Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

「そうか、あんたが」
 女がデンコウに目をやった。
「この馬……」
「デンコウだ。この牧場で一番の馬だ、と爺さんは言っていた」
「あんたがラムサスだったの」
 目を大きく見開き、デンコウの傍へと寄って行く。
「おい、よせ。蹴り殺されるぞ」
 デンコウは気性が荒い。ランドも最初の頃はよく蹴り飛ばされ、骨の一本や二本は折っていた。しかし、構わず女は近づいていく。
「おい、聞いているのか。蹴り殺されるぞ」
 俺は立ち上がって、女の肩に手をやり、ぐいっと引っ張った。
「大丈夫だよ、あたしの馬だ」
 馬鹿が。蹴られて思い知れ。そう思い、俺は腰を下ろした。
 しかし、デンコウは首を女の顔に擦りつけた。
「そんなバカな」
「久し振りだね。そうか、まだ生きていたか」
 女がデンコウの首を撫でている。初対面の人間に、デンコウが懐くとは。いや、久し振り?
「女、お前」
「女じゃない。名前がある。リンだ」
「悪い。デンコウとは知り合いなのか、リン」
「いきなり呼び捨てか。ま、旦那になる男だから仕方ないか」
 旦那? いや、そんな事はどうでもいい。
「デンコウとは知り合いなのか」
「あんたが連れてくまで、あたしが面倒を見てたんだ」
「説明しろ」
 リンが言うには、デンコウは親から育児放棄されたらしい。それをリンが引き取り、大切に育てていたのだ。だが、リン以外の人間には決して懐くことは無かった。しかし、そこに俺が現れた。デンコウが自分以外の人間に懐く。それは、信じられない光景だったという。
「それで爺ちゃんが、将来はあの男の嫁になれって」
「悪いが、俺はその気がない。第一、デンコウを奪った俺が憎くないのか」
「爺ちゃんが、あんたしかデンコウを扱える人間は居ないって言ってたんだ」
 爺さんの言うことなら、なんでも聞くのか。この女は。
「俺は馬を買いにきただけだ」
「あたしを妻にするなら、馬を売ってやる。いや、牧場ごとあげてもいい」
 この女。
「お前が牧場主なのか」
「そうだ」
「本当に牧場ごとくれるんだろうな」
「約束する」
 軍の編成には、騎馬が絶対に必要だ。この平地を制するには、騎馬が絶対に必要なのだ。だが、俺に妻だと。ハンス……いや、アイオンが何を言うか。
 しかし、背に腹は代えられない。騎馬は絶対に必要なのだ。
「良いだろう、お前を妻にする。その代わり、牧場だ」
「当たり前だろ。嫁に行くんだ」
 改めて、女に目をやった。それに気づいたリンが、姿勢を正す。
「美人だろ?」
 細い。しかも、ルースを少し劣らせたぐらいの容姿だ。
「お前より容姿の優れた男が、俺の友人に居る」
 今は敵同士。互いに天下を争い、剣の切っ先を突きつけ合っている。
「はぁ? 男?」
 リンを見て思い出した。ルース、お前は王となり、何を見た。何を見据えるようになった。俺は、もうお前を殺す覚悟はできているぞ。

       

表紙
Tweet

Neetsha