Neetel Inside 文芸新都
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「ドーガ、貴様ぁッ」
 反転。デンコウ、駆けろ。殺してやる。ドーガを殺してやる。
「ラムサス、何をやってるッ」
 小僧の声。ドーガを殺す。
「バカがやって来た。自分の感情も処理できないカスが、将軍とは笑わせる」
 ドーガが大軍の中へ消えていく。ふざけるな。
「逃げるのか、ドーガッ」
 叫ぶ。笑い声。それが余計に熱くさせる。デンコウ、駆けろ。稲妻の如く、稲光の如く。矢の嵐。全て払い落としてやる。
 だが、デンコウが棹立ちになった。
「何やってる、突き進め、デンコウッ」
 鞭を入れる。だが動かない。もう進めない。デンコウはそう言っているのだ。
「くそッ」
 敵軍が陣形を組み始めた。攻めてくる。それを見て、一気に冷静になるのが自分でも分かった。
「ラムサス、退けッ。関所まで下がれッ」
 ローレン。くそ、くそっ。
「ドーガ・・・・・・ッ」
 馬首を回す。これほどの無念があるのか。目の前で、ランドが殺された。
 ランドは、俺が幼少の頃からの従者だった。気が弱くて、いつも俺の出方を伺っていた。そのくせ、やる事なす事、全てが丁寧で、間違いが無かった。そして、あいつはどんな時でも、俺の味方だった。神王に謀られても、あいつは俺の騎馬隊を連れてきた。俺を助けに来た。戦もした事がないのに。武器も使った事が無いのに。馬で駆けた事だって、今回が初めてだったかもしれない。あいつは気性の穏やかな、滅多に走らない、歩く馬が好きだった。
 ランドの死体。主を失った馬は、立ち尽くしたままだった。
「ランド、お前の魂は俺が継ぐ」
 ランドの腰から短剣を取り、胸にしまい込んだ。その昔、ランドが護身用で身につけた物だった。
「お前の主は、勇敢だった」
 ランドの馬の手綱を引く。デンコウと共に関所に向けて駆ける。すでに反乱軍は、弓矢を構えていた。防衛戦だ。追い返す戦が始まるのだ。

「ラムサス、お前正気か。僕は目を疑ったぞ」
 ローレンが絡んできた。
 ひとまずはエクセラ軍を弓矢で追い返した。大混戦の直後だ。思うようにドーガも軍を動かせなかったのだろう。弓兵も奮戦した。エクセラ軍は元の場所まで下がり、陣を組んでいた。
「ランドが殺された」
「縁故の者か」
「そうだ」
「戦には死が付き物だ。弱いものは死んでいく」
 わかっている。そんな事は分かりきっている。だが、感情がそれを許さない。
「あいつは民だった。兵ではないのだ」
「なら何故、戦場に来た」
 分からない。ランドの連れてきた騎馬隊に聞くしかないだろう。だが、大体予想は付く。ランドは主人想いだった。あいつが自発的に行動したのだろう。
「まぁいい。ラムサス、ここからが正念場だ。エクセラ軍を本国まで追い返す」
「分かっている。奴らは大軍だ。それだけに、兵糧が命綱だ。そこを狙った方が良い」
「僕もそう思っていた。詳しい話は軍議で挙げる。お前にも出てもらうぞ」
 ランドが殺された。気持ちを切り替えようとしても、中々そうはいかなかった。人間は弱い。肉体をいかに鍛えようとも、精神は脆弱なのだ。たった一人の死でこうも脆くなる。軍議の事など、正直な話、どうでも良い。
 軍議が終わった。
 ローレンの騎馬隊が糧道を断つ事になった。その兵糧を、クラインが火矢で燃やす。当然、ドーガは妨害に出てくる。そうなったら、ローレンは逃げる。ドーガにとっては、かなり鬱陶しい事になるだろう。だが、これは大軍相手には効果絶大の戦法だった。ドーガは気が短い。勝負を焦ってくるはずだ。そして関所に突撃をかましてくる。そうなったら、奪った投石器と弓矢で迎撃する。これが俺の役目だった。俺の騎馬隊は、しばらくは任務が無い。
「デンコウ」
 厩。ランドと離れてからは、自分でデンコウの世話をするようにしていた。
「俺は戦が好きだ。何故なら、自分の強さを遺憾なく発揮できるからだ」
 デンコウの身体をゴシゴシと洗う。戦の後は、血生臭い。それを落とす。
「だが、ランドは死んだ。弱かったからだな。それを考えると、俺は戦をする意味を考えなければならない。そう思う」
 戦。強い奴は良いだろう。自分は特にそう思った。負けるはずがない、死ぬはずがない。自分の強さに自信があるからだ。だが、ランドのように弱い奴はどうする。死ぬしかないのか。上の人間のために、命を捨てるしかないのか。それは違うはずだ。人にはそれぞれ生きる道がある。
 エクセラは、神王は、兵の命など石ころ同然だと思っている。そして俺も、そう思っていた。だが、これは違うのではないのか。
 俺の中で、何かが変わろうとしていた。

       

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