Neetel Inside 文芸新都
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 伏兵。両脇からの奇襲。乱戦状態を飲み込んでくる勢いだ。
 謀られた。ラナクという男に。罠に嵌められたのだ。
 まず、ローレンとクラインを伏兵で襲い、私を前線に引き出させた。ここは賭けだったはずだ。しかし、もし私が前線に出ずに傍観していたとしても、第一の伏兵で前衛陣は壊滅していただろう。その証拠に、ローレン軍は統率が取れていなかった。放っておけば皆殺しにされていたはずだ。そして、その勢いでクライン軍も飲み込まれる。
 敵は二重に罠を張っていた。私が前線に食い込む事を計算に入れ、伏兵を二回に分けたのだ。
 死を、覚悟した。
 妙に冷静になっているのが分かった。敵の考えている事、計略が瞬時に頭の中を駆け巡った。
「死ぬしかないのかッ」
 前方はクライン軍が踏ん張っている。だが、乱戦状態だ。連携を取るのは無理と考えたほうが良い。左右に新手、背後に本隊。やはり絶望的な状況だ。完全に包囲されている。敵の勢いも盛んだ。
「ハンスさん、単騎で駆けてくださいッ」
 なんだと。
「私に兵たちを見捨てろと言うのか、ローレンッ」
 伏兵が戦線に突入してくる。騎馬だ。その背後を歩兵が駆けている。
「歩兵、槍を突き出して圧力をかけろッ」
 ダメだ。陣を組めていない。騎馬が歩兵を踏み潰した。突っ込んでくる。
「クソッ」
「ハンスさん、僕が先頭を駆けますッ。僕がハンスさんを守りますッ」
 馬鹿な。
「全力で駆けてくださいッ」
 白馬で駆け去る。待て、ローレン。
「待てッ」
 馬鹿な。兵たちを見捨てるというのか。今まで、私に付き従ってくれた兵たちだぞ。それを見捨てるのか。
「ハンス様、逃げ延びてくださいッ」
「グロリアスに必要なのはハンス様です、ローレン将軍の言うとおりにッ」
 兵たちが私に叫んでいる。私に生きろと言っているのか。
「ハンスさん、早くッ」
 ローレンが叫んだ。背後の本隊が迫ってきているのだ。
「ハンスさんッ」
 割り切れ。私は君主だ。私が死ねば、全てが終わる。今まで築き上げたものたちが、全て崩れ去る。割り切れ。私は死ねないんだ。
 歯を食いしばった。同時に、馬に鞭を入れる。駆ける。
「ローレン軍、ハンスさんのために命を捨てろッ」
 兵たちが雄叫びをあげた。
「さぁ、全力で駆けます。ついてきてくださいッ」
「クライン軍と私の軍が居るッ」
「逃がします、僕の軍が死を受け持ちますッ。さぁ、早くッ」
 ローレンが槍を構えた。そして駆ける。
 金属音がそこら中で鳴り響き、地面は死体と血で覆いつくされていた。死体の大半はグロリアスの兵だ。
 ローレン軍が、前線で抗っていた。旗を振らせている。退却の合図だ。それに気付いた私の軍、クライン軍が四散している。逃げ惑っているのだ。
 ローレン軍が見えなくなった。敵に囲まれた。いや、飲み込まれた。旗が倒れた。全員、殺されるだろう。皆殺しだ。エクセラは、神王は、反逆者を例外なく皆殺しにする。
 涙が出てきた。私のために。何の取り柄もない、凡人である私のために、多くの者が理不尽な死を迎えたのだ。そう思うと、やり切れなかった。だが、割り切るしかない。それが君主であり、上に立つ人間の宿命だからだ。
「私は、お前たちの死を無駄にはしない」
 世を平定する。これがせめてもの手向けだ。この戦だけではない。今までの戦で死んでいった者たちに対する手向けだ。
 駆け抜けた。鎧に無数の擦り傷を負っているが、無事だった。
 敗けた。ラナクはおそらく、この勢いでグロリアスに攻め込んでくる。どこで踏ん張るか。仮にグロリアスが陥落した場合、ラムサスとアイオンは帰る場所がなくなる。せっかく彼らが戦に勝っても、孤立無援の窮地に立たされ、事実上の敗戦となってしまうのだ。どこかで踏ん張らなければならない。
「グロリアスの国境で敗軍をまとめる。そこでエクセラ軍を受け止める」
 地の利がある。守るだけならば。生き残りの兵数にもよるが、やらなければならない。
 涙は、もう止まっていた。こんな所で、うなだれている場合では無い。そう言い聞かせ、駆け続けた。

       

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