Neetel Inside ニートノベル
表紙

カクウの天使
邂逅 〜訪問・砲撃・関西弁〜

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 さて、と。どうしたものかな……。閉鎖空間が解除されると同時に、一気にフィギュアサイズまで小さくなった彼女らを前にして、俺は大きなため息をついた。
「ごめんね……これも『仕様』の内だから」
「戦闘空間外では、あれだけのエネルギーを確保する事ができません。色々と、お手数を掛けてしまい申し訳ありません」
意識を取り戻したタイプ:ツインエッジ――今は仮に切子と呼んでいる――と、再構築を済ませたタイプ:ケルビム――ゲーム開始時から、スミレという名前をつけている――が申し訳無さそうな表情をした。その仕草が、やけに人間臭さと異質さを感じさせる。
「別に謝る必要はないって。……まあ、こっちの問題だからどうしようもないというか」
「友人の方に、そういう趣味があると誤解されかねない、という事でしょうか?」
「そういう事になる……な。そういう時は、二人とも何処かに隠れてくれ」
俺の言葉に、二人ともが頷きを返した。
 そういえば、戦闘時とアセンブル時以外は簡易アーマーなんだったな。通常アーマーとは異なり、全体的に薄手な感じ――部分的に水着のようにも思える衣装――だ。スミレのは白を基調とする、裾に飾り羽のついたアーマー。切子――早いとこ、まともな名前を付けてやりたい――のは赤と黒を主とした、肩部と大腿部に大き目のスリットが入ったものだ。スミレはともかく、常に通常アーマー姿で出現するツインエッジの簡易アーマー姿は、かなり珍しい。といっても、すぐに見慣れてしまうのだろうが。
 それはともかく、だ。色々と訊いておかなくちゃいけない事がある。特に、具現化がどうのこうの……という事については詳しく。と思っていると、案の定スミレが口を開いた。
「具現化機能は、今の私達のように現実世界に出現するための機能で、このゲームの運営・開発会社であるグローバリー・エンターテイメントが独自に開発したものです。詳細はデータアクセスができないため、説明は不可能です。しかし、その結果については概ね把握していると思います」
「ちょっと信じられないけど、とりあえずは。だけど、それはまだ実装されてない機能なんだろ?」
俺が訊くと、彼女は首を横に振った。
「未公開ではありますが、既に実装は完了しています。何者かがサーバーに侵入し、これを無理矢理開放した結果、現在のような事態が発生してしまったと思われます」
「……もしかして、スミレや切子のような状況に置かれてるキャラが、他にも存在してるのか?」
「その通りです。しかも、数人数体というレベルではなく、NPCを含むほぼ全てのキャラクターが具現化してしまっているようで、GMを中心とする運営チームが現在対策を検討しているようです」
ほぼ全てのキャラクター。若干マイナーなオンラインゲームではあるけれど、プレイヤー数は十万単位に届いている。アカウント単位ならその2,3倍はいるから、おおよそ数十万以上のキャラクターが現実に姿を現してしまった、と考えるのが妥当か。いずれにせよ、小さい問題で済ませられない事は明らかだった。
「その上、彼女のような敵性NPCも具現化しており、もしシナリオ通りの行動を採るとするなら、非常に危険な状況です」
「つまり、切子のような行動を……」
人の意識を奪い、意のままに操る。そんな事を現実でされたら、どれほどの混乱が生じるだろう。シナリオから考えても、あと13体のボス級敵性NPCが存在しているはずだし……、あまり楽観的な見方はできそうに無い。
「何かいい案はないのか?」
俺が尋ねると、彼女は申し訳無さそうな表情で首を横に振った。
「現状でできる事は殆どありません。強いて言うならば、アセンブル作業と他プレイヤーとの接触が必要と思われます」
「他プレイヤーとの接触、ね……」
俺はほぼオフプレイだったから、あまり交流がないんだよ。
「分かりました。では、こちらで付近にいる具現化済みのキャラクターを検索します」
そう言って、彼女は目を閉じた。同時に、横のPCが駆動を開始する。またたく間に構築されていくプレイヤーリストを眺めながら、俺は切子の正式な名前を考える事にした。

