Neetel Inside ニートノベル
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異世界人が働かない理由。
第四章

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(一)

 待ち人は現れなかった。
 僕は、端のほうに積まれた鉄骨に座って一時間余りを過ごし、十分に無為を確かめてから腰を上げた。
 廃倉庫をあとにしてからは、来た道を引き返して自宅を覗いた。
 玄関で帰宅を告げ、何事もなかったかのように迎えが現れることも期待したが、返ってくるのは静寂ばかり。
 無人の家には、一分一秒も居たくなかった。急き立てられるように飛び出して、あてどもなく住宅街をさまよう。足裏が痛くなるほど歩いてから、同じような道筋を堂々巡りしていると気づいた。
「ダメだ、冷静にならないと。デタラメに歩いたって見つかるはずがない。でも、手がかりって言ったら……」
 懐から地図を取り出す。目的地を表す黒点と、その周辺を表す模様。
 フウリが向かった先と無関係であるはずがない。残された文章からして、任務を遂行しようとしていた推測は成り立つ。
「もしかして地図を読み間違えたのか? 黒点が表してるのは別の場所だった? 実際、ィユニュルはあの場所にいたのに」
 ィユニュルの首を突き刺して殺した。あれだけ鮮烈だった出来事なのに、白昼夢を見たような気分になっていた。
「いいや、この際、読み間違えてたと仮定してみるしかない。そもそも、僕は地図の正確な座標を読み取れていないんだ。廃倉庫へ向かったのは、駅前のモニュメントと似たイラストがあって基準にできたから。……そうだ、基準からして勘違いしてたとすれば?」
 暗号解読と呼べるほどのものでもない。現世界人にとって易しくない表記について、僕はおぼろげに察してきていた。
 異世界から送られる地図の目印が、交番やショッピングモールでないのは無理もない。なぜなら、異世界人からすれば馴染みがないから。彼らにとって親しみ深いのは、ヒトにつくられた施設ではなく、自らでつくった建造物だ。フウリが、現世界侵略の尖兵になり得ると言い表したもの。ネアリアルを用いた認識阻害によって、最初からそこにあったように錯覚させるという。
 駅前のモニュメントだけではない。制作の意図がわからないオブジェなど、至る所で見かけたことがある。考えてみれば、住民にとって意味不明なものが、自治体によって置かれていることからして不可解なのだ。現代美術という曖昧な定義で受け入られていたふうだったものは、すべて異世界人の仕業だった……。僕はきっと、現世界ではじめて真相に気づいた人物だろう。
 ともかくとして、僕の勘違いを確かめる方法はハッキリしている。
「夜空を読み解くときに、星座を探すのと同じだ。一つの点にこだわっていても仕方ない。他を調べないと」
 方針を定めて、タクシーを止める。
「お客さん、こんな時間に手ぶらで海なんて、何しにいかれるんですか」
 目的地を告げると、運転手は訝しそうにしている。時刻は夜になろうというのに、荷物も持たずに冬の海は不自然なのだろう。入水自殺でも疑われているのかもしれない。
 空いた道を走ってしばらく、後部座席を下りると水平線が広がっていた。
 林と海の境目をコンクリートで整備したエリア。立ち位置の駐車場からは、三百六十度を広大に見渡すことができる。
 探索はものの数分で済んだ。
「あった……」
 駐車場の外れ、波の寄せる海岸にオブジェが置かれている。針を突き刺された親指のデザインは、地図のイラストと一致する。
「やっぱり間違えてなかったんだ」
 他も当たってみなければ確定とは言えないが、ほとんど決まりだろう。
 予想していた通りではある。僕がィユニュルに会ったのは事実なのだ。勘違いしていたとすれば、あいつは地図で示されているのとは別個体であり、遭遇したのは偶然ということになる。あまりあり得そうもない。
 確認によって、前向きな推論が導かれた。つまり、僕は正しく対象を殺せていたのだから、フウリがィユニュルに喰われてしまったセンはない。
 しかし同時に、事態はさらに難しくなったともいえる。フウリがどこへ消えたのか、行方を探る手がかりは尽きてしまったのだ。

       

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