Neetel Inside 文芸新都
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02まるでダメなおっさん(初代)

「あなたの奥さんを愛しています。
 どうか、私と結婚させてください」



……????
…………??????????

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以上が、当時の私の心境である。
同じ状況に晒されたら大半の人間が同じ心境に陥るだろう。

中流家庭、円満な夫婦。夕食時。
そこにおっさんが上がり込んできて、いきなり「お前の奥さんは俺の奥さん」宣言である。
異世界転生でよくあるパーフェフェクト主人公だって、この状況に遭遇して事態を一瞬で把握するのは無理だろう。
父も私も無理だった。弟も無理だった。
父は固まっていた。なんと言ってよいかわからない状態である。

だが、母親だけはそうではなかった。
青ざめていた。
そして、私はその男に見覚えがあった。



母親がメーターの検針をしていたのは前項で記述したと思う。
この男は、母親に仕事を教えた人物らしく、たまに家に来てお茶を飲んでいた。
2人でお茶を飲んで話をするだけだったし、何かいかがわしいことをしていた覚えもない。
少なくとも子供の前では。
だが、子供の前でなければやることをやっていたらしい。





母はこの男と不倫していたのだ。
もう1年以上付き合い、お互い真剣に愛し合っている。
結婚の話までした。
そのために家庭も捨てて駆け落ちする覚悟だったらしい。
まるでだめな男(初代)である。


乗り込んできたおっさんの話を総合するとそういう事らしい。
父は男をぶん殴った。


大の大人が吹っ飛ばされるのを、初めて見た。
父は空手をやっていたらしい。だが感情に任された一撃はとてもそうは見えない。
型も何もない。単純な力任せ。
それがその時の父の心境を語っていた。



幸か不幸か、父も母も地元の職場で知り合って結婚したらしい。
どちらの親も来るまで1時間程度のところに住んでいる。

もっとも、父方は祖父がすでに他界しており、祖母は70を越える高齢であった。
電車も1時間に1本しかないような無人駅の田舎町だ。
今でもコンビニすらない。
来ることは不可能だ。

そうじゃなくても、祖母はこんな話は不向きだろう。
祖母は普段、畑でトウモロコシを育てたり、じゃがいもを作ったり、
バスが迎えに来て、そのバスでスキー場に行ってゴミ拾いをすることを仕事にしていた。

ある時、そんな祖母のに布団の業者が来たらしい。
布団の業者は「この布団で眠れば健康に良い。どんな病気も治る」と言ったらしい。
価格は10万円だったそうだ。

祖母は買った。
父は怒った。
「そんな布団あったら病院なんていらないだろ!」
父がそういうと、祖母は「治った人がいるって言ってたぞ!」と言った。


父「誰にその話聞いたんだ?」
祖母「布団の業者にだ!」


こういう祖母である。
人を疑うということをまったく知らない。
この辺りはとても平和で、近所同士鍵をかけるという習慣すらない。
信じられない人もいるだろうが、私の祖母の家はそんなド田舎なのだ。








……話を戻そう。
そんな祖母が、自分の息子の嫁が不倫していたというこの事態に何ら役に立つとも思えない。
それどころか年を考えれば余計な心労をかけるだけだ。
子供ながらに、私も父方の祖母を巻き込むのは気が引けた。

母方の祖母はといえば、そこそこの町に住んでいて俗世に疎いわけではない。
祖母は近所のスーパーのレジ係として働いていたし、祖父も工場に勤務していた。

当時の年齢は、2人とも50代である。
この2人は祖父は18,祖母は16。早い話が法律が合法だと認めた瞬間が結婚の合図だった。
高齢かもしれないが元気に働ける。
父は母方の2人を家に呼んだ。


「……申し訳ない」
話を聞き、祖父が父に向かって土下座をするのを見た。
祖母は泣きながら母親を平手打ちした。
私は自分の幸せだった家庭が、音を立てて崩れるのを感じていた。


弟と私は、ここから大人の話だからと部屋を追い出された。
2人で無言でストリートファイターゼロで対戦した。
音量はいつもより大きめだったと思う。




この時の話し合いは、とりあえず落ち着くところで落ち着いたらしい。
今後どうするかは改めて場を取り持って決めるとの事である。
平日で、父も母も、祖父母も仕事があった。
私も弟も学校があった。

翌日、家の中はすっかり落ち着いていた。
だがこの日以来、父は母と夕食を共にすることはなくなったし、
母も笑わなくなった。
家の中が居心地の悪くなった。
落ち着いたというよりも、あれだけたくさん詰め込まれていたものが全てなくなってしまったように感じていた。
空っぽになったのだ。
リビングにいることに耐えられず、私はすぐに自分の部屋に戻る。

勉強したり、漫画を読んだりしながら私は、
“今はこんなだけど時間が経てば元に戻るかもしれない”と思っていた。
お花畑である。


……だが。
話しはここで終わりではなかった。
まるでダメな男(初代)が家に乗り込んで来た事件から数日。
また家のインターフォンが鳴った。


「あなたの奥さんを私にください」


2人目である。
母の浮気相手は、1人ではなかったのだ。

       

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