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う……う……。
俺はバカだった……。
いや、泣いている場合などでは、ない。
時間がない。
もう、幸せな親子は食卓についていて、知らず訪れる恐怖の時を待っている。
急がなければ。
「さぁ、未亜、好きなものから食べていいのよ」
「うんっ!いっただっきまぁぁあす!!」
さっきまでの俺なら、獰猛且つ無邪気な獣の彷徨に、死を遊ぶ祭宴の始まりに、ただただ怯えていた。
しかし今の俺は、心の中が、清々しいほどに、闘志とやるべき使命に燃え盛っているのだ。
時間的にはもう余裕がない。
やるべき事をやれなければ、未亜ちゃんは、死ぬ……。
そういった意味では俺は幸運なのかもしれない。
どういう訳か、俺はまだ殻も無事な生のままで、食卓のボウルに置かれている。
当然意識も目的もはっきりとここにあった。
そういえば、つい先ほど、横に置かれた、兄弟の染み込んだフレンチトーストに呼びかけてみたのだが、一向に返事は返っては来なかった。
まだ産まれていない俺には、死の線引きも曖昧で、いつどの段階で意識を失うのかはわからない。
だから、とにかく早い内に”チュウゴクセイ”どもを何とかしなければ……。
テーブル上の配置上、俺からは”チュウゴクセイ”達は遠く、声の届く距離ではなかった。
「あ、これ、肉まん?あんまん?」
「ふふ、未亜の好きなのは、どっちだったかなぁ?」
「肉まんだっ!」
やりとりのあと、未亜ちゃんの小さな手に取られたソレは。まごうことなく”チュウゴクセイ”のアイツだった!
俺は声を張り上げ、叫ぶ!!
「未亜ちゃん!!ダメだ!!それを食べちゃいけない!!!段ボールが入ってるんだ!!未亜ちゃああん!!!」
ダメだ!やはり俺の声は生きた人間の耳には届かない…ッ!!
でも、今の俺には、それしかやれることがない……!!
未亜ちゃん!!未亜ちゃん!!!!
ダメだ、届かない声。
そのまま、未亜ちゃんは笑顔で、大きく口を開く。
ダメだ未亜ちゃん!!未亜ちゃん!!!!
それを食べたら君は……!!
未亜ちゃん、未亜ちゃん!!!
未…亜……ちゃ…
未……あ……
……ダメだぁぁあああアぁぁアアあぁぁぁあああああああああ!!!
「おいしー☆!!!!」
………………。
……ううっ………ぅぅ…………。
ああ……一体……。
俺になにか罪があるのか?
どうして、どうして俺は……こんなに……こんなに無力に作られたんだぁッ……!!
俺の存在に何の意味があるのか?
産まれることもなく、一人の少女に声を届けることもできず、このまま無様に死んでいくために俺がいるのかッ……。
何も残さず!
何も出来ず!
俺を血とし、肉とするその少女すら、すぐに死ぬ……。
一体誰に”未来”があるっ……!!!
何故、未来ある命を”選ぶ”……!!
無力。
無意味。
無駄。
無駄。
無駄。
全てが。
いいいいや!!!!違う!!
俺は未亜ちゃんを守るんだ。
俺の存在価値?
生まれてきた証として?
そうじゃない、そんなもんはクソ食らえだ。
未亜ちゃんは愛を知らない俺をすら、癒す力を持っている。
そんな、彼女を必要としている命が、輝く”未来”の先で待っているハズなんだ。
彼女の笑顔を守りたい……!!
「ちくしょう……」
しかし、以前として手段は見つからない。
無策という名の蹂躙。
「ちくしょうぉぉォっ……」
その侭に、未亜ちゃんに”ギョウザ”と呼ばれた”チュウゴクセイ”のやつが”ジョンユイスーヨー”と呼ばれる”チュウゴクセイ”のやつにひたされて、そのまま、また口の中へと吸い込まれていった。
「ちくしょうぉぉォォォォォォ!!!」
俺は、俺はどうすれば?
「おめぇか、さっきから熱ぁっつい奴ぁ」
「はっ!」
どこだ、新手の”チュウゴクセイ”か?
「こっちこっち、オレ、オレ」
食卓の上の小さな、”チュウゴクセイ”とよく似た、黒い液体から声がした。
「よォ」
何者か知らないが、俺は最大限の警戒体制をとった。
俺が生まれてからというもの、未亜ちゃん以外の他者というものには、いい思い出が全くない。
「おぃおぃ、そう強ばりなさんなってぇ」
「お前も”チュウゴクセイ”か?!!」
「はあ?あんなのと一緒にすんなや!」
怒ったふうに声を荒げる、黒い液体。
見た目はどうみても、”チュウゴクセイ”と変わらないのだが……。
食卓用の小さなプラスチック容器の中から、黒い液体が語りかけていた。
「オレっちはなぁ、最高級のだな、聞いて驚け、”国産特選丸大豆醤油”様よ!」
どん、と体を張る”国産特選丸大豆醤油”と名乗る漆黒の液体。透明な容器の中で、水面が揺らいだ。
「どう?ビビった?」
「名前が長くて、全く分からんッ!」
「だからぁ、そんなに気ぃ張るなっつの。オレっちも最近の中国製品の傍若無人にイラついてる、国産食品の一人なんだよ」
それは、俺と同じ志をもっている、ということだろうか?
では、俺とこの黒い液体は
「……そう、仲間だよ、仲間、分かる? 仲間」
「仲間……?」
概念だけはわかるが、如何せん、俺にとって”仲間”という存在は初めてなだけに、接し方を惑ってしまう。
「お前も”チュウゴクセイ”にイラついてるんだろ? オレっちもそうだよ、アイツら、人毛を塩酸で溶かしてオレっちの紛いモン作ってんだ。 確かに戦後の日本じゃあ、その手もアリだったらしいケド、今、アイツらがやっているのは、やっちゃいけないことだ」
そうだ、”チュウゴクセイ”は今、未亜ちゃんに対して、食べ物としてやってはいけないことをしようとしている。
「止めたいんだろ? オレっちも力を貸すぜ。たぶんな。」
な!そんなことが……
「出来るのか!?」
「ああ、さっきから叫んでんの、オメェだったんだろ。オレっち、オメェのその熱いパトス、気に入ったぜ!」