭められた十字の瞳で白木屋を見下ろした。

「この手で狩ってみたかった!最弱のアクターをさ!」三度、風景が浜辺に切り替わる。「インドマン、アンタは手を出すな」おなじみの異形の姿に成り代わったイル・スクリーモが振り返らずに俺を制する。

「アンタの戦いを二回見てあいつの手の内は知れてる。それにさ」洗脳され、望まない情事を求められる婦女を救わんとするヒーローとしての誇り。それが白木屋の心にも目覚めたのかも知れない。しかしその希望は次の句によってかき消された。

「世間知らずにガキが女囲ってイキってるの見てるとムカつくんだ」「さぁてと、三回戦開始ィ!何秒持つかな!?」

 互いに短剣を握り締めるふたりを見て俺は息を呑んでその成り行きを見守る。捻じ曲がり野郎共による性悪決戦。静かなさざなみが流れる砂浜でイル・スクリーモVSオクタアンクの一戦が始まった。

 オクタアンクの魔の手によって洗脳された婦女子達を救い出すべく、みんなの為にカクゴを決めたかに思われたイル・スクリーモ。

 しかし彼の闘う理由は「自分より年下のガキが女はべらしてんのが気にいらねぇ」というしょうもない嫉妬によるものだった。ともかくお互いにアクターへと変身し、この静かな海岸でカードを賭けたふたりの戦いが始まる。

「お、おい!本当に大丈夫なのか?」立会人としてインドマンに変身した俺が利き手にバタフライナイフを構えたスクリーモに訊ねる。ヤツはこっちにも目もくれず身を屈めて正面のアイドル衣装を着たオクタアンクを見据えていた。

 オクタアンクはにやり、といやらしく口元をゆがめると俺との一戦と同じように腰のホルスターからあのスプレーガンを取り出した。「速攻で決めさせてもらうよ!綺羅星☆発射!」引き金に深く指を掛けて自身のスミを銃口から吐き出すようにしてスクリーモにぶつけてくる。

「動きを取られるぞ!避けろ!」俺の声もむなしく放たれた銃弾が棒立ちのスクリーモ目がけて飛び掛ってくる。しかしその軌道は身体をすり抜けると対角線上の大岩にべちゃりと音を立てて張り付いた。

「な、囮だと!?」攻撃が外れて動揺したオクタアンクの後方にあった物陰から真っ黒なアクターフォームのスクリーモがその影を縫うようにして無警戒だった背後から抱きつくように腕を身体にまわして大きく息を吸い込んだ。


「オフパコしてぇぇぇえええええ!!くそがぁぁよぉぉおお!!!」「!?」


 辺りの大気が震え上がり、さざなみをうねらせるほどの大音声。イル・スクリーモが得意とする大声による感覚麻痺を狙った、相手の動きを封じる戦法。「よし、決まりだ!」ナイフを逆手にとって切っ先を相手の喉元に突きつけようとするスクリーモ。

「後ろだ!」「なん、だっ!…うぇ」ナイフが振り下ろされる直前でスクリーモの身体に砂中から現れたタコの触腕が絡みつき、その体が宙に大きく持ち上げられた。「な、何故だ!?叫びによって身体が一瞬硬直したように見えたが…?」

 俺が状況を理解しようと頭を働かせていると「ふー、危ないところだった」とオクタアンクがイヤホンを外すような仕草で両耳に詰め込んだ丸い物体を取り出した。

「それは…タコの吸盤か!」俺が問い掛けると「そ」と一言だけ返してオクタアンクは宙に浮かぶイル・スクリーモの姿を見上げた。「用心のため、耳栓突っ込んどいて助かったよ…変身する前に先に周り込んでたんでしょ?声の能力を使って残像ならぬ『音像』を作り出したまではよかったんだけどねー」

 勝ちを確信したようにゆっくりと砂浜を踏みしめながらオクタアンクが自身の触腕のひとつに近づいていく。「叫んで動き留めようとしないでそのままナイフでバッサリやっちゃった方がよかったかもねー。まぁそれでも致命傷にはならなかったと思うけど!」