 とりあえず、スミレと同様に花の名前から選ぶとして……。アヤメかキキョウか、その辺りの名前が良さそうだな。さすがにツバキとかパンジーはイマイチだ。
「なあ、切子」
彼女に話しかけると、彼女は興味ありげにこちらを向いた。
「どうかした?」
「アヤメとキキョウ、個人的にどっちが好きだ?」
「う~ん……。個人的にはキキョウが好きかも。音の響き的に」
なるほど、音の響き的にか。それはそれで凄い基準だな。とりあえず、彼女の名前はこれで決定か。
「じゃあ、お前の名前はキキョウだ」
「うん。――って、えぇっ?」
想像していた通りの反応――驚き――を返す彼女。まさか、そんな風に訊かれたのが自分の名前候補だったとは、ほんの少しさえ考えもしなかったのだろう。スミレであれば、俺の思考が伝わっちゃうだろうから、それなりの反応を返すのだろうが。一応、検索作業を終えた彼女にも訊いてみる。
「彼女の名前、キキョウで構わないよな?」
「私も異論はありません」
「ちょ、ちょっと!本人には確認とか取らないの?」
少し怒った口調で尋ねるキキョウに、俺は質問を返した。
「じゃあ、お前はこの名前でいいか?」
「え、それは……。ま、それで別にいいけど」
「嫌なら、嫌って言えばいいんだぞ」
「別に嫌ってわけじゃなくて、……その。……名前をつけてくれる事に戸惑ってるというか――」
顔を真っ赤にしてモゴモゴと呟く彼女。確かに、彼女には形式名があっても個体名は存在していない。名づける必要がなかった、と言えばそこまでなのかも知れないが、そんな彼女に名前がつくというのは、彼女にとっては特別な事に違いない。だからこそ、容易には受け入れられないし、一方で『嬉しい』のかもしれない。
 「宜しくな、キキョウ」
そう言って、俺は手を差し出そうとして苦笑した。握手をしようと思ったが、このサイズ差じゃできないじゃないか。
「よ、宜しく」
そう言って、彼女はその手に自分の手を載せた。握手代わり、といった所だろうか。

