Neetel Inside 文芸新都
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「それじゃお疲れ様、みーんな風呂入ってから柔軟体操と今日練習で覚えた事を、しっか
りと思い出す事。ちゃんと自分のトレーニング状況はノートにまとめておけ」

 春先とはいえ、時計が夕方の五時を回ると辺りに夜の帳の落ちる気配が漂う。
 練習を終え、湯気の出そうな頭の少年達を並ばせて、スタッフを含めたチーム全員でグ
ラウンド挨拶を行い、桜井は疲れの色を見せる少年達に言い聞かせる。

「明日も練習だからな!早く寝ろ!以上!」
「きをつけ!!ありがっしゃーした!!」

 一様に帽子の型の付いた小さな頭が、一斉に俺達に向かって垂れた。つい数年前までは
自分がそちらの立場だった、というのがちょっと信じられなかった。

「暗いから近所のヤツはまとまって、気を付けて帰れよ。ほらノブ、スパイク袋忘れてる!」

 解散した後というのに、桜井はチームの子供達みんなに目をやりながら忙しそうにして
いる。それもちょっと一段落となったところで、桜井がこちらに顔を向けた。
 そして

「……今日はありがとう。お陰で助」
「すいません桜井先輩、ちょっと良いですか」

 桜井が不本意ながらも感謝の辞を述べているのを遮って、モッさんが彼を背後から声を
掛けた。

「……モッさん、まだ帰ってなかったのか?」

 ちょっと呆気に取られながらも、そういった部分を微塵も口調に出さず、桜井はモッさ
んにそう言った。

「迎えが来るんで……それよりも」

 モッさんの目が桜井をまっすぐに見つめる。

「いい加減、なんで自分で野球やらないんすか?」
「え?」

 モッさんの口調は、半分喧嘩を売っていた。それだけに、桜井は隠していた分も含めて
動揺を口に出してしまったようだった。

「今日対戦しました、そこの……前田さんと。十人に聞いて十人が、はっきり良いピッ
チャーって言う……と思います。あと佐々木さんもテレビで観る高校生より上手い」
「………」
「そんな人がなんで学校で野球やらないで、こんなトコロに来るんすか?この前のバッ
ティングセンターで誘った、その続きでしょう?」

 国分寺ペニーレーンのバッティングセンター、快音を響かせていた少年達の一人に、モ
ッさんがいたのは俺も覚えている。

「それは」
「俺だって知ってますよ、桜井先輩に昔何があったか」

 御手洗さんに聞いたか、または噂か。結局人の口に戸は立たないのか。クロスプレーで
の安全確保の様子を見れば、モッさんくらい図々しければ酒に酔った御手洗さんから聞き
出す事だってしそうだ。

「怖がるのは当然だけど、自分で野球をしないワケをアスレチックスでごまかすのはヤメ
てください」
「………」
「その手のマメはノックのタコじゃないっすよね?」

 桜井の掌は、半端な数では無い素振りを現在進行形でこなした者だけが持ち得る、強打
者のそれだった。

「前に俺に言いましたよね?“人はたった一言の勇気を出せば変わる事が出来る”って」

 正直、俺はモッさんがここまで饒舌で感受性の豊かな少年とは思わなかった。もっとス
ポーツ少年らしく、ガサツなイメージだったが、これはかなりの切れ者と言えそうだ。

「野球やりたいくせに……」
「………」
「感謝してたけど、それがデマカセだったなんて……悔しいっす」

 そう言うと、モッさんは何か一種のやりきった感を匂わせながらも、喧嘩売っているよ
うな表情で俺達に背を向け、エナメルバッグを担いでグラウンドを後にした。

「………」

 俺と健太郎は顔を見合わせ
(なんかオイしいトコロっつうか言いたい事全部取られたね)
 そんな目配せをして、改めて桜井の背中を見つめた。


       

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