「…うっせぇ。勝者の弁のつもりかよ。ころすぞ」「やっちゃって」足元に唾を吐かれたアンクがスクリーモを握っている腕に合図を出すとその腕が更に大きく体を持ち上げて身体を思い切り地面に叩き付けた。「ぐっ、はぁ」内臓が損傷したことによる吐血が撒き散り、骨が軋む不快な音が響き渡る。

「白木屋!」沸き立つ砂煙が視界を奪い、その中から現れたオクタアンクは決めポーズを取るようにして顔の前で指を突き出した手を翳してみせた。

「さあ、女体の研究を始めようか!」…オフ会に誘い出した女の子達の裸体でも思い浮かべているのだろうか、本来の目的を思い出したように荒い呼吸で舌なめずりをするオクタアンク。このままでは敗色濃厚。拳を握り締めて駆け寄ろうとした瞬間、

「待て!…そいつはオレがやる!あんたは手を出すな」と砂の上に押し当てられた太い腕の間から声が鳴る。「オレがやる、だって?」オウム返しにアンクがスクリーモを握っている腕に近づいていく。

「アンタのアクター能力はサイトでとっくに攻略バレてんの。インドマンとのボクの前二戦、見て勝てると思った?声を武器にして戦うなんてダッサ!間違いなく最弱の能力だよ」

 腰からダガーを取り出すとアンクは斬りつけやすい高さにスクリーモの身体を触腕に持ち上げさせた。「ち、っくしょう。こんなガキに負けてたまっか」スクリーモのアクターフォーム頭部を掴みあげながら首元にダガーの刃を翳してその少年は言った。

「いつの時代も若者が文化を作り上げて現体制をぶっ壊していく。老害はただ散りゆくだけさ」ダガーを握る腕に力が入る。「やめろー!白木屋がそのカードを失ったら…!」俺がその場を蹴って走り出すがもう間に合わない。「さようなら旧石器!」

 刃が身体に触れた瞬間、イル・スクリーモ、白木屋は叫んだ。「オレには、未来があるんだ!」その声は炎上系YouTuberとしても、アクターとしてもうだつのあがらない現状を打破する為の決意表明のように海岸の海辺に響いた。

「な、なに!?」真っ黒なスクリーモの身体が光で包まれていく。「はは、一皮剥けたようだな」俺は立ち止まってその経緯を見届ける。猛々しい叫び声が唸りをあげるとスクリーモを握り締めていた触腕が塵のように千切れ、その中から黒い鎧を装着した騎士を彷彿させるアクターが姿を現した。

「おいおい、なんだよそのイカす格好はよぅ!」相手の兜から生えた二本の角を眺めながら残りの七本の足を砂中から召還したオクタアンク。「めった打ちにしちゃって!」一本の触腕がしなりをあげて新フォームへと進化を遂げたイル・スクリーモの頭上に振り下ろされてくる。

 漆黒の鎧騎士と成ったイル・スクリーモはその手に携えた大剣を両手で握ると振り下ろされた腕に合わせる様にその刃を向けた。ずしり、と重量のある音が響いて脚絆が砂に沈み込む。

「ボクの一撃を受け止めただけでなんとかなるわけ…?」オクタアンクがスクリーモの姿を見て言葉を飲み込んだ。『スクリーマー・ディストーションサラウンド』スクリーモが握る剣から機械的なアナウンスが流れ、その刃に触れている腕が痺れるように揺れながら空中に弾かれた。

「な、どうなってんの!?」不測の事態にこれまで余裕を保っていたオクタアンクも動揺を隠せない。弾かれたその腕は生命力を一気に失ったように動きが止まると剣に切り裂かれたかのように細切れに千切れ落ちた。


「スクリーマーブレイド。これが新たなオレの能力だ」騎士の姿に生まれ変わったイル・スクリーモが手に取った大剣を身体の前で構える。その刃には今にも大声を叫びを上げんとする面妖な男の顔が掘り込まれていた。

