あなたは炎、切札は不燃
無題
コツン、コツン、コツン。
石室に靴音が響く。結露でどこかで水が滴る。
誰もいない電気椅子の上に置かれた雷刑器を、手に取る。
金属の冷たい感触、片手で持つには少し重い。手首のスナップを利かせるたびに、接続された鎖がちゃらちゃらと鳴る。
雷刑器のスロットは、バラバラだ。一段ずつ、親指で揃えていく。
頭部、頭部、頭部、――頭部。
全電一擲(オール・ブリッツ・クリティカル)。
前を向く。
対面の椅子に、彼女が座っている。
人形のように両手を揃えて膝に乗せ、静かに相手を待っている。その首には、鎖が巻かれていた。
二人を繋ぐ処刑器の鎖が、冷たく白く輝いているのが、少し眩しい。
慶は、一歩ずつリザイングルナに近づいていく。その足は重く、力なく、引き摺られる死体のようだった。
二人のほか、誰もいない。
足を止める。座る彼女を見下ろす。
その額に、
銃を向ける。そして気づく。
手が、震える。
指先が白くなるほど握り締められ、剥がそうとしても、剥がれない。
自分のモノではないように、完全に麻痺していた。
慶はそれを無表情に見つめている。
覚悟はしてきた。
そのはずだった。
俺は、俺はなんのために、
この船に乗ったんだ――?
最初の目的は粉々に砕け散って、もう戻らない。
だとすれば、為すべきことは、為したいことは、決まっている。
思い出せ。
強く、強く、もっと強く、
思い出せ、でなければ、
この引き金を、引けない。
引けやしない――
呼吸が荒い、膝が笑いそうになる、銃器が重い、両手で構える、
顔が歪むのが、わかる。
俺はいま、どんな表情をしているんだろう?
どんな顔で、深癒を撃とうとしているんだろう。
撃つはずじゃなかった。
撃つはずなんかじゃ――
それなのに、なぜ、どうして、この期に及んで、
俺は…………
深癒が、そっと手を伸ばしてきた。
身体が震える。
その手が、処刑器を壊しそうなほど握り締めた拳を撫でる。
視線が柔らかく、慶を射抜く。
唇が動いた。
「がんばれ」
結局、
真嶋慶は、引きたいカードなど、最初から一枚も引けなかったのかもしれない。
負けてしまう方が、よほどラクだったのだから。