Neetel Inside 文芸新都
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 一方でプテラハの王城内では物々しいやり取りが始まっていた。
「リドムバルトの領地が占領された模様です」
「何?」
 王の持っていた金のグラスは動揺に震える。
「兵の数はおよそ3万。我々の領地全ての兵の約2倍はあります」
「まさか、こちらのイクシオンが件の学園に押し掛けたのを知っているのか」
「追跡されていた様です。学園で召喚の儀は失敗に終わったというタイミングと一致します」
 王の椅子が拳の唸りを受けた。
「斥候300人をリドムバルド、ラヴハムに放ち各領地における余力兵を常に監視させよ。さらに奇兵師団を編成し進軍先の領地に1万を潜めよ」
「1万っ? 我が国の戦力のほぼ全てとなりますが、よろしいのですか」
「王国存亡の危機であろうが、同時に時間が許す限り傭兵を各地からできるだけ集めるのだ。進軍先のバルオ領内にはできるだけ民兵を編成するよう勅書をまわさせろ。イクシオンは分かっているな?」
「はっ」
 慌ただしく部屋を後にした侍従長と入れ違いにエリサが厳めしい顔つきで入室する。
「エリサよ。遅かったではないか」
 頭を垂れて膝を着くエリサに王は卑下するような視線を送った。
「遅ればせながら申し上げます。私に全軍の指揮権をお与え下さい」
「なにゆえだ」
「此度の全ての責任は私にあります。使い魔の討伐失敗、並びに鋭兵である部下の損失。私が名誉を挽回できるとすれば戦場でしか有り得ません」
「はは、ふははは――」
 王は顎をしゃくり上げて声高々に嗤笑する。
「自惚れるな、イクシオンの名が聞いて惘れる。お前は何のためのイクシオンか、申してみよ」
「軍の最高司令官であります。陛下」
「この空け者が!」
 王の手に再び握られたグラスがエリサの手前で液体を飛び散らせた。
「俺が任ずるイクシオン部隊に軍の指揮能力など求めておらぬ。俺の軍は俺が指揮する」
「では、私は……」
「まだわからぬのか、お前の役目は一貫しておる。使い魔ユウトを拿捕し、俺の軍に加えるのだ。命に替えても遂行せよ、さすればお前の失態は全て不問にしてやる。もちろん、お前の家族への罪も問わぬ」
「……はっ」
 エリサは青ざめた顔で立ち上がり音もなく退室していった。
「元帥を買って出ようとは、エリサも変わったものだ」
 王の持つグラスに再び液体が注がれると、王はそれを水でも呷るかのように飲み干した。
「ラヴハムの女天子め……我が国とイクシオンを侮った報いを受けさせてやろうぞ……」
 
 難攻不落となったリドムバルドの要塞はプテラハの王を大いに苛立たせた。
 兵力が倍違うということは攻めるに攻めきれず、まして奇襲によって紛れを求める戦略では奪還は不可能とさえ思われた。
 そして最も不可解だったことはラヴハムが倍以上の兵力を持ちながらリドムバルドを占領してからまったく進軍をしないことであった。奇襲を読んでのことか、あるいは出方を伺っているのか、他国にも広がる緊張に両国は一触即発の状態を保ちながら一週間が過ぎた。
「ジャポルから勧告書です」
 侍従長の声で王ははたと自らの読みを誤っていたことに気がつく。
「我が中立国ジャポルは此度の戦争において、使い魔ユウトを差し出した国へあらゆる援助を約束する」
「なんだと……?」
 最後の一文に周囲の兵たちは狼狽よりも戦慄に打ち震えていた。
「ジャポルが他国の戦争へ介入する? どこが中立国だ。一体なにを考えている」
「わかりません。しかしこれは、我々にとってもラヴハムにとっても悪い条件ではない。むしろ、全てがうまく収まるように介入してきたと言えるでしょう」