「剣の切っ先から物質を破壊する振動を流してるってワケか。でもこれで闘いがシンプルになった。ゴリ圧し決戦だ!」残りの6本の腕を一箇所に集合させ、時間差でスクリーモ目がけて振り下ろすオクタアンク。

「無意味だ。勝敗は決まった」俺が息を呑み込んで触腕と刃の攻防をその目で見届ける。残りの腕は全て破壊され、その主であるオクタアンクの頭上にはイル・スクリーモが持つ大剣が振り下ろされた。

 圧倒的不利を鋼鉄の意志で覆した闘士による無慈悲なる渾身の一撃。闘いが終わり、元の場所に戻される俺たち。それと同時にアクターの変身を解除される。「…ボクの負けだ。降参します」オクタアンクから人間体の姿に戻ったリュータローが顔の横に両手を挙げると囲いの女の子達が目をぱちくりさせながら正気を取り戻していく。


「六実!」俺は妹の六実に駆け寄るとその細い肩を両手で握り締めた。「俺だ!お兄ちゃんだ!判るか六実!」六実はぼやけてた視点を俺に合わせると「な、なんなのよ。気持ち悪い」と呟いて目線を背けた。

「どうやら洗脳は解けたようだなぁ?」白木屋が勝ち誇った表情でズボンの両ポケットに手を差しながらリュータローに近づいて周りを見渡してこう言った。

「おまえら、こいつに操られてたんだ。オレが助けなきゃこのガキに全員犯されたところだったんだぜ」「えっ?どういうこと?」「それまじ?」「精力つよくね?」リュータローの近くに居た女の子達がざわつき始めた。

「…そういえば家を出たときから記憶がないかも」友達の家に遊びに行くはずだった六実も小首をかしげる。「ちっ、人が集まってきやがった」歩道脇に溜まった人の波を見ながら白木屋はその白髪頭を掻き揚げて女の子達に言った。

「今日の所は撤収!どうせお前ら操られてる時にコイツと連絡先交換してるんだろ。異議申し立ては個別にそこでやれ。おい、お前は残れよ。話がある」そう仕切ると女の子達は訝しげな表情を浮かべながら歩道の向こうへ歩いていった。

「すいませんでした!ほんとに、すいませんっしたー!」さっきとは別人のように腰を低くして去っていく相手一人ひとりに頭を下げていたリュータローに声を掛ける。「ゆ、許してください!悪気は無かったんですっ」リュータローはコンクリートの壁際まで後退すると助けを請うようにして俺たちに言った。

「ボク、市内の小学校に通う喜多竜太郎っていいますっ!クラスで人気者になりたくて女の子と初エッチをしてみたかったんだ!」「は、はぁ?おまえ小坊かよぉ!?」思わず白木屋の声も裏返る。良く見るとベストに付けられた名札には『6-3』のバッチが光っている。

「あのなぁ、おまえなぁ」歳相応のリュータローの背丈に並ぶと白木屋は彼の頭をくしゃくしゃ掻き回しながら諭すようにして言った。

「お前の歳で女囲ってハーレムつくろうなんてリアルに10年早いんだよ。この人を見てみろ。お前の倍、生きてても女と手も握ったこともないんだぜ?」俺の方に指を向けられ、六実が「うわ、きんもー」と蔑むと「手ぐらい握ったことあるわ!運動会のフォークダンスとかで!」と俺は抗議の声をあげる。


「で、なんであんなやり方を実行に移した?セックスするだけなら相手はひとりでいいハズだぜ?そもそも女を洗脳するなんて犯罪…」「オトナ達はずるいよ!」言葉を遮るようにしてリュータローが拳を握り締めて俺たちに叫んだ。何がずるいんだ?と問い質すと少年はつらつらと語り始めた。

「オトナは子供には勉強だスポーツだ、って強要してさ!自分達は子供の見てないトコロでやりたい放題じゃないか!たまにテレビを見ても不倫とかりゃくだつあい?とかくだらないことで盛り上がってさ!……クラスでまだ誰もエッチをした事をある子が居なかったからボクが先に経験して感想を言って周りたかったんだ」

