Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

「どういうことだ?」
 とぼけた声で所長が尋ねる。
「すいません。まさかまだ動けるとは思わなくて。だけどもう強制脱力域を最大限まで広げましたから、絶対に動けませんから」
 すがるような声でドラえもんが答えた。
 なるほど、よくはわからないけど僕の自由をうばっている道具の出力を最大にしたらしい。どおりで口を開くこともできなければ、目もあけられないはずだ。
「絶対、絶対に、ね。いい言葉だ。それは未来を保証するものだからな」
「はい」
「まぁ、ともあれ任務ご苦労だったなDR02。君は見事に任務を完遂した」
 そうして完全に自由を奪われた僕には、二人の声だけが聞こえた。
「僕は……廃棄されるんですか?」
 確かめるようにドラえもんが尋ねる。少しだけ声が震えている。
 僕は耳を塞いで叫びたかったけどそれは叶わない。所長が淡々とそれに答える。
「あぁ。これで実験は終了だからね。君は期待されていた結果をもたらした。感謝しているよ、DR02。」
「そう……ですか」
 俯いたのだろうか、彼女の声がくぐもって聞こえた。
「君は試作機だったからね。ヒューマニズムサーキットに問題があったんだよ。君は人に近付きすぎたんだ。だからセワシ氏のハウスキーパーとしてではなく、過去改ざん実験の検体として選ばれ、その役目を終えたわけだ」
「……はい」
「そして見事彼は未来を変えようとしたんだ」
 え?
「え?」
 僕の脳内の声とドラえもんの声が綺麗にハモる。僕の――、ではなく僕は――、だと?
「ん?」
 所長は彼女を馬鹿にしたようにとぼけてみせる。それに対して、おずおずといった調子でドラえもんが尋ねた。
「僕の使命は彼の意識を向上させ立派な大人にすることじゃ……」
 しばしの沈黙があって、所長が吹き出す声が聞こえた。
 それにこらえきれずに漏れたような笑い声が続く。
「くっくっくっく……ふふっ、はぁっはっはっは……ひぃひぃ、ははっ」
 始めは押し殺したものだった笑い声はしだいに大きくなり、狂気じみた哄笑に変わる。彼はひとしきり笑って苦しそうに呼吸すると、
「そんなのは建前だよ、DR02。君の目的は人と同じように思考し自律行動するDRシリーズの危険性を探るために、過去においてもっとも不確定要素の大きかった『変数』たる野比のび太と行動させ、時空間犯罪を起こさせることだったのだよ。
 それによってDRシリーズは犯罪者を生み出すという危険性を世間に知らしめ、機械の自律思考などというイカれた思想を打ち砕くことにあったのだよ。しかしまぁ、君にそれを話すわけにはいかないだろう? 『ネズミ』に君のトランシーバーを破壊させこの時代に孤立させたのもそのためだ」
「そんな……」
 突然の話に、彼女も言葉を失ったようだった。所長は気持ちよさそうに続ける。
「すばらしい計画だったよ。これでついでにずっと目の上のたんこぶだった変数の方にも制限を設けられるのだからな」
「そんな! のび太君には何もしないって!!」
 ハッとしたように大きな声を出すドラえもん。
「あぁ、何もしないよ。何もさせないがね。さて、それではそろそろ帰ろうか、DR02。それとも彼の前で惨めな姿を晒すかい? いや、違うな。もう晒したからこんなことを起こしたのか。まぁ、君のような機械に羞恥心があるかはしらんがね」
 呆然としたように押し黙ってしまったドラえもんをなじるように、馬鹿にするように彼が言う。僕は動かない口を必死で動し、血を吐くようにして言葉を吐き出す。
「ドラ、えもんを……そん……な名前で呼ぶ、な」
「クックック。まだしゃべれたのか、この犯罪者が」
 瞬間、頭に激痛が走った。靴で踏まれているのだろう。
 それでもなにもできない自分が、これ以上ないほど悔しかった。
「君にもずいぶんと苦労をかけられたよ、野比君。確かに人の行動にはある程度の幅が存在するものだが君の行動はちくいち場当たり的で突発的で、我々の存在を脅かす。過去など未来の奴隷でいればいいものを」
 じりじりと、こめかみの辺りを何度も踏みにじられる。
「やめてください」
 無表情な声で、ドラえもんが呟くまでそれは続いた。
 ゆっくりと僕の頭から足を離した彼はよほど興奮していたのか大きく片で息をしながら言葉を続ける。
「全く、馬鹿な男だ。こんな機械を救うために罪を犯した挙句に『みんなと一緒にいたかった』だ? 君も男なら聞き分けたまえ。そんなくだらない理由で他人に迷惑をかけてはならんのだよ」
 しばし沈黙があって、彼の荒い息だけが聞こえた。そして、小さな声でドラえもんがつぶやく。
「……な」
 それはあまりに小さすぎて、僕には彼女が何を言ったのかよくわからなかった。所長もそれは同じだったようで、神経質そうな声で、
「何か言ったか?」
 尋ねる。すぅ――と大きく息を吸い込む音が聞こえた。
 そして、

「のび太くんを、この時代の人達を馬鹿にするなっ!!!!」

 ドラえもんが叫んだ。

       

表紙
Tweet

Neetsha