 「――さて、早速他プレイヤーと接触しておきたいんだが、まずはどの人に会うのがいいと思う?」
目の前のリストを見せながら、俺は二人に意見を求めた。手当たり次第に接触する、というのも如何なものだろう。まずは比較的友好的な人物から会った方がいい。
「この人物はどうでしょうか。この付近で生活している方で、所有しているのは一体、主にストーリーモードをプレイしている人物です」
「現在二周目か……。愛機はタイプ:パンツァー、防御・砲戦特化型のアーマーだな」
ディスプレイに表示された詳細をじっくりと眺める。二周目以降に入手可能な機体の中では遠距離戦闘での火力に優れている上、武装の積載能力が高い。こちらの味方についてくれれば、敵性NPCとの戦いもより有利に進められるだろう。
「早くその人に会って、事情を話そうよ。いつ敵性NPCが攻撃を仕掛けてくるか分からない状況なんだからさ」
キキョウが、俺達をせかすように言う。それもそうだ、ここでのんびりデータを眺めていても始まらない。
「そうだな、行こう」
「対象の自宅まで、私がナビゲートします」
「頼んだ。……とりあえず、外では何処かに隠れてくれ」
さすがにフィギュアを持って出歩いてたりしたら、真性の変態みたいに思われる。そう言うと、二人は頷いてコートに隠れた。ナビゲート役のスミレは胸ポケットに、キキョウは裾に近い大き目のポケットに。まあ、これで問題はないだろう。
 外に出ると、雪が降っていた。道理で寒いわけだ。スミレの案内に従って、うっすら雪化粧を被った夜道を歩く。時間帯が時間帯だけに人通りは殆ど無く、降雪の消音効果も相まって、不気味なほどの静寂を作り出していた。
「まもなく到着します」
「ほんとに近所なんだな。まだ5分も歩いてないぞ」
「意外と世間って狭いものだよね……」
そう言って、俺とキキョウは目の前の一軒家を見上げた。平均的なプレハブ建築の二階建て家屋。ここに例の人物がいるのか。データ上の年齢を見る限りでは、俺と同年代のようだ。という事は、まだ子供か。
「ところで、どうやって中に入るつもりなの?プレイヤー以外だったら、具現化云々では話が通じるわけないし、面識の無い相手の友達と偽るのも……」
「そうだな……」
そこまでは頭が回っていなかった。何かいい口実は無いものか……。そんな事を考えていたときだった。
 耳をつんざくような高音とともに、空が真っ赤に染まっていく。あの時と同じ、禍々しい色合いの赤だ。ポケットの中にいたスミレが外に飛び出る。
「戦闘空間の展開を確認しました。通常モードへ移行します」
その声と同時に、人間同様のサイズになった彼女が姿を現した。キキョウも通常モードへと移行したようだが、身にまとうアーマーは簡易アーマーのままだ。
「アセンブルの構築が完了していないためでしょう。今回は非戦闘員として、******さんと行動を共にして下さい」
「うん、わかった」
「それで、敵は何処に――」
そこまで言いかけた瞬間、スミレが前面に光学シールドを展開した。最大出力、最大稼働状態で。直後、轟音と共に玄関が吹き飛び、その瓦礫を抜けて数発の砲弾が飛来した。
「わあっ!?」
「シールド出力損耗率27%以上。タイプ:パンツァーに内蔵された主砲からの近距離砲撃と思われます」
近距離からの砲撃だなんて、相手は一体何を考えているんだ。そう思う俺に、彼女が言葉を継ぎ足す。
「おそらく、こちらを敵として認識しているのでしょう」
「どういう事だよ、それは」
「……、こちらに敵性NPCが存在しているためでしょう」
そういう事か、と俺は納得した。キキョウは本来なら敵性NPCだ。別個のキャラクターとなり、俺やスミレがいくら味方と認識したところで、他プレイヤーや他のキャラクターには『敵』として認識されてしまう仕様なのだろう。だとするなら……。
「俺達全員が敵と思われてるのかよ……」
「確証は持てませんが、おそらくは」
険しい表情のまま、彼女は頷きを返した。

