Neetel Inside 文芸新都
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「午後からはお前たちの模擬戦を見せて貰う」
 シャラはレミルとエルナに指導をしていたらしい。ユウトはそっとシャラの後ろのほうに座った。振り返ったシャラはユウトのほうに歩いて来る。
「ユウト、お前もやってみろ」
「え、僕はいいよ」
 剣を投げ飛ばした罪悪感がなんとなくシャラの顔を見づらくさせた。
「大丈夫だ、お前はもっと自信を持って良い。私の剣舞を思い出せ、お前の心にある剣は名だたる名剣士たちと同じものだ」
 ユウトは俯いた。剣なんてどうでもいいとさえ思う。
「レミルとエルナはもういい、実力差があまりないのにやっても無意味だ。そんな拮抗状態じゃ強くなるのに五年はかかる」
 口を固く結んでエルナもレミルも剣を降ろす。お互いに意識し合っているだけ二人とも納得がいかない様子だった。シャラは二人に近づいて行くと小声で二人に顔を近づける。
「あそこで座ってるユウトを少し脅かしていじめてやってくれないか」
 木刀を手にした二人はぴくりとその耳打ちに肩を震わせた。前々からなよなよと吹けば飛びそうなユウトの態度には二人も見飽きていたのだ。
「私1人で充分よ」
「まあ、怖い子ね。でも顔を殴ったらだめよ」
 もともと剣客としての加虐心にでも火がついたのか、ユウトという初めての異性に対しての不満がそうさせたのかレミルはずかずかとユウトの前まで歩いて行った。
「ユルト、私を見なさい」
 木刀の切っ先をユウトに向ける姿勢はいじめっ子そのもの。
「ユルトのことシャラ様から聞いたわ、シャラ様の師であらせられるアレスト・ロジャー様に似ているということもね。でも、私はあんたが剣を握ってくれなくて好都合。私たちの剣の練習の邪魔だしね」
 振り下ろした剣はもちろん全力ではない。少し泣かしてやろうという程度の勢いで振ったのだから当然だった。しかし、レミルが驚いたのはユウトのその表情だった。
「僕が邪魔? 邪魔だからこんなことするの?」
 ユウトの顔はぐしゃぐしゃでレミルは自分の放った木刀ではなく言葉が剣になったのだと感じた。
「別に、やる気がないならそこで座っていていいの。私はユルトと剣で戦って見たかっただけ。ごめんなさい。邪魔なんて酷いことを言ったから泣いてるの?」
 ユウトはその同情が頭に来た。きっと目の前の女の子はわけもわからずごめんと口にしている。自分は好きでもない場所に召喚されて帰りたいのにこんなところで惨めに自分と変わりない歳の少女に同情されている。自分の弱さにもうんざりだった。レミルは邪魔だと言ったが、ユウトだってレミルにそんな事を思われながらここにいるのは我慢できない。
「剣で戦ってどうするのさ」
「そうね、ユルトを泣かすの」
「どうして」
「ユルトは剣が嫌いなんでしょ? 私は剣が好き。そんな剣が嫌いな奴と一緒に剣の稽古なんて私は嫌だから」
「剣で……」
 背を向けるレミルにユウトは声を荒げようとしていた。それはユウトの怒りだった。
 レミルは簡単にユウトを泣かせると思っている。それが伝わるからこそ、ユウトはそれが間違いだということを証明したくなった。
「僕を泣かせることができるならやってみろ!」
 後ろを向いていたレミルがそのまま振り返った。そこには完全に馬鹿にしている目があった。
「いいの?」
「僕はお前の剣で泣いたりするもんか」
 ユウトは飛んできた木刀をすかさず拾い上げて構えた。足が震えるのもおかまいなしだ。
「ついでに、僕のことをユルトって呼ぶことも二度と許さない」
「ふふっ、ユルトはユルトでしょ。シャラ様のようにユルト様とでも呼んでほしいの?」
「僕の名前は生浦悠人だ!」
 恐らくは舌の長さか発音の問題なのだろうが、ユウトはもう何が何でもレミルという女の子に一泡吹かせてやりたかった。女の子に馬鹿にされて同情されることに我慢できなかったのだ。
「あああぁぁぁ――」
 怒りに任せて振り下ろした木刀はレミルの肩を掠めるようにして地面に突き立った。
 鈍い音がしてそのまま地面がえぐれる。ユウトは柔らかい地面なのだと思うもレミルの膝蹴りの反撃が即座にユウトの脇腹に直撃した。
「うぐっ」
「あなた……力はデタラメね」
 距離を取ったレミルはユウトに追い打ちを掛けることをしない。気が付けば木刀は折れて短くなっていた。
「ほれ、新しいのだ」
 シャラから投げられた木刀を拾い上げるとそれを正眼にユウトは構える。二人が戦っていたときの見よう見まねでしかない。ユウトはレミルがあまりにも馬鹿にした態度なので矛を収めることはしないと決意した。
