Neetel Inside ベータマガジン
表紙

ミシュガルド聖典~仰~
千年竜の遭遇日記

 ――鬱蒼と茂る森を歩いていた。
重い羽音が上空を飛び回っていたが、襲って来る気配は感じられないので知らぬふりをしていた。
二の腕を何度も擦る。先程まで雪の渓谷を探索していた。日照りのある土地で、冷え切った身体を温めたかった。
 森を抜けたところで、羽音のする方から制止の声が聞こえた。
そして目の前に降り立った来た声の主は、見た事の無い半竜化した竜人の男だった。
戦慄を覚え、身構えた。敵意は見られなかったが、この男からは只ならぬ力が沸々と湧き出ているように感じたからだ。
一歩、また一歩男が近付くにつれ、こちらも後退る。要件を問うと、男はこちらが認識する前に素早く顔を近付け、匂いを嗅いでいた。
思わず引き下がると、竜人の男は何かを思い出したような顔をして、改めてこちらに向き直った。
 男の口から出たのは、養父の名だった。
そしてその名を知っているかと訊かれたので、素直に親代わりであると答えた。
すると男は嬉しそうに顔を明らめ、養父とは旧い友人だったのだと話してくれた。
 男は名をアイギュリー・ディロゴールと言った。呼びづらい名だと言うと、ディルと呼ぶ事を許してくれた。
ディルはまだ幼かった養父の事を、懐かしそうに話してくれた。大人の姿でしか見た事が無い身としては、何だか少しこそばゆいような不思議な感覚だった。
 だが、疑問があった。
確かに養父は己の事を多くは語らないが、友の事ならばいつも嬉しそうに話していたのをよく憶えている。
しかし、養父の口からはディルの話は一度も聞いていない。
包み隠さずその事を話して、喧嘩別れでもしたのかと問うと、ディルはほんの一瞬だけ寂しそうな顔をして、そうではないと答えた。
 彼は、千年もの間封印されていたらしい。空腹に駆られ他種族を食らっていたのもあったが、希少な種族である為、襲って来る狩人達を返り討ちにしていたのが事の発端だったそうだ。
並大抵の力では勝てない事が一目瞭然であるディルを、何故そうまでして狩人達は狙っていたのだろう。
その理由は、彼の胸部に埋め込まれた「魔晶石」というものにあった。
高濃度の魔素が凝縮されており、その力はマウグや魔胆石ですら足元にも及ばない代物だそうだ。
当然、この魔晶石はディルの身体の一部である為、これを手に入れるには彼を討伐するか、或いは手懐けるに他は無いのだ。
 ともあれ、その"返り討ち"が行き過ぎてしまったが為に、危険な存在とされ封印されてしまったらしい。
同情の念が湧いた。恐らく養父も、同じような思いで彼と接してきたのだろう。魔晶竜という稀な存在として生を得たが為に、安らぎに焦がれる日々を送る羽目となったのだ。
 養父にディルの事を伝えると約束すると、彼は一層楽し気に笑った。こちらからすればすっかり見慣れている大人の養父を、一目見てみたいものだとそう言った。
人間族が多数居る場に留まっている為それは勧めないと返すと、彼は少し不貞腐れたような顔になった。一度封印されている身としては、仕返しと護身以外で不要な争いは避けたいらしい。
 ともかく千年経った今、自分を知る者など居るまいと思っていた矢先の事であった為、随分と機嫌が良いようだった。
また会える事を互いに願い、飛び立つディルを見送った――。

「――って書いてある日記みたいなのを、ウラシマって人が他のクエスト中に見つけたらしいんだけど……」

 クエスト発注所の奥まった所の部屋で、向かい合っていたのは一人の人間とエンジェルエルフ。
人間の方はこの発注所の所長ホルト=ハイントであり、外気に触れて少し劣化していた紙切れを眺めていた。
同様にその紙切れを眺めて考え込んでいるのは、千年竜の調査を発注した魔法監察官長クローブ・プリムラという男性のエンジェルエルフだった。
この紙切れには千年竜と遭遇した際の事が記されており、亜人と思しき筆者が道すがら書いて、旅の途中で落としたものと見受けられた。

「千年よ千年! それ以前に父親が知り合ってるって、一体どこまで寿命があるのかしら?」

 呆れた溜息を吐くのはホルトの方だった。この日記には、信憑性が無いものだと判断しているらしい。
しかしクローブは未だに黙り込んだまま、日記の一文字一文字を丁寧に見つめ続けていた。

「そのウラシマという男、種族は?」
「確認の為に素顔を見せてもらったけど、あれは恐らくオーガ族かしらね」
「……そうか」

 開口一番に、調査資料を持ち出した男の特徴を訊くと、クローブは眉を潜めた。

「回りくどい真似をする……」
「え?」

そして呆れて溜息を吐いたクローブの言葉を、ホルトは訊き返した。
しかしクローブは敢えてまた日記の方へ向き直り、その検査の結果を口に出した。

「信憑性が無いとは言い切れん。この日記にある"養父"という者には心当たりがある。だが、直接その者に調査の協力は出来んだろうな」
「あらどうして? 心当たりがあるなら直接聞き出しちゃえばいいじゃない。それともやっぱり、その"養父"ってもう死んでるの?」

 意外な発言に驚くホルトに、クローブは説明しづらそうな、少し面倒くさいと言いたげな表情をした。
そして長い溜息を吐いた後で、日記に書かれたある単語をとんとんと指で叩いてこう答えた。

「"旧友"を売るような真似は、恐らくあの男には出来ん」
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