近年、何らかの理由で青少年が立て続けに異世界へ転送されており、それが件の連続失踪事件の正体であったこと。
男の友人も、転送された青少年の一人であった事。
友人の身柄は、向こうの世界ですでに確保されており、現状命に別状は無いこと。
そして一人の少女が、そのことを伝えに男の世界へとやってきたこと。
「……ここまでは間違いないですね?」
オリンと名乗る少女の話を要約しながら、男はやかんを火にかけていた。
「はい、そういうことになります」
男の唸り声と、やかんの笛が不協和音を生み出して、男の表情は一掃歪んだ。
すでに日はすっかり沈んでおり、茶菓子と麦茶だけでは腹具合も誤魔化せない頃合になっていた。
「……それで、さっき話してた強制送還というのは?」
二人分のカップラーメンを作って、一つを向かいの席に勧めると、男は残った一つを手に席へと戻った。
食事前に手を合わせる文化が無いのか、オリンは会釈してからフォークで麺を救い上げた。
「先程お話したように、彼らがこちらに来たのは、我々の意図するところでは有りません。むしろ不正入国のような形になりますので、こちらとしてもお帰り願いたいわけです」
「帰したいなら、勝手にやれば良いじゃないですか。あなたがこっちに来た様に、魔法か何かで転送すれば良いだけでしょう?」
「それがそうもいかないんです……」
オリンが苦そうに麺を啜る。
「転送魔法と言うのは、基本的に送る側と送られる側の意思が同調していないと、上手く発動しないようになっているんです。要するに、向こうが帰りたいと思わないと帰れない仕組みになってまして……」
「まさかあいつ……」
「こちらの世界に未練は無いので、別に帰りたくないと……」
「あの馬鹿……」
男と少女の溜息が同期した。
「加えて、彼の場合少々面倒なことになってまして……」
「これ以上面倒な事が想像つかないし、何ならあまり聞きたくないんですが……」
「殆どの人は、異世界からの難民という形で保護しているわけなのですが、彼の場合は保護というよりは逮捕に近いんです」
「……逮捕?」
既に意外性の数え役満と化した居間であったが、男は再び自分の耳を疑っていた。
「逮捕って聞こえましたけど……あいつ、なにやらかしたんですか?」
「詐欺未遂です。その電子機器を、光と音を生み出す魔法の箱と偽って往来で売りさばこうとしていて……」
オリンが机の上のスマートフォンを指差す。
「最新技術を魔法と偽って販売するのは、魔法技術が確立されてすぐ、まだ一般に浸透していなかった時代に流行った古典的な手口なんです」
「そんな古典は聞いたことが無いですが、そうなんですか……」
「もっとも、彼の場合さほど珍しい電子機器でも無かったですから、特にだまされる人も居なかったのですが」
「あぁ、それで未遂なんですね……」
「言葉も通じませんでしたから、身振り手振りで販売しようとしていたようです。通りかかった親切な人が意思疎通を試みた結果、言葉は通じないけれど、どうも詐欺を働こうとしている疑いがあるということで、通報されまして……」
「惨め過ぎる……ってあれ?」
異世界の科学技術を侮った挙句、冷たい飯を食らう羽目になった友人に思いを馳せるうち、男は些細な疑問を抱いた。
「そういえば、おりんさんは普通に話できてますよね? 異世界の人間とは、言葉通じないんじゃないんですか?」
「あぁ、これのおかげです。こちらのイヤホンが聴いた言葉を翻訳して私に届けてくれて、こちらのマイクは逆に言葉を相手の知っている言語に変換するんです」
確かにオリンの耳には小さなイヤホンが付いており、男が耳を澄ましてみると、なるほどその声は口元ではなく胸元から発せられているように聞こえた。
「魔法技術と科学のハイブリッドで、最新型なんです。今は語学に強い人の方が就職に有利ですが、これが普及すればそのような事も無くなるのではないかと言われていて……」
「なるほど、スマホじゃ騙せん訳だ……」
手にした小箱が魔法級の発明のはずと思いあがっていただろう友人の姿を、男はいっそう哀れに思い浮かべていた。