「僕は許さない。僕に半端な同情をしたことを後悔させてやる」
「気迫はいいけど、その構えは何? そんなんじゃ私に剣が届くことなんかないんだから」
 ユウトは相手が怪我をするかもしれないとは思わなかった。最初の一撃でレミルの実力が自分より遙かに高いと理解できたからだ。
 それと同時に自分の実力が遠く及ばないこともわかった。それでもしきりに剣を放つのはユウトがレミルに参ったと言わせたいからだ。せめて邪魔だと言ったことを本当の意味で謝らせるまでユウトは剣を振り続けたいと思った。
 勝手に召喚されてその存在を否定され続けていたユウトにとってこれが初めてこの世界で認められたいと思うほんのわずかな気持ちだった。
「はぁっ」
 幾何回と繰り返す攻撃は悉くがレミルに見切られていた。圧倒的なまでの力量差は埋まることはない。それでもユウトは剣を振り続ける。何回目かの一撃、レミルの体が反転しユウトの死角に入る。通常人間は死角に入ったものに瞬時対応することはできない、その絶対の隙を突いて反撃に打ってでるレミルの動きはシャラほどではないにしろ完璧だった。
しかしユウトは何度目かのこの瞬間を狙っていた、想像でレミルの動きをなぞっていく。それは投影機か影にでもなったかのようにレミルの動きを完全に再現するというものだった。
 そのことに一番の驚愕を見せたのはレミルだった。レミルにとってはあしらうだけの戦いが一瞬にして景色を変えた。
「あ、あんた今……」
 初めて交わる2つの剣。躱すだけだったレミルの剣はここに来てユウトの剣と交差していた。それにユウトの表情が変わることはない。意識が剣にこの世界に向いたユウトの集中力はレミルにのみ向けられていた。
「いいわ、そういうことならすぐに終わらせてあげる」
 ぐっと沈み込んだ身体が弾ける。ユウトに肉迫するレミルの剣はやはり先刻と同じように完全なる模倣の技にて相殺される。これはユウトがレミルの肉体的能力を遙かに上回っていなければできない。そのことは傍から見ているエルナもシャラも気づいていたし、レミルが一番わかっていた。
「偶然じゃないってこと? でも、それだと――」
 今度はレミルが正眼に構える。ユウトは先ほどと同じように大振りでキレのない攻撃を仕掛けてくる。レミルはそれをひらひらと躱すが、攻撃はしない。むしろ身を寄せるように足捌きを軽快にしていく。
「ここよ!」
 放った一撃は蹴り。またしてもユウトの脇腹に吸い込まれるように放たれ、ユウトは数メイル先に転がった。
「ぐっ……」
「剣だけに集中していれば、当然他は疎かになる。私の身体の使い方まで完全に真似できるのは驚きだけど、剣だけみたいね」
 ユウトはぼやけた頭でそれを聞いていた。全身の動きを真似ることはユウトにも流石にできない。訓練を積んでいないが故に壁は存在するのだ。なので、ユウトは新しい壁を乗り越える。
「剣を振りたくない……心の剣……」
 疲れ果てた限界の躰でシャラの剣舞を思い出し、自らのイメージに重ねていく。今のレミルとの剣撃はユウトの体にわずかだが馴染んだ。そこからユウトがイメージする完成系をただの空想で作り上げていく。
 それは一概には決定付けできない。経験が全くもって足りないユウトはただレミルにのみ適合した剣術をつくり出すしかない。ユウトに許される剣はシャラの剣舞のように傷つけようとする者にのみ刃を向く反射の剣でなくてはならない。
 極限まで高まるユウトの精神力がレミルの動きをコマ送りにする。同時にシャラの剣舞のイメージがユウトの肢体に重なる。レミルの剣は水のようにユウトの体の外を流れ、ユウトの剣は針のようにレミルの体を突いた。
「うっ――」
 どっと尻餅を突きながらもすぐに飛び上がり、後方へ距離を取るレミルは信じられないものを見たという風にユウトを見た。しかし、ユウトは地面に横たわったまま動かない。
 結局躱すことができなかったレミルの剣を受けて失神してしまったのだった。
「信じられんな、ユウトは本気になると相手の動きに自分の動きを合わせていけるようだ」
ユウトはレミルに底の見えない恐怖を与えた。シャラが駆けつけてユウトの容体を見る。
 隣りに立つエルナはユウトを見下ろして思わず口を開く。
「ユウトは初めて剣を握ったようでしたけれど、もしかしたらアレスト・ロジャー様すら超えるのでは……?」
 シャラに介抱されながらユウトはそのまま深い眠りについていった。

       

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