 その時、破壊された玄関の奥から、深緑色のアーマー――タイプ:パンツァー――を装備した少女が姿を現した。ゲームでの設定と同様、各部に砲撃系統の装備が施されている。ただし、右手の甲には見慣れない形状の武器が付いているようだ。近接武器か……?
「なんや。ストーリーモードを6周もした廃人さんと、最初の敵さんやないか」
俺達を一瞥した後で、彼女は関西訛りの口調でそんな事を言った。やはり、キキョウの事は『敵』と認識しているらしい。彼女は、更に言葉を続ける。
「まさかアンタがとうに陥落しとったとはな。しゃーない、ここで纏めて蹴散らしたるか」
「待てよ!俺達は――」
「問答無用や!」
 そう言って、彼女は肩部に装備したマルチミサイルポッドを展開した。発射管の両端がお馴染みの白煙を上げ、と同時に彼女の盾が爆発をまともに受ける。クソ、冗談じゃない。
「損耗率、62%……」
「スミレ、防御を解け。こうなったら戦闘を……」
俺が指示を出すも、彼女は首を横に振る。
「味方同士での戦闘は回避すべきです。付近には敵性NPCの出現も確認されていますので、尚更戦闘を行うわけにはいきません」
「敵?ウチの事を言うとんのか?……ま、ええわ」
ミサイルポッドを格納した相手は、彼女の目の前で機関銃を構えた。
「そっちが攻撃してこーへんでも、ウチは一切容赦せえへんで」
少女は、何の躊躇いもなく引き金を引いた。銃弾を弾く盾に、僅かではあるが亀裂が入り始めている。これ以上の攻撃を受ければ、光学シールドの耐久限界を超えてしまう。
「スミレ!もういいから反撃しろ!」
「……できません」
頑なに拒否する彼女を見て、少女は笑みを浮かべた。
「せやったら、この攻撃でくたばりや」
 弾の切れた機関銃を手放すと、彼女は右手の甲に装備された武器を展開させた。ナックルのようにも見えるそれを、彼女は、まさに殴る時の姿勢で構えた。そして。
「シュヴェアファウスト、フルブースト!」
彼女の掛け声とともに、武装の両端に取り付けられたスリットから炎が噴出した。それによって生じた推進力とともに、彼女は右拳をシールドに向かって叩き込んだ。
「打ち抜けっ!」
その先端が盾の表面に接触すると同時に、大きな衝撃波が発生する。と同時に、盾が何の造作もなく砕け散った。
「っ――!」
驚くスミレの胸部アーマーに向け、殆ど勢いの死んでいない拳が打ち込まれる。俺は、思わず大声で叫んでいた。
「スミレ!!」「ストップ!」
被るようにして聞こえた声で、拳が急に軌道を変え、スミレの右頬を掠めるようにして通過していった。
「なんや、いい所やったのに」
残念、といった表情で彼女は声のした方向――玄関先――に視線を向けた。
「いい所って――、俺の友達を殺そうとするなよ。玄関まで全壊させやがって」
聞き覚えのある声、そして外見。間違いない、こいつこそが俺にあのゲームを教えた張本人……。
「姫澄……!って事は、こいつお前の持ちキャラかよ!」
「おうよ。それにしても、お前相当やり込んでんだな」
そう言って、姫澄守人は屈託のない笑みを返した。

 ひとまず姫澄邸に入り、俺達は、これまでの経緯と、これからに関する事を一通り話し合っていた。
「……んで、普通なら死ぬ筈の奴を助けたっちゅうわけか」
姫澄の愛機――自身曰く、『セイン』という名前らしい――は、そう言ってキキョウをじろじろと眺めた。
「な、何よ?」
「典型的なヘタレキャラやな、と思うただけや」
冗談半分で言った彼女に対し、キキョウは若干切れている状態だ。
「馬鹿にしてるわけ?ねえ、そうなんでしょ?」
「せやから、そういう安っぽい行動採るキャラは影薄いねんて」
「 ち ょ っ と !! 」
 完全に手玉に取られている彼女をよそに、俺とスミレ、そして姫澄との間で会話が進んでいく。
「それで、この空間を元に戻すにはどうすればいいんだ?」
「基本的には、戦闘空間を展開した敵性NPCを全て戦闘不能にする事で解除できます。ただし、完全に解除されるまで、一時間ほどの遅延も発生しますが……」
「問題は、その敵性NPCの居場所が分からないという事なんだが」
現状では、現在位置を特定できるようなレーダーシステムは一切無い。直接探すにしても、見当がつかない以上無暗に探索するわけにもいかない……。
「じゃあ、おびき寄せるしかないか」
「そう簡単に言ってくれるなよ。その方法が思いつかないから悩んでるんだ」
俺はそう言ってため息をついた。実際、ほぼ手詰まりに近い状態なんだが……。そんな俺とは別に、姫澄は不敵の笑みを浮かべていた。
「こういう事にうってつけの装備があってだな。そいつを利用して誘い込んでみようと思うんだ」
なるほど、武装を使って誘導するというわけか。
「へぇ。どんな装備なんだ?」
「そうだな……、説明するよりは実際に見た方が早いと思うぜ」
そう言って、彼は笑う。一体、何を企んでるんだ?
 セインを呼び、PCのアセンブルプログラムを立ち上げる。どうやら、この空間の中であっても使用できるらしい。ただし、ネットワーク関係は切断状態だが。姫澄は、背面部のハードポイントに楕円球状の武装を取り付けた。同時に、彼女の背中に同様の装備が構築される。
「もしかして、デコイの一種か?」
俺が尋ねると、彼はニヤニヤしながら答えた。
「当たらずとも遠からず、だな。使ってみてのお楽しみって奴だ」
「そない勿体ぶらんと、普通に説明すればええやない」
「まあまあ。俺だって実際に使うのは初めてなんだ、説明のしようがない」
使った事無かったのかよ。だから実際に見た方が……なんて言ってたのか。とはいえ、彼だって普段は情報サイト関係でデータ収集をしているだろうから、どういった性質の武器なのかは概ね理解しているんだろう。そうでなければ、デコイらしき装備を使おう、などと言い出す訳がない。
 「ほな、早速使ってみよか」
「そうだな。話を聞いてる限りじゃ、のんびり駄弁ってる暇はないみたいだし」
セインと姫澄の二人は、そう言って立ち上がった。まさにその通りだが、俺にはその前にやっておくべき事がある。俺は、今にも出て行こうとしている彼に声をかけた。
「姫澄、ちょっとアセンブル構築ソフト使うぞ」
「どうぞご勝手に。ああ、終わったらPCの電源切れよ」
そんな気さくな反応を返し、彼は廊下の先へ消えた。
「スミレはいつでも迎撃できるよう、何処かで待機しててくれ。今の内にキキョウのアセンをパパッと作成するから」
「分りました。何かあれば呼んで下さい」
そう答えて、彼女は部屋から立ち去った。さて、と。時間は限られている。早いところ、キキョウに最適なアセンを作ってしまおう。そう考えながら、俺は彼女の素体データをPC内に取り込んだ。