「よもや、ラヴハムの狙いは最初からこれだったのか? ジャポルの狙い通りに事が進めば我々のどちらかが消えて、ジャポルにとっては敵対勢力が1つ消えると同時に自国の魔法文明を大きく躍進させることとなるだろう。それどころか、この勧告書は単純に国2つの力でもってユウトを討伐しろと言っているではないか」
「これはあまりに、あまりの侮辱ですぞ」
「ジャポル……強大な中立国ではあったが、抗争を嫌っているのではなく、いかに効果的に介入するかを知る国のようだ。そしてラブハムの天子もこの勧告書を読んでいる頃だろう。兵力をどれだけ割くのかにもよるが、その判断を見てからでは出遅れる」
 王はラヴハムの王になったと仮定し、空想の中で思考する。相手はどう出るのか、その裏をかいて出し抜くことは出来るのか。それを代弁するかのように侍従長が進言する。
「重要なのはラヴハムと我々の勝利条件が必ずしも一致しないということです。ユウトを討伐しジャポルへ献上するか、あるいは我々の軍勢に加え入れたとしても、時間がかかるのは必至。ならば、残る問題は膠着状態をどのように維持するのかということになります」
「存外、敵は3万を動かすかもしれん」
「なんと、いやしかしそんな」
「ラヴハムは他の領地を無視して我が本城の目先であるリドムバルドまでわざわざ進軍してきた。その意味は距離にしかない。例え3万の軍を躱しこちらから全軍をもって本国の領地へ進行しても1ヶ月はかかる。途中リドムバルドを奪い返さずに進軍はできん。とすれば2ヶ月は見ることになるだろう。そうなれば、本国へ攻撃を開始する頃にはジャポルの援軍がギリギリで到着することになる」
「そ、その通りでございます」
 王の読みは完璧だと思われた。ラヴハムは3万を動かしてもユウトさえ討伐、ジャポルへ早馬で送ることができればジャポルを盾に出来る。そうなれば、プテラハには攻撃する余地もなく、最悪立て直したユウト討伐の軍と挟み撃ちとなってしまう。
「ユウトの存在がこの戦いの全ての要になりそうだ」
「イクシオンは発っております」
「それで良い。この戦争に勝つためにビッグメイジをも狩る魔物を手駒にしようではないか」

 エリサが部下の4人を連れて向かう先は学園であった。
 戦闘員の補充は必定。それは単純にエリサにとって魔力としての意味合いしかない。
 元々何の訓練も受けていないメイジを実戦で投入することはできない。
 加えてスーシィという破格のメイジがいてはエリサとて無駄な戦力を使いたくはなかった。
 ただ一つ交渉のカードとして使えることはお互いにユウトという使い魔を手に入れたいということだった。
 これには確約が必要である。互いの杖を交換する、もしくは使い魔を差し出すくらいの確かな契約が必要だった。
「私は嫌よ」
 エリサの使い魔であるレヴィニアは馬の上でエリサの腰を強く絞める。桃色の髪がふと風に靡くと細い眉と赤い瞳が一瞬露わになる。
「ユウトを確保するには必ず多量のマナを使うことになる。戦闘で勝つのではなくひとまず封印する。そのためにはあの特待生の生徒を使わない手はない」
「だとしても。私はそんな取引の材料にはならない」
「ユウトに憑依したいと言っていただろう。実現する」
「ほんと?」
 レヴィニアの顔に光が差した。
「あいつは魔力を無尽蔵に吸い込むが故に問題になっているが、お前の魔力は誰も扱えない分量じゃないか。お前が憑依して一気にマナを流し込めばユウトはその体質を変化させることができるかもしれん。うまくいけば奴を支配するスペルをはじき飛ばせる」
「そんな賭け事するの?」
「どのみちお前がその魔力を手放さなければいつか国が1つ消失しても不思議ではないのだろう?」
「そうだね。確かにそういう意味では私の運命の人かも」
「人であるなら良かったな」
「人でいいんだよお、なかなかイケメンなんだから」
 馬は木々の間を走り抜けて若葉が揺れた。
