Neetel Inside 文芸新都
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 アスレチックスの選手達は、それぞれのポジションの定位置で足元をスパイクで均して
いた。絶好のチャンスにおいて、投手に完璧に抑えられたプレッシャーが、ベンチの父母
応援団から感じられた。

ざわ……

 重苦しく澱んでいながらも、落ち着きのない空気が漂っている。

「ざわ……」

 口で言うのはやめてくれませんか、健太郎さん。
 マウンド上のモッさんが、指先でボールを転がして、ゆったりとしたセットポジション
で投球練習を始めた。

「サードォッ!!」
「オォッ!!」
「ボールバック!!」

 再びフィールド上の選手達が足元を均し、中腰で懐にグラブを構えた。

「この回……」
「だぁー!ちょっと待った!」

 キャッチャーの号令を制止して、モッさんがやかましい声を挙げた。その眼は力強く……
ベンチに向かった。

「葬式じゃねぇんだよ!こっちゃ初っ端からピンチなのに……」一度、言葉を区切ってか
ら「あと一回だけ守るんだからな!俺達より先にガス欠してんじゃねぇよ!!」
「ざわ……彼による立場の反転した激励で、また空気が動き出して……アスレチックスベ
ンチに活気が戻った。スイーツ(笑)」

 だから口で情景を表現して、おまけに俺のモノローグまで邪魔するのはやめてくれ。し
かもスイーツ(笑)って何の事だ。

「あのさ、健太郎……」

 プレイがかかった。

「ん?」
「何でさ、モッさんは五回にヒットが打てたんだ?……かなり確信持ってたじゃん」
「ああ、あれか」

 面倒臭そうに後頭部を掻いて

「右膝……だろうな」

 さぞ、俺の頭上に疑問符が見えるだろう。さぁ続けろ健太郎。

「セットポジションで、プレートを踏んでた右足の爪先が少しだけど内側に向いていた」
「クセ?」
「クセっつうか……あの投球上仕方なく、じゃないかな」

 そう言うと、健太郎が俺の目の前でセットポジションの体制を取った。
「これが、あの時に相手投手がとったセットポジションだ。この膝をどう思う?」

 すこし……内向きです。

「踵をわずかにプレートに乗せてるくらいだけどな、これで投球に必要な動きの内で三つ
の関節の動きの一部を省略出来る、つまり」
「そうか……あらかじめ捻りこんでテイクバックから右の股関節の動きを省略出来るのか」
「そーゆーこと。で、モッさんは投手のこの膝を見てたんだろうな」

 わざとプレートを外す動きを見せてから、健太郎がそう言った。

「でも……これ、スゲーやりにくいぜ」

 健太郎の言う事は理に適ってはいそうだが、一塁手を専門にやってきた、比較的股関節
が柔らかい俺にとっても、この体勢はなかなか動き辛かった。

「一朝一夕じゃないね。日頃からこのフォームでシャドーを繰り返してるはずさ」

 そんな健太郎の解説には、感嘆が篭っていた。

「じゃあさ、なんで最初からこのフォームで投げないんだよ?」
「あらかじめ捻りこんでいたって百パーセントの体重移動を実現出来るようなモノじゃな
いんだろう。幾ら柔軟な関節が助けていても……上半身の力をいつも以上に使う。そうそ
う制球、球速が安定するとは思えないね」
「それを……小学生が見抜いたって事か?」

 先頭打者を、粘られた末にショートフライに打ち取ったモッさんを指差した。はっきり
言って、高校野球でもそうは見られないくらい高度な分析力だ。それだけに信じ難い。

「ま、そういう事だな。誰かさんの日頃からの入れ知恵が実ったんだろうけど」


       

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