 

     

 よし、できた。アーマーおよび武装の全配置を終え、俺はPCの前で背伸びをした。
 ツインエッジの独自アーマーパーツが使用できないので、戦闘形態の似ているタイプ:スローネとタイプ:フォーゲルから各部アーマーをいろいろ移植。その上で、フォーゲルの大型ウイングブースターを装備させて機動性を向上させてみた。武器は、スローネの内蔵ロングブレード2本を主として、投擲から着弾までの速度が早いアクセルダガー、射撃武器としてハンドガン、そしてフォーゲルアーマー内蔵のリアクティブシールド。
 若干バランスが悪いかもしれないが、近距離向きのアセンブルとしては豪華だろう。早速アーマー姿になった彼女は、ウイングブースターを展開しては格納したりして、大いに楽しんでいるようだ。
「キキョウ、こんな感じので問題ないか?」
そう尋ねると、彼女は嬉しそうな顔で大きく頷いた。
「NPCの時よりも使い易い。あれはとことん近距離戦に特化しちゃってて、他の戦い方ができなかったから」
「そうか。それなら良かった」
彼女の笑顔に、俺は何となく安心感を抱いた。さて、あっちは今どうなっているんだろうか。俺はPCの電源を落とし、キキョウとともに姫澄邸の外へと向かった。

 「おお、食いついた食いついた」
双眼鏡を片手に、姫澄が楽しそうに言った。無線誘導タイプのミサイル撹乱ポッドは、こちらの思惑通り動作してくれているようだ。視界に一体、また一体とこちらへ向かってくるNPCがこの場所からも見て取れる。
「せやけど、何でブリキ集団を公園なんかに集めるんや?」
セインが不思議そうに尋ねると、「ああ、それは」といった調子でその問いに答える。
「市街戦だと、こちらにとって分が悪い。閉鎖空間とはいえ、現実に実害を及ぼす可能性だってある。それに……できるだけ引き付けて、その後は徹底的に殲滅する方が、こっちの性分にも合ってるだろ?」
「それもそうやな。んで、******はんと愉快な仲間達はまだかいな」
「そろそろ来る筈だ……。ほら、来た」
彼の指さした方向から、スミレとキキョウ、そして2体の主人である少年が歩いてくるのが見えた。彼女は、その姿に一瞬だけ、怪訝そうな表情を浮かべた。が、すぐにいつもの強気な表情に戻ると、彼らに向かって手を振った。