 それからの異変は一瞬だった。馬が倒れると同時木々が白み昼の光を白一色に変える。
 強烈な閃光は敵の罠と悟るのに充分でエリサとレヴィニアの2人はすぐに飛び退いた。
 その一瞬の判断が出来た者は他に2人。残りの2人は白い光に目を焼かれてその場に倒れ込んだ。
「うぅぅ――」
 転移を使って仲間をエリサの周囲に集めると背中合わせに警戒する。
「誰だ、不意打ちとはそれでもメイジか」
「アッハハハ」
 木陰から現れた白装束に赤の螺旋模様。絢爛な装飾はラヴハムの最高位に属する神官クラスであることに違いなかった。
「天子のお守りがこんなところで油を売っているとはな」
 眼光は黄色く異質な色を帯びてエリサを射貫く。その頭上に携えた白んだ緑色の髪が揺れる度エリサの神経はぴりぴりとしたものへと変わっていった。
「LoreLir(鴉の灯火)」
 呪文がエリサの耳に届くより速くその魔法はエリサの脇を通り過ぎて行った。
「光魔法……ここまで熱量を持った光魔法は……」
 はるか後ろで木が倒れ笹の葉を騒めき立たせる。同時に川のせせらぎのような美しい声が鳴った。
「ラヴハムで最も神に近いのは私だ」
「――天子!」
 エリサは仕掛けることを決意すると同時に動いていた。敵の王1人を目の前にして交渉しようなどとは考えない。
「Conet onnc(接続)!」
 背後に残したたった2人の魔力と接続する。
 エリサはレヴィニアを纏い、瞬足を手に入れる。
 天子は微動だにしていない。エリサの手刀が天子の白肌に突き刺さろうかという間際でレヴィニアの声が避けろと叫んだ。
「――ッ」
 光の集束と拡散。あまりの光量を前にエリサはわずかに身体を硬直させた。
 そこに叩き込まれる拳。一撃目は腹に、二撃目は鳩尾に。エリサは衝撃から本能的に防御に構えるがそれを見透かしたように突きだした腕ごと掴まれて関節に衝撃が走った。
「うぐ」天地が逆転したかと思うも束の間、痛覚の後に気力で視界を取り戻すと顔面に足先が迫る。
 寸前でエリサの腕が地面を押し返して空中で半回転した。空打った足先の風が頬を撫でていくと同時に天子自らが接近戦に挑んできたのだと知る。
 エリサはその剛胆さに息を呑みながら光速に近い連打をその身に叩き込んだ。
 確かな感触はあった。天子の身体は胸の双丘を揺らしながら期待通りに後退する。
 しかしそれはダメージを与えた側としては疑問の残る感触だった。
「人間だな」
 女の声がエリサに届く。まるで、人にあってはならないような口調にエリサは久しく感じていなかった恐怖を感じた。
 徐に取り出した杖を見てエリサが走る。元よりエリサの接近戦は魔力を動力に変えた攻撃。魔法を打ち合うつもりなど毛頭なかった。
「―」
 一呼吸にも満たない間に起きる閃光。それはエリサの頬を掠めてはるか後方へ向かう。
 エリサが分かったのはそれだけだった。
「どうした?」
 エリサは気づけば天子の眼前で普通の速さに戻っていた。その拳を容易に躱す天子から距離をとり、光の行き先を振り返ると倒れる2つの影がある。
 エリサは自らの敗北を認めるにはまだ早いとレヴィニアを解除して杖を取り出す。
「エリサ、もうだめ。逃げよう」
「Arke――」
「―」
 先に付きだした杖がなくなり、腕が骨と化す。一瞬の閃光のうちにエリサの胸に大穴が穿たれていた。
「エリサ!」
 そのまま座り込むエリサにつまらなさそうな視線を向ける天子。辺りには煤となったエリサの灰が立ち昇り、その奥で冷えた黄色の瞳はレヴィニアに止めを刺すこともなく森の中に消えて行った。
「あれが、天子……」
 レヴィニアに握られた手をわずかに握り返すとエリサは力無くその手を地に降とした。

       

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