Neetel Inside 文芸新都
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「遠征中の事だったな……」

 そう言って、御手洗さんは当時の桜井の事、チームの状況などを織り交ぜながら、遠征
で訪れた山梨での出来事を話してくれた。

「……クロスプレーで」
「あぁ……タッチアップでの危険な接触だったよ。彼のブロックも完璧で、相手選手の体
格もかなりのものだった」

 桜井、中学三年時……遠征中にした試合での事だった。一進一退の攻防で膠着状態の続
いた中、相手チームが得点圏にランナーを置いたチャンス。そしてレフト深くに上がった
フライ。

「左脚の開放性骨折だった……即座に試合は中断、その場にいた全員が青い顔をしていたよ」

 最短距離での完璧な中継プレー、桜井の元へと届けられたストライク送球。桜井は決死
の覚悟で、本塁に突入してきたランナーに立ちはだかった。御手洗さんの説明は、当時は
桜井のチームに帯同していたコーチングスタッフだっただけあり生々しく、思うところの
多さが感じられた。

「最初は誰も……当のキャッチャーとランナーですら、一体何が起きたのか理解出来てい
なかったようだった。主審が困惑した表情で目を背けてすぐ、すぐに白いハズの自分の練
習着が真っ赤だったのに、お互いが気付いて……」

 御手洗さんの言葉がそこで止まった。言葉に詰まったのだろうか、ややあってから続けた。

「誰かが悪いワケじゃない……お互い中学野球最後の年、精一杯やりたかっただろうし、
練習試合でも結果を残せば名門校からだって声がかかりやすくなるかもしれない」
「でも……、つまり彼はそれを負い目に感じて」

 と、健太郎。

「相手の選手の怪我は相当深刻で……どうやらまともに野球をやる事はもう出来なくなっ
てしまったそうだ。プレー中の事故ではあったから、無傷だからといって誰も彼を攻め立
てるような事はしなかったよ。ただ、その後は彼がチームに顔を出す事はなくなった」

 頑丈なレガースに守られ、桜井は無事に済んだ。ただ、その心には深いキズを負って、
未だその痛みと戦っているのだろう。今朝の試合での、本塁クロスプレーへの桜井の尋常
じゃない怒り方の裏にはそういう事があったのか。

「だから、きっと子供達にはそんな自分と同じ徹を踏ませたくないのだろうねぇ。身体の
出来ていない子供の内には、接触のあるような危険なプレーはしてはいけない……そう、
ね」少し間を取って「贖罪……のつもりもあるんだろうけどね」と付け加えた。

「………」

 何か重い沈黙がしばらく続き、何を言うでもなく俺と御手洗さんが目の前の料理に箸を
付け始め、健太郎はお茶をすすった。


       

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