 「囮作戦とやらはどんな具合だ?」
俺が尋ねると、彼は不敵の笑みを浮かべて答えた。
「上々だな。上手いこと釣られてここに集まってきてる。あとは、射程圏に入った連中を片っ端から撃破するだけだ」
「遠距離はウチの砲撃であらかた片付けられる。残ったんは、白いのとヘタレでどうにかしてや」
セインのわざとらしい呼び方に、キキョウが怒りをあらわにする。
「誰がヘタレよ!あまり馬鹿にすると、斬るわよ?」
「斬れるモンなら斬ってみ。ヘタレには無理な話やけどな」
「何ですってぇ……!」
本当に、この二人は絶望的に仲が悪い。まるで水と油のように、どんな状況でも混ざり合う事の無い性格だが、何処かしら似ている気もしてくる。特定の射程における能力に特化してる、という部分が、多かれ少なかれ性格に影響しているのだろうか。……って、そんな事を考えている場合じゃなかった。
「言い争いはその辺りでやめて下さい。敵性NPCが、まもなく射程圏に侵入します」
スミレの言葉で、罵言雑言を飛ばし合っていた二人が我に返った。
「よし、セインは砲撃の準備を。お前らは適当に待機しててくれ」
「そうさせて貰う」
姫澄の指示に対し、俺はそう答えた。まずは、タイプ:パンツァーの圧倒的な火力とやらを見せてもらおうか。
 セインは、背面右側の滑腔砲と両肩のマルチミサイルポッドを展開した。同時に、脚部から地面に向かって2本ずつ、金属の杭が打ち込まれる。
「砲撃準備、完了や」
彼女が報告するとともに、姫澄は自信有り気な表情で指示を出した。
「よし、ぶっ放せ!」
打ち上げ花火が発射される時の爆音に似た音が、連続で響き渡る。斜め上方に放射されたミサイルが、敵を捕捉すると同時に四方に散っていく。10秒もしないうちに、町の各所で黒煙が上がった。
「NPC反応、急速に減少中です」
「まだまだいくでぇー!」
 文字通り鉄の雨を降らせる彼女を遠巻きに眺めながら、俺は考え事をしていた。これだけのNPCが自律状態で動くなんて事は、まず有り得ない。必ず、何処かに指示を出しているNPCがいる筈だ。
「……なあ、キキョウ。お前の仲間に指揮官タイプの奴っていなかったか?」
とりあえずキキョウに尋ねてみる。が、彼女は首を横に振った。
「そういうのは全然わからないの。……最初から、そういうデータを持ってないんだと思うけど」
「そう、か……。悪かったな」
それもそうだ。敵方の内情が分かってくるのはストーリーモードの後半から。初端で出てきてやられてしまう立場の彼女に、それ関係のデータを入れる必要なんてどこにも無い。
「レーダー内の敵、全て消失しました。増援は確認できません」
「終わったか……。意外とあっけない――」
姫澄がそう言い掛けた時だった。

