Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

09 まるでダメな夏休み



この学校には夏休みはない。


……と断言してもいいほどの宿題の量。
さらには夏休み中10日ほど学校に来て授業をやるらしい。
夏休みは30日だから、1/3が潰れることになる。

ひどい学校だ。まるで牢獄である。
教室にはクーラーもないのでさながら真夏の学校は地獄と化していた。

クーラーがあるのは職員室、それと教員のみが使える特別教室の準備室と図書館である。
夏期講習が終わると、文学部とアニメ部の面々は図書館に集まってだべる事が多くなっていた。

※だべる……だらだらする、の意味。たぶん死語



雑談の中で、文学部の先輩からは作品の進捗はどうかと聞かれる。
私は自信を持って答える。

「超大作出します」

おお、と声があがると同時に、1人の先輩は苦笑い。
この2年生の先輩を、ヒロと仮に名付けよう。

「あまり長編はやめてくれよ……」

1年生の創作意欲に水を差すようなこの言葉。
別にこの人にやる気がないわけではない。
それはとある事情が絡んでいた。



当時、携帯電話もパソコンもまだ一般家庭には普及したばかりだった。
持っていない、と言ってもさほど驚かれることはない。
私がいるのは60歳に近い祖父母の家である。パソコンなんてあるはずもない。

文学部の作品は、PCで編集し印刷した物を発行していた。
手書きではない。だが、パソコンがないので私は手書きしかない。
誰かが私の手書きの文章をパソコンで打ち直しているのである。
その主な担当がヒロだったのだ。


つまり私の作品がでかくなるほど、時間は削られていく。
迷惑な事この上ないのだろうが、部誌を出すという名目上、やめろとも言えない。
私の作品規模によっては、彼は休日返上しなければならなくなる。

だが安心して欲しい。
彼の休日を救済する手段を、私はこの時用意していたのだった。

「祖母の知り合いが、パソコンを譲ってくれるらしいんです。
 これからはデータ形式で原稿を提出しますよ」


この時の彼の心底安心した顔は今でも覚えている。
鮫の海から1人だけ生還した人間はあんな顔をするのだろう。

私自身、手書きのままではいつまでも不便だし、
打ち直させるのは申し訳ないと思っていたから、祖母から話を聞いたときは
とても嬉しかった。

それにインターネットというものにも興味があった。
リノとネカフェで触ったことがあるが、あれが自分の家で使えるのは
夢のようだった。

私は、パソコンが届く日を楽しみにしていた。




そして届いた。
四角い筐体、キーボード。
印刷機のように分厚い底にはプリント機能がついていた。
……いや、もうこれ印刷機なんじゃないか?



それはワープロというものらしかった。
ワードプロセッサー。文章を書いて紙に印刷をするためのハードウェアである。
見た目はノートパソコンととてもよく似ている。




…………まあ、いいんだけどね。
データで渡せるのは変わりないから、先輩の負担は減るわけだし。
当時はデータの保存はフロッピーディスクでやりとりをしていた。
CDやDVDすらまだ先の話だし、オンラインストレージなんて未知の世界だ。
あの頃に比べて、世界は確実に進歩しているのだと思う。

こうして夏休み明け、文化祭向けの大作を、データで提出することができたのだった。



       

表紙
Tweet

Neetsha