Neetel Inside ニートノベル
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 学校のなかでもとびきりの美人と行動できる。それはきっと誇らしいことなのだろう。梓は綺麗だ。みんな梓と付き合いたがっている。高嶺の花だ。とても届かない。確かサッカー部の誰かと付き合っていた。俺はそいつを殺した。それができるチカラがあったから。それを手に入れたから。
 梓は周囲をうかがっている。死者どもはいつだって俺たちを狙っているのだ。

「気をつけて、藤堂。何があってもあなたは私が守る」
「ありがとう」

 俺はじんわりと胸に染み入る暖かさを感じた。手の中の拳銃を握りしめる。俺はこれで泣き叫び許しを乞うサッカー部を殺した。なぜなら俺はサッカーが大嫌いだから。あんな球蹴りの何が面白いのかわからない。俺が価値を見いだせないものは死ぬべきなのだ。だから殺した。脳みそをふっとばして。
 俺は……いつだって阻害されていた。どうして阻害されるのかわからなかった。いつだって部外者で、他人で、邪魔者扱いだった。ずっと我慢してきた。でももうそんな我慢もしなくていい。俺は負けなくなったのだ。人を殺したが、罪悪感を覚えたりはしなかった。それほど強く俺は悲しんだのだ。その痛みをみんな味わえばいい。
 夕方の校舎に人気はない。足元を見ると倒れた生徒が血を吐きながら死んでいる。どれぐらい生き残っているのだろう。俺は梓に声をかけた。梓が振り向き、青い目が俺を見つめる。目の瞳の色は青に限る。

「梓、俺、疲れちゃった。どこかで休まないか」
「でも、どこで?」
「保健室はどうだろう。ベッドがあるよ」
「いい案ね……」梓は二階から下を見下ろしながら、
「私が先行するわ。藤堂はついてきて」
「わかった」

 梓が壁に背を貼り付けながら、階段を下っていく。俺は隠れもせずにそれについていった。だってそうだろう、隠れてこそこそするなんて、昔の俺みたいだ。俺は変わったんだ。みんなが望んだように。

「……山下」

 梓が苦しげに呻いた。みると同級生の山下が血まみれの姿で俺たちを見上げていた。腹から臓物が垂れ下がっている。誰かに喰われたのだろう。

「ごめん……」

 梓はどうして悲しんでいるんだろう。俺がいるのに。俺と二人なのに。俺たちさえいればいいじゃないか。山下? 誰だそれ話したこともない。全然大事なんかじゃない。
 銃声が校舎に鳴り響いた。梓は硝煙を上げている拳銃の先端を見つめながら息を荒く浅く吐いている。風邪のひきはじめみたいだ。コロナウイルスはとっくに鎮圧されていたが、まさかこんな絶望が直後に待っているなんて、人類は察しもしなかった。愚かなやつらだ。終わりはいつだって俺たちのそばにあったのに。
 俺は倒れた山下の死体を転がした。頭をふっ飛ばされている。灰色の脳みそがこぼれ落ちている。それを上履きでずりずりと床にこすりつけながら、俺は梓を振り返った。

「いこう」
「……あなたは何者なの? 藤堂。どうして平気なの?」
「どうして? 生き延びたいからだよ。君と二人でこの地獄を生き延びなきゃ。俺はそのために、そのためなら、なんだってできるよ。だって、そうしなきゃ死んでしまうだろう? 死ぬのはよくないことだ。死んだら負けだと親父は言ってた。今だけは、親父が正しいと思う」
「藤堂……」
「さ、いこう。保健室にはきっと何か食べ物があるよ。ゾンビはお菓子を食べないから」

 俺たちは暗い廊下を、拳銃を構えながら進んでいった。俺は下腹部からせり上がってくる恐怖と興奮を織り交ぜた性欲に似た何かを感じていた。でも勃起はしていなかった。俺は遺伝で、勃起ができない。




       

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