Neetel Inside 文芸新都
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 それから数時間、俺は、寒い寒いガラスのケースの中で、限りなくシースルーなプラスチックを身に纏っただけの姿のまま、裸に近い痴態をさらけ出す事を強要されていた。
 最早、俺たちにプライバシーや尊厳というモノなど存在していなかった。
 どうして俺たちは、産まれながらにこれ程の辱めを受けなければならないのか?
 果たして俺は、それほど大きな原罪をもって産まれたのか ……!?
 俺の怒りは、絶望の際(きわ)に垣間見た燃え盛るような激しいものから、冷たく鋭い凍てついたものへと変わっていた。
 しかしそんな俺の感情など関係ない。
 俺たちは、俺たちの隅から隅までを舐め回すように見つめるガラスケースの向こうの熟女達の視線に、ただ、耐えるしかなかった。
 透き通った、薄いガラス一枚を隔てただけの向こうの世界には安寧があり、そしてそれはガラスの内側にはない。
 俺はただただ、悔しかった。
 凍える気温のガラスケース越しに見える外の世界の、舌の肥えた、と自分達で思いこんでいるだけの
心にまで余分な脂肪のついた人間達。
 俺は、俺はお前等の一朝を彩るために、これ程のストレスを感じて……
 ケースをのぞき込むオバさんのすぐ後ろ、小さな窓のついたドアから差し込む光が、フッ、と途切れたその後に、内開きのドアが開かれ、からん、と一つ、ドアに取り付けられたカウベルがなった。
 新たな客の登場のようだ。
 現れたのは、見た目およそ30代前半の女だった。
 しかし、その女はほかの、下唇の皺が無くなるほどにまで内側の肉で張り詰めている醜悪な見てくれのマダム達とは違い、メガネの奥の眼窩は落ち窪み、頬は骨が浮き出るほど細って、柔らかな張りを失っていた。
 目元の隈は、数年そこに居座っているかのように彼女の表情と同一化していて、髪にしても毛先のダメージは最早リカバーのしようもほどであり、彼女の日々の苦労が目に見て取れる。
 更には、服装までが、白いシャツに綿パンと、飾り気のない物で統一されていた。
 それは、あからさまにその場にいる他の有閑マダム達から浮いていたのだが、なにより違うのは、出で立ちの貴賤の差違ではない。
 彼女の瞳は、周りの豚主婦とは違う、何よりも深い慈しみに満ちていた。
 きっとまわりの、欲で肥えた肉塊共や、ともすれば彼女自身さえ気づいていないのだろうが、俺にはそれがわかった。
 彼女はとぼとぼと、ガラスケースの前に歩みでた。
 そして俺の前に顔を近づけたまま止まる。
 俺の目の前に出されたフダをみて、一瞬、目を丸くした。
 信じられないといった表情だ。
 だがそのフダに書かれているのは、俺の命の価格であり、たとえいくらであろうと、高すぎるという事は決してないはずなのだ。
 彼女は、ジーパンのポケットから、薄い財布を取り出し、その隙間だらけの札ポケットを開いて中身と俺を交互に見つめた。
 浮かぶ狼狽、逡巡の色。
 どう考えても俺を買うとは思えなかった。
 諦めて、きびすを返す姿が、ありありと頭の中で像を結ぶ。
 ところが、予想に反して、聞こえたのは諦めの溜息の音ではなく「あのぅ、これ一つ包んで下さい」、という弱々しくも決意を含んだ声だった。
 こうして俺は金と引き替えに、この身を明け渡された。


 6個パックごとガラスケースから取り出される俺。
 粗末な白いビニール袋のなかに入れられて、最早外を窺い知ることも出来ない。
 こうして俺はあれほど焦がれた外へと出ることができた。
 俺の”約束された死”とを、引き替えにして。

       

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