Neetel Inside ニートノベル
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 翌朝、もう女の子のゾンビはいなくなっていた。恐ろしいほどの静けさの中で、俺は世界がまだ終わっていないんじゃないかと妄想した。俺はこの部屋の子と楽しく暮らしていて、付き合っていて、彼女はいま俺のための朝食を作ってくれているのだ。ベーコンハムエッグ。ケチャップをかけて。そんなんでいい。そんなんでいいから、誰かに朝ごはんを作ってほしかった。
 下に降りると、まだ息のある被害者を、この家の住人が貪り喰らっていた。被害者は泣きながら俺を見上げていたが、俺にはどうすることもできなかった。ひやっとだけした。恐怖だろうか、気まずさだろうか。俺は台所を漁って包丁を一本だけ手に入れると、外に出た。いい天気だった。枯れた木の上で、鳥のオスがメスを喰っていた。チチチ、チチチ。鳥語はわからない。
 どこからか車の音がした。生存者たちだ。見るとジープに乗り込んだ男たちが、ゾンビを殺して回っていた。無抵抗のゾンビを。なんてひどいやつらだろう。黙って食われていればいいじゃないか。相手に何かを施そうという気持ちはないのだろうか。俺は小石をジープに向かって投げた。バンパーにあたった小石がきん、と硬い音を立てた。男たちは怒り狂って俺を追いかけてきた。俺は全力で走って逃げて、公園の崖から飛び降りた。大した高さではなかったが、ずり落ちて痛かった。かすかに肉がえぐれたが、つばでもつけておけば治るだろう。ひりひりする。
 会社をやめた時、後悔はなかった。俺はもう限界だったから。玄関の前でしゃがみこんで、涙が止まらなくなった時に、まともに生きるのはやめようと思った。何がまともなのかわからないけれど、この世界はおかしくなっていた。俺がいていい場所じゃなくなっていた。だから、今、とても傷は痛いけど、ここは俺がいてもいい世界なのだ。俺は死ぬかもしれないが、ジープのあいつらだって今頃ゾンビどもに貪り喰われているかもしれない。同じだ。この世界にはもう、どこにも逃げ場などない、イーブンで公平な世界になったのだ。もう誰も助かりはしない。俺はあるき続けた。誰かを探し求めて。
















       

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