Neetel Inside 文芸新都
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 関所から兵を退いて、二週間。作戦失敗の報を聞いた兵たちの表情は、まだ暗い。
「ハンスさん、僕の稽古相手になってくださいよ」
 ローレンだけが、妙に明るかった。
「冗談はよせ。もう私では、お前の相手は務まらん。アイオンに頼め」
「アイオンさんは元気がないみたいなんですよ」
 アイオンは、南から攻め入る軍の総大将だった。西、つまり我らの軍を囮にし、南から大挙して攻め寄せる作戦。成功の見込みはあった。だが、囮になるはずだった西に現れたエクセラ軍は、わずかに二千五百だった。
「方便に決まっているだろう。お前の稽古相手は疲れる。やりたくないだけだ」
「どの道、ダメじゃないですか」
「みんながみんな、お前のように武芸好きではないという事だよ」
「あのエクセラの将軍、ラムサスでしたっけ。あんなに強い男は始めて見ました」
「反乱軍では、お前が最強だがな。世界は広いという事だ」
「馬の差で負けただけです」
「なら、何故槍を持ってる。馬の差を埋めるなら、馬術を鍛えれば良いだろう」
「手厳しいなぁ、ハンスさんは」
 互いに笑う。戦が終われば、こんなものだった。ゆとりが出来る。緊張から解放されるのだ。
 反乱軍・・・・・・いや、グロリアス。私たちの国の名だ。エクセラ軍は、我らのことを反乱軍と呼んでいた。大衆はエクセラに付いている。だから、便宜上で我らも反乱軍と呼んでいるのだ。だがいつしか、胸を張って国名を叫ぶ。自由を取り戻すのだ。
「次の戦は、冬が明けてからになるな。もう秋も終わる」
 グロリアスは山岳に囲まれた国だった。山は季節をうつし出す。季節の度に、顔色を変える。
 エクセラは原野が中心の国で、気候も穏やかだ。それだけに、人が集まる。商業が発達する。国が栄える。グロリアスはそうではない。日中でも日差しが弱く、冬は寒さが厳しい。戦には向いてない国だ。だが、守りに強かった。天然の要塞と言っても良いだろう。
「エクセラの恐怖政治なんて、許せるものか」
 ローレンの顔つきが厳しくなった。そうだ。許してはいけない。エクセラがグロリアスを飲み込むと言うのなら、それに対抗するまでだ。
「ローレン、騎馬隊を鍛えておけよ。私たち反乱軍は兵力が少ない。質でカバーするしかないのだ」
「はい」
「それとアイオンに、元気を出すように伝えてくれ。参謀がその調子では、軍の士気は落ちる一方だ、と」
「分かりました」
 作戦は潰えた。だが、まだ生きている。国がある。民もいる。まだ終わってはいないのだ。

 それから一週間が過ぎた。
「多くは聞くまい。何故、お前がグロリアス領に居る? いや、何故来た?」
 私の目の前に座っている、この偉丈夫。三週間前、軍を交えたばかりだ。
 この男、近くでみると、圧巻だった。阿修羅の如き肉体とでも言えば良いか。鎧の上からでも、それが分かった。
 今朝、グロリアスの国境に、白旗を掲げたエクセラ軍がやって来た。いや、正確にはエクセラ軍と思われる軍だ。千程度の軍で、エクセラの国旗は半分千切れていた。
 そして、この座っている男こそが、エクセラの将軍、ラムサスだ。
「エクセラを追放されたのだ」
「ふん」
 思わず、鼻で笑った。何を言い出すかと思えば。
「それで、我がグロリアスに降伏か。わずか三週間前、殺し合いをした仲だぞ?」
「馬鹿な事をしているのは分かっている。だが、ここしか来る所がなかった」
 確かにそうだろう。エクセラにあえて対抗している国は、グロリアスぐらいなものだ。
「お前の判断か?」
「そうだ。俺の副官が提案し、俺が決めた」
「何故、追放された?」
 目を見る。嘘を言っているかどうかは、これである程度分かる。まるで、人を食い殺しそうな目だ。
「神王に謀られた。俺の存在が疎ましかったのだろう」
 わずかに威圧を感じるが、嘘を言っているわけではない。そう思った。
「エクセラの計略だろ、僕にはわかってる」
 今まで黙っていたローレンが、吐き捨てるように言った。だが、正当な意見だ。そして、最も有り得る事でもある。
「事実を証明する術を、俺は持っていない。だが、降伏を受け入れてくれるのであれば、俺はグロリアスのために剣を振るう。兵も一緒だ。共に、エクセラを叩き潰してみせる」
 威圧感。この男、底が見えない。
「今すぐには判断を下すことはできない。こちらにはこちらの都合がある」
「わかっている」
「だが、追放の件が本当であるならば、もうエクセラ領に戻る事はできまい。グロリアスに駐屯するのを許可する」
「ハンスさんッ」
 ローレン。手で制止する。
「感謝する。良い返事を期待している」
 立ち上がる。本当に大きな男だ。思わず見上げてしまった。
「駐屯地まで、監視がつく。構わないか?」
「あぁ、好きにしてくれ」
 背を向け、屋敷を出て行った。
「さて、どうするか」
「僕は反対ですよ。大体、グロリアス領に入れる事自体が無防備過ぎます」
 まだ若い意見だ。
「アイオン、お前はどうだ」
「良いんじゃないですかね。どの道、俺らの軍は戦力不足です。あの男の軍は強かったんでしょう。たった千でも、貴重な戦力になりますよ」
 私と同意見だ。だが、信用していいものかどうか。
「アイオンさん、正気ですかっ」
「ローレン、考えてもみろ。圧倒的な国力を誇るエクセラの将軍、しかも名の知れた将軍だ。その将軍が、地位を投げ打ってグロリアスに投降するのに、何の得がある?」
「それは」
「あれはおそらく真実。そして、神王はそれをやる人間だ。器量も小さく、ずる賢い、カスみたいな人間だからな」
「でも僕は」
「ハンスさん、どうするんです」
 ローレンとアイオン、二人が目を見てきた。

       

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