 突然、あらぬ方向から赤い光条が飛んできた。緩やかな曲線を描きながら、セインの肩アーマーに命中する。
「なっ……!?」
突然の攻撃に驚愕する彼女。次の瞬間、照射を受けたアーマーが爆散した。レーザーライフルによる、何処からかの曲射攻撃か。
「まだ敵が残ってんのかよ!」
姫澄が慌てて周囲を見回すが、それらしき姿はない。俺がスミレに視線を向けると、彼女は首を横に振った。
「敵影は捕捉できていません。……隠密性の高いアーマーを使用しているNPCがいる可能性がありますが、機種自体は――」
「問題ない、大体予想はついた」
こんな特性を持った敵性NPCは1体だけだ。タイプ:ミラージュ、鏡と幻影のアーマー。問題は、どうやって不可視の敵を捕捉するかだが……。
 そうこうしているうちにも、四方からレーザ-が襲い掛かってくる。僅か一瞬の被弾ならまだしも、時間を掛けて照射されればアーマーが熱で誘爆しかねない。先ほどのセインのように。当然、そんな物すらない俺や姫澄が被弾すれば、致命傷になりかねない。
「くそっ!どうすりゃいいんだよ!」
飛んできたレーザーを必死に回避しながら、姫澄が叫ぶ。どうすれば、と言われても今の装備では対抗のしようが無い。せめて、多連装のロケットランチャーを装備していれば……。
「後悔している暇はありません。代替となる案を考えましょう」
「ああ……。だけど、有効な装備は何も装備して無いんだ。この状況ではどうにも――」
「諦めないでよ!まだ、勝てないと決まったわけじゃないじゃない」
唐突に、キキョウが叫んだ。その言葉にハッとさせられる。そうだ、まだ勝てないと決まったわけじゃない。奴にだって何か弱点が……そうだ、弱点がある!
「スミレ、キキョウ、攻撃が来たら発射地点付近に弾幕を張ってくれ!」
「分かりました。理由はよく分かりませんが……やってみます」
「任せて」
 俺の指示に呼応して、スミレが肩のライフルを展開、キキョウは腰部にマウントしているハンドガンとアクセルダガーを抜き放った。
「なんかよう分からへんけど、一か八かや」
セインも、全砲門を展開した。次の瞬間、何も無い空間からレーザーが放たれた。
「今だ!ぶっ放せッ!」
俺が叫ぶと同時に、3人の火器が一斉に火を噴いた。空中が爆発し、衝撃波が風となってこちらに吹きつけてくる。ミサイルが、滑腔砲弾が、ライフル弾が、通常弾が雨霰と降り注ぐ状況に耐えられなくなったのか、ついに敵が姿を現した。
「キキョウ!」
「当たれぇーッ!」
それ目掛けて、キキョウがアクセルダガーを投擲する。放たれた短剣は、一気に加速して敵のアーマージョイントを打ち抜いた。盾状の、鏡面の肩アーマーの一部が地上に落下し、割れる。
「くっ。ここは一時撤退するか……」
想定外の損傷に、敵はそう呟いた。そして、再び光学迷彩を展開し、姿を消した。
「また消えよった……!」
「敵性NPC、射程範囲からロストしました。追撃は不可能です」
セインとスミレが口々に言う。どのみち、追撃して勝てるとは思えなかった。ひとまずこの場を凌いだ事だけでも、感謝しなくてはならない。
「キキョウ、よくやったな」
俺が労いの言葉を掛けると、彼女は半ば照れるように、そして半ば自慢げに言い返した。
「別に?あんなの、朝飯前だよっ」
「フン!ウチやったら、部位破壊どころか撃墜できるで!ヘタレが偉そうな口叩くなや」
セインがまた挑発を掛けると、予想通りといったところか、彼女も張り合うような口調になる。
「へぇ、あんたなんか弾幕張ってるだけだったじゃない。私には到底及ばないわ」
「なんやと!……その自慢げな顔、吹き飛ばしたろか」
「やれるもんならやってみなさいよ、このポンコツ砲戦バカ!」
「……!もう一度言うてみい、このヘタレ特攻バカ!」
ああ、醜いな。互いに誹謗中傷全開の口喧嘩を繰り広げる二人を、俺は呆れた表情で眺めていた。

