Neetel Inside 文芸新都
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議論
二.起訴

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 ――小林辰三。
 身長174センチ体重68キロ。細身の筋肉質に坊主頭。“野球少年とはかくあれ”を体現したような男。性格は活発で正義漢。頭はあまり良くないが、周囲に自然と人が集まるクラスの人気者。入学直後のクラス委員決めでは、野球部仲間に茶化されるように学級代表に推薦され、そのまま着任。
 ――知念美穂。
 身長142センチ体重34キロ。陰気で孤立しがちなクラスの日陰者。文学部所属。生まれつき身体が弱いらしく、卑屈で嫌味な性格だった、とは小学校時代の同級生の弁。学級代表決めではまったく立候補者がおらず、学級担任に半ば強制されるように推薦され、着任。
「あなた、中島香苗を庇うのね」
 屈強な男と、虚弱な女。知念美穂が身を翻して後ろを振り返ると、二人は目線をぶつけ合った。
「庇うとか庇わないとか、そういうレベルの話じゃねえだろ。いいから、アイツに投票するの、やめろよ」
 小林辰三にそう詰め寄られると、知念美穂は少し考えるような素振りをして、今度は小林辰三だけにではなく、七人の選考委員皆に対して言葉を向けた。
「どうなんだろう……。これは、煽りとかじゃなくて、純粋な疑問。仮に、中島さんがこの会議でイジメられっ子に選任されて、学年中からイジメられるようになったとして」華奢といえばあまりにも華奢。病弱なほどにか細い彼女が、ぼそぼそと言葉を紡いでゆく。そして、戸惑う七人に対してこう問うた。「果たして彼女は、“悲しい”って思うのかな?」
 それはきっと、青天の霹靂のような衝撃だったのだろう。小林辰三の顔が青ざめてゆくのが、教壇から眺めている私にも把握できた。
「本郷立会人にこの会議のことを聞かされたとき、私はまっさきに思ったよ。なんて残酷な制度なのだろう。だけど、私たちの学年には中島さんがいる。素晴らしい生贄がいるじゃないか。なにも理解できない中島さんが“イジメられっ子”の大役を引き受ける。誰一人として不幸にならない、この制度に対する“最適解”だよ」
 小林辰三は食い下がった。
「お前、真面目に言ってんのかよ……」おぞましいものを見るような、恐怖の表情で知念美穂を見下ろした。「正気か? 気は確かかよ? だから、そういうレベルの話じゃねえっつってんだろうがよ。みんなでよってたかって中島をイジメるなんて、そんなん『ナシ』に決まってるじゃねえか……。だいいち中島は、お前が思ってるほどなにも理解できてねえわけじゃねえぞ。楽しいことがあれば笑うし、悲しいことがありゃあ泣くんだよ。あんまりふざけたこと言ってっと、ぶっ飛ばすぞ」
 言葉とは裏腹に、それは今にも消え入りそうなか細い声だった。
 それを受けて、また知念。ふーん、とわざとらしく鼻をつまむと、矢継ぎ早に言葉を綴った。
「じゃあ小林くんも、もしもこの学年にゼロの生徒がいればそいつは生贄にされても仕方ないって、それは認めるんだね?」
 ゼロ? と、小林辰三は少しでも時間を稼ぐかのように知念美穂の言葉を反芻した。
「うん、ゼロ。たとえば私たち健常者の“物事を理解する力”を100だとするとさ。もしそれがゼロの生徒がいれば、そいつを生贄にすることについては小林くんも認めたよね? 今」
 いや、認めていない。
 知念美穂は実に巧みだった。己のペースで会話を操縦しながら、相手の言葉尻を捕らえ、過剰に拡大解釈し、そこを責めた。わざと分かりにくい言い回しを選択しながら、相手に“自分の発言を理解させる”ことのみに傾注させようとするのも天晴である。
「“100”か“ゼロ”かを天秤にかけるのがアリならさ。“100”か“30”かを比べて、“30”の生徒に泣いてもらうのだってアリなはずだよ。小林くんは、きちんとイメージできてる? たとえば、百五十二人の候補者をすべてランクづけして、一位から百五十二位までを並べてみようよ。百五十二位は、他の追随を許さない圧倒的大差で中島さんなはず。なのに、小林くんの自分勝手な正義感で中島さんを救ったりしたら、代わりに裁かれる“百五十一位の生徒”は私たち“100”の人間から選ばれるんだよ? そこのところ、きちんと理解できてるわけ?」
「いや、ちょっと待てよ」と、ここで口を挟んだのは本条次郎。「それは詭弁だぞ知念。まず今の仮定の中で、なにをもってランクづけをしたのかがまったく不明だ。仮に『これまでに、より悪行を犯した者』というランクだとすれば、中島は百五十二位にはならないだろうし、中島の病気を槍玉に挙げた『能力の低さ』というランクだとすれば、そもそも能力の低さとイジメとの相関性が俺には疑問だ。イジメられっ子になるのは往々にして、性格が悪いとか、容姿が悪いとか、そういう要素の強い者だろう。そんなガバガバの理論で大人しく論破されてくれるのは、学校中探したって小林くらいなもんだぞ」
「本条、てめえ……!」
 本条次郎の憎まれ口にはすかさずツッコミを入れながらも、小林辰三の顔にはいつもの明るい表情が戻っていた。

       

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