 その言い分を訊いて呆れる俺たち3人。「性根が腐ってるな」「これがインスタ映えってヤツか…?」「アンタは黙って。経験ないんだから」妹の肘打ちを受けて情けなくその場でうずくまる俺。

「おいボウズ、お前の言うオトナの世界ってヤツ、覗いてみるか?」そう尋ねると鞄からSIMの入ったタブレットを取り出した白木屋。「えっ、まじ?それAV?」「ああ、無修正のとっておきだ」盛り上がるふたりを前に生ゴミを見るようなジト目で六実が呟いた。

「…ねぇちょっと、現役JKがここに居るんだけど」「好きにさせてやれ」平静を取り繕って目をきらめかすリュータローの肩越しに動画の再生を見届ける。動画が始めると白いタンクトップを来た筋骨隆々の男がカメラに向かって快活な声で話しかけている。


「さぁーやってまいりました武美壮の『気分壮快!百獣ファッカー』。今日のお相手はこちら!」男が手を差し向けるとカメラが切り替わり奇麗な色をした葦毛のサラブレットが画面中央に写りこんだ。

「えっ、これって」「繁殖期の雌馬はとても大人しいんですよー」薄いモザイクに囲まれた局部を晒しながら馬の後方に回り込む『自称:百獣の雄』武美壮。

「見てくださいよこのピンク色。人間の女でもこんなに美しい性器はありませんよ!…それでは大地の恵みに感謝して、いななきまーっす!」

 番組恒例と思われるくだらない武美の掛け声が響くとタブレットを覗き込んでいたリュータローが白目を剥いて口から泡を吹いてその場で崩れ落ちた。「もうやだ…」六実が真っ赤な顔を伏せるように俺の腕に身体を寄せてきた。ラッキーお兄ちゃんタイムである。

「理解したかクソガキ。これがお前の望んだフィルターのない世界だ」最高に格好悪いこの場面で決め顔を作り、敗れたリュータローに格の違いを見せ付けた白木屋。検索ひとつで無修正アダルトビデオが見れるこの時代でも、まだ小学生のリュータローにはアニマルビデオは刺激が強すぎたようだ。


 かくして少女達の貞操と白木屋の個人情報を賭けた戦いは終わった。「俺はアクター続けるぜ、日比野さん」不意な白木屋の毅然とした立ち振る舞いに俺は驚いて生返事を浮かべた。

「俺を勝負に巻き込む為にカマかけてたんだろ?俺なんかにリスク背負ってカード2枚犠牲にするとかアジズ・アンサリみてーで笑えるぜ」

「フ・・・どうだったかな?」ワザと敗れた事を問われると話をはぐらかすようにして俺は両手を顔の横で広げてみせた。「全ては釈迦の手の平って事かよ。まぁいい、結果的に勝てたんだ。感謝してる」白木屋は俺たちに背を向けると感慨深げに語り始めた。

「オレにこんなスゲー能力が秘められてたんだってな。闘いの後だってのに血が騒ぎやがる。次のオレの獲物はインドマン、あんたかも知れないぜ?」そう宣戦布告すると白木屋は覚醒したバトルで手に入れた『魔術師』のカードを指で摘まんで揺らしながら歩道の向こうへ消えていった。

 かつて協力関係にあった千我と白木屋も今は仲間という関係性では無い。それぞれに己の能力を磨き、知力とチカラの限りに闘うアクター・ロワイヤルで優勝を争うライバルであるのだから。


 その晩、日比野家の食卓には夫婦水入らずで牧場見学に行ってきた両親が腕をふるって盛り付けた馬刺しが並べられていた。それを見た途端、あの動画の映像がフラッシュバックした俺と六実は喉に込み上げた流動体の逃げ道を求めて競い合うようにしてトイレに直行していったとさ。

第九皿目 マンゴーラッシーのいうとおり

 -完-


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