そして舞台は空き地に戻って――、
動かないでいるうちに状況は悪化の一途を辿っていた。
絶え間ない銃弾の嵐が土管の周囲にばらまかれ、僕は土管と壁の間の狭い空間に閉じ込められた形になってしまう。右も、左も、上も、当たれば悶絶してしまいそうな高速のゴム弾が飛び交っている。
彼らは僕の逃げ道を塞いで接近し、そして確保するつもりなのだろう。
と、勝ちを確信したのだろうか、不意に、
「諦めて抵抗せずに出てくれば発砲はやめてやるぞ!」
声が言った。
こめかみの辺りが反射的に引きつってしまう。
全く、まだそんな詭弁を繰り返しますか。
もはや僕には苦笑しか出来なかった。さっきは猫を被ったけど今度はその必要はない。
そんな余裕もない。
「ふふっ」
気付けば横隔膜のあたりが痙攣でもしたかのように堪えきれない笑いが喉からこぼれた。
「くふふ、ははっ、あはは……あははははははっ!」
やまない銃声にかぶさるように、僕の笑い声は大きくなっていく。
だってこんなにおかしいことはない。
何が抵抗しなければ、だ。そもそものきっかけは抵抗どころか何の悪さもしちゃいないドラえもんをこいつらが殺したことなのだ。
「な、なんだ?」
僕の異常に狼狽したらしい声が尋ねるが、僕は答えない。
しばらく僕は笑い続け、ようやくそれにも疲れてきて、声も出なくなってきたところで吐き捨てるように呟く。
「黙れ」
その声は自分でも信じられないくらいに低く、暗かった。
気付けば強く握りすぎていた拳の中で爪が手のひらに食い込んで微かに血を滲ませていた。その痛みで、あまりの激情に何処かに飛んでしまいそうだった意識が現実に引き戻される。大丈夫、僕は冷静だ。今吐き出したおかげでさっきより冷静になれたかもしれない。
――フゥ。
大きく息を吐いて現状を確認した。
すでに逃げ場はなく、奇襲に失敗した上、ロープに接触してもいしころぼうしの効果で相手を認識できない。ロープは使えない。そう判断した僕は切り札だったものをあっさりと指から外し、代わりに両手の人差し指に空気ピストルを装着した。
考えるまでもなく、危機を乗り切るための策はいつだってシンプル。
撃たれる前に撃つしかない。
僕はゆっくりと両手を左右に広げた。
大空を飛ぶ鷲をイメージし、姿勢を低くして、両腕を斜め上、狙い胸の高さに来るようにして固定した。
空気ピストルをつけた人差し指だけを伸ばして、完全に動きを止めると、全身の神経が張り詰めるような感覚があった。
――パンパンパンパン。
壁に当たって跳ねたゴム弾が目の前に転がった。
直径6ミリほどのゴム製の球体、一見子供のおもちゃと見紛うこれがなかなかに侮れない。喰らえば青あざではすまされないだろう。
恐くないといえば嘘になる。
逃げたくないといえば嘘になる。
僕は本来部屋で何もせずゴロゴロ昼寝をするのを好むような人間なのだ。
だけど、それでも、戦わなければいけない瞬間はあると思うのだった。
――ふぅ。
大きな息を一つ吐いて目を閉じる。
どうせ相手の姿は見えないのだ。
いつ、どこを打てばいいかは“指先が教えてくれる”。
――パンパンパンパン。
目を閉じたおかげだろうか、止め処ない着弾音もどこか遠く感じた。
呼吸が深くなる。
緊張感が高まって、無意識に呼吸の回数そのものが減っているのだ。
そのため、興奮していた感覚が急速に落ち着いていく。
時間が、とてつもなく長く感じた。
まだか、まだだろうかと焦る気持ちを必死で押し付けた。
――不意に、ピクンと、まるで見えない何かにひっぱられるようにして指先が動き始めるのを感じた。
その一瞬、
僕は目を開いた。
その一瞬、
指先が確かに“何か”照準を合わせるのを感じた。
その一瞬、
相手の照準器も僕を捕らえただろう。
その一瞬、
――ポン。
僕の両手の空気ピストルがそれぞれのタイミングで空気の塊を吐き出し、一瞬遅れて、狙いをそらしたゴム弾が地面を抉った。
僕はそれを確認するよりも先に、素早く起こした上半身を軸に、伸ばした両手を時計回りに振り回す。
ほぼ真後ろに指先が辿り付いたところで指先がピクリと跳ね、僕は迷わずトリガーを引いた。
そのまま上半身ごと体を回し、立ち上がりながら振り返るが指先に反応はない。僕はそのまま土管を駆け上がり一気に広場のほうに飛び降りる。さっきくじいた足首がずきりと痛んで着地に失敗しそうになったけど、なんとか気合で体勢を立て直した。
――自分の力を信じてみるもんだな。
内心で思う。しかし、当面の危機を乗り切ったに過ぎず、それはまだまだ続いているのだった。