 「――んじゃ、何かあったら連絡すればいいんだな」
閉鎖空間が解けた後、姫澄は家の前で俺に確認を取った。セインが砲撃で破壊した玄関は、まるで何も無かったかのように元の姿を取り戻していた。
「ああ。それと、できれば複数プレイヤーで行動した方がいい」
「そうだな。早いとこ、他のプレイヤーを見つけて事情を話してみるか」
そう言って、彼は空を見上げた。来る時に降っていた雪は既に降り止み、雲の切れ間から半月が顔を覗かせていた。……そういえば、今は真夜中だったな。
「本当に、プレイヤーだけでどうにかなるもんだろうか?」
彼が、唐突に尋ねる。
「その内、運営も動かざるを得なくなるだろう。それまでの間、連中の攻撃を凌げばいい」
「そうならいいが……、もしプレイヤーが乗っ取られてたらどうする?」
「その時は、乗っ取っているNPCを倒すまでだ。……あまり深く考えるなよ」
俺の言葉に、彼は頷いた。ただし、若干浮かない表情で。
「じゃあ、機会があればまた」
「ああ、またいつか」
 夜道を歩きながら、俺は考えていた。乗っ取られたプレイヤー。もし、それがこちらに攻撃を仕掛けてきた場合、俺はどうやって戦う。姫澄にはああいう返答をしたが、実際のところ、そんな事が出来る自信なんて無い。プレイヤーを傷つける事無く、NPCを倒す。そんな事、本当にできるんだろうか……。
「やるしかありません。出来る出来ないではなく、やらなければならないのですから」
俺の悩みを察したのか、スミレがそんな事を言った。やらなければならない、その通りだ。だからこそ、俺は怖い。それが出来なかったら、俺は……。
「大丈夫だよ」
「え?」
「******なら大丈夫。何で悩んでるのか私には分からないけど、でも、大丈夫だと思う」
キキョウのその言葉に、俺は自然と頷いていた。そうだよな、きっと。きっと、大丈夫だ。

 『――アルト・ツヴェルフ(旧12)は敵に堕ちたか。シナリオとは異なるが、所詮は粗製というわけだな』
自信と威厳に満ちた声が、そう呟いた。それに対し、彼女が反論する。
「粗製でも、敵方に付かれた以上軽視はできないかと。何より、我々に対してのデータを有していないNPCです。躊躇無く攻撃してくるでしょう」
『ノイン(9)。あの者については、未だ情報が足りない。安易に判断すべきではない』
やや低めの、威厳のある声が彼女を諌めた。
『その通りだ、フィアー(4)。……それより、彼らの動きはどうなっている』
『現在は先遣隊の選定に取り掛かっています。そのメンバーについては概ね我々の予想と同じですので、ここで述べる必要も無いでしょう』
『そうか、引き続き監視を続けよ、ドライツェン(13)』
事務的な口調で、説明する声。それに了承の意思を告げる声が重なる。
「ときにアハト(8)、転移に適した素体の選定はどうなっているのでしょうか」
『一通り目星はついたよ。後でリストアップしておく』
「そうですか、分かりました」
何処か幼さの残る声に対し、彼女はそう答えた。
『未だ我が同胞の集結には至っていないものの、主たるメンバーは揃ってきた。あとはツヴァイ(2)、ドライ(3)の到着を待つばかりだ』
『ああ、ズィーベン(7)。エルフ(11)の調整も済んだ事だし、そろそろ計画に入りたいものだね』
そう言う二つの声に、先ほどの声が自制を呼びかけた。
『諸君、まだ時期尚早だ。あと少し、ほんの少しだけ猶予が必要だ。彼らを恐怖させ、服従させるにはな。……諸君、今暫く潜伏を続けていてくれたまえ』
『アインス(1)の仰せのままに』
「仰せのままに」
 瞬間、多数の声は全て消えた。一人残された彼女が、呟く。
「まだ潜伏しなければならない、か。……まあ、いいよ。その分この子を使って『遊べ』そうだから」
彼女の視線の先には、虚ろな目をした少女が座っていた。

       

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