Neetel Inside 文芸新都
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 駆けてくる。徒歩だ。ラムサスの一番弟子。
「ハンスさん、そいつの剣の腕は確かですッ」
 ローレンが叫んだ。目線は外さない。ラナクと名乗ったその男に合わせたままだ。槍を構える。受けるぐらいならば。
「僕が相手だぞ、ラナクッ」
 ローレンが背後から槍を突き出した。ラナクが身体をひねり、それをかわす。あのセンス、ラムサスに通ずるものがある。
 周囲を見渡した。敵だらけだ。早く退いた方が良い。クライン軍と合流するべきだ。
「ローレン、そいつは放っておけッ。軍を下げろッ」
「ですが、コイツはッ」
 槍と剣で火花を散らしている。馬上での戦いはローレンが制した。馬から落とした、とローレンが言っていたのだ。だが、あの戦い方、ラナクという男は、むしろ徒歩が得意なスタイルではないのか。あのローレンと五分の戦いを演じている。
「ローレン、私はお前を助けに来たのだッ」
「ですがッ」
 違う、ローレンは逃げようにも逃げられないのだ。ラナクがしつこくまとわり付いている。弓矢を構えた。矢で牽制する。その間に、こちらまでローレンを駆けさせる。
 狙いを定める。
「くそっ」
 撃てない。私の腕では無理だ。ローレンを上手く使って、盾にしている。あいつ、戦闘センスはラムサス譲りか。こうしている間にも、敵軍は確実に攻め入ってきている。兵たちが次々と殺されていく。
 焦るな。落ち着け。
 以前にも、こういう事があった。あの時はアイオンと私、ローレンでの戦だった。私は一人で慌てて、指揮を忘れていたのだ。それをアイオンがフォローした。
 アイオンはあの時、どうした? ローレンと敵将が争っている時、あいつは。
「ローレン軍、固まれッ」
 兵の指揮を執る。敵将はローレンに任せていい。ローレンを信じる。あいつは、こんな所で死ぬ人間ではない。アイオンは、瞬時に最善の判断を下し、行動していた。ローレンの助太刀が出来ないのであれば、私は別の事をするまでだ。
「このッ、僕をなめるなッ」
 ローレンが槍の柄尻でラナクの胸を突いた。尻餅をついたラナクを飛び越え、ローレンが白馬で駆けてくる。
「ちっ。だが、もう遅い。反乱軍、お前らはここで全滅だ」
 ラナク。表情には余裕がある。まだ何か隠し玉を用意しているのか。だが、どの道ここには居られない。
「よし、全軍反転ッ。クライン軍と合流するべく駆け抜けるぞッ」
 陣を組んだ。一つの円になる。駆ける。敵軍が覆いかぶさってくる。
「僕が先頭に立ちますッ」
 ローレンが白馬に鞭を入れる。ローレンを先頭にして、一気に突き崩す。私は中央に位置した。軍の、グロリアスの君主だ。戦死だけは何としても避けなければならない。
 君主が最前線に食い込む。考えてみれば、前代未聞の事だ。それほど、無我夢中だったということか。こんな最悪の状況なのに、気は昂ぶっていた。
「我が名はローレン、反乱軍一の武芸者だッ」
 ローレンの大音声。戦場中に響いた。敵軍が怯えた。軍には気というものがある。その気が一瞬にして縮こまった。ローレンめ、中々やる。
 一心不乱に駆けた。抜ける。突き崩せる。敵が紙のようだった。ローレンが駆ける。いや、貫く。敵軍の壁を、貫いていく。
「クラインさんッ」
「ローレン殿、ご無事でしたかッ」
 クライン軍と合流した。すでに乱戦状態だが、何とかこれで敵をさばける。ここを凌ぎきれば、伏兵で落ちた士気も取り戻せる。
 だが、その瞬間だった。両脇の林から、敵兵が飛び出してきた。一万は居る。
 死を、覚悟した。

       

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