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SIGURE The 1st Opera
水面の章

 父を愛していた。

 父は衆の中でひと際とび抜けて勇敢で、聡明な王だった。

 幼き日より、私は誰よりも父を敬愛し、誰よりも父の恩寵に預かった。私の美貌と才を父は愛していた。

 そんなあるとき、私は父の背に掴まりながら馬に跨り、エフライムの森へ向かった。そこには様々な種類の樹木の群落があった。

 父は樫木の前に馬を止めて言った。

 息子よ、この木を見よ、森を見よ、風の音を聞け、鳥の声を聞け、水の味を知よ、人を理解する為に必要なことは全てそこにある、と。

 当時の私には理解できなかった。ただ、敬愛する父の言葉通りそれを実践し続けた。それでも、私には理解出来なかった。いつしか私は実兄を殺し、父を追い、王を望んだ。

 だが、今は父との再戦に敗れ、一匹の驢馬に跨り、この森を往く。

 そこには丈の高い木があり、藪と岩場の混合した見通しのきかない場所だった。いますぐ父に会いたい。父の手から逃れているにも関わらず、何故かその思いが頭を駆け巡る。

 私は父のようになりたかったし、父のように生きたかった。

 そうだ。父は今でも、私が愛した父だ。殺されてもいい。今すぐ会いたい。だがもう引き返せない。今、私の目の前には、樫木の絡まりあった枝が向かってきていた。

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Neetsha