Neetel Inside ニートノベル
表紙
 事務所内の雰囲気は、思いのほか落ち着いているように感じた。



 キムの事務所は、千寿の繁華街からやや逸れた場所に位置しており、一見すると不動産屋のオフィスとそう変わらない。



 ウツミが案内された応接間は十四畳ほどの広さだった。中央に長めのテーブル。その両脇に一人用の黒いソファが四つ。棚には外国製の壺などの骨董品が並べられている。



 ウツミは目の前のキムと握手を交わすと、促されて席に着いた。



 キムは人当たりの良い男だった。角刈りに太い眉、がっしりとした肩幅の容貌とは反対に、柔和な笑みを浮かべ、透き通った声で話す。



 ウツミが千寿署へ配属されたとき、キムは下っ端で、傘持ち担当だった。だが、この一年の間に、持ち前の巧みな交渉術と強い悪運で、次期会長を狙うまでにのし上がった。



 ただ、それゆえに敵は少なくない。構成員の間では、キムが先代会長を殺害した黒幕とする声も上がった。ウツミも内心、そう勘繰っていたが、目の前のキムの表情は、傘持ち時代の当時とそう変わらないように見えた。



「まずは、捜査の協力に感謝します。キムさん。」



「分かっていますよ。今朝の通り魔とウチの関係を聞きに来たのでしょう。」



「そうです。あなた方と被害者とは立ち退きを巡るトラブルが有ったと聞いていましたので、何か情報を得られれば、と。」



「ご協力しましょう。ですが、私は貴方との間で貸し借りをしたくない。」



「勿論です。有益な情報の見返りとして、此方は勾留している二人の釈放を考えます。」



 恐喝の容疑で逮捕したキムの部下だった。共に、被害者のマンションにも出入りしている。



 普段の自分であれば、こういった手段は使わないだろう、とウツミは自嘲気味に思った。だが、犯人はシグレに間違いはない。彼女はアリスの母を殺し、自分も殺そうとした。次は何をするのか分からない怖さがある。



 キムは柔和な笑みを浮かべたまま、ふふっと頷いた。



「よろしい、ではお答えしましょう。今回の通り魔の犯人は、何者かが雇った殺し屋に間違いはありません。雇い主は未だ掴めませんが、恐らく同じ龍門会の者でしょう。私が会長となることに反対する誰か、です。」



「分かりません。では、なぜ敵対する貴方を助けるような真似を?」



「私は危機的状況にあります。私が殺し屋を利用する男だとなれば、先代の会長殺しの疑惑が強まり、立場が危うくなるでしょう。」



「貴方の仕業と見せかける為に、何者かが殺し屋を雇ったと?」

 出来の悪い話だ。そう思うと同時に、キムに対して失望に近い感情を抱いた。



「少し苦しくないですか、キムさん。率直に言えば、貴方は先代の会長殺し、今回のミハラセツコの殺害に関与していてもおかしくない立場にある。」



「私に殺しの動機があることは否めません。しかし、今回の事件で、私以上に得をした人間は多い。そちらを調査しては如何です。」



 口から出てきたのは、まるで子供の言い訳だった。

 これ以上話していても、時間の無駄になるだけに感じた。

「貴重な情報に感謝します。署に持ち帰って、その後の対応を検討します。」



 キムは突然、席を立とうとするウツミの腕を掴んだ。万力のような力で掴まれたウツミは、思わずキムを凝視した。いつもの笑みを浮かべつつも、目には威圧的な色を宿している。

「ウツミさん。貴方と私は友人だ。これからの為にもお互い協力することが大事。そうでしょう?」



「勿論です。そのときは、また。」

 キムは口元を綻ばせて手を離し、足早に部屋から出るウツミを見送った。



 そうすると、側近の男を一人呼び寄せると耳元で囁いた。

「シグレに連絡をしろ。金を上乗せする。生け捕りでなくともよい。今夜中に始末を、と。」



 男は一礼すると、部屋を出ていった。
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