Neetel Inside 文芸新都
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 天文部の部室がある場所ってのは少し変わってる。普通、運動部以外は文化棟という校舎に隣接した建物で行われてるんだけど、天文部に限っては校舎の屋上にあるのだ。屋上はそれなりに広くて、何故か中心にプレハブが建ってる。なんで中心に建ってるのかは謎だけど、このプレハブのおかげで雨が降ってる時でも屋上で活動できるというわけだ。正直天体観測なんてそうそうやらないし、屋上でやる意味は無いと思うんだけどね。
 一年以上前に一回来たっきりなもんだから、本当にプレハブは屋上の中心にあったのか、とか色々と記憶が曖昧なところもある。まあ行けばいいだけなんだけど。普段は三階までしか行く機会はないけど、今日に限っては五階まで上り、さらに屋上までの階段を上る。地味に疲れる。正直この時点でめんどくさい。なんで俺がこんな面倒なことをしてまで部長に会わなければいけないのか。考えれば考えるほど別に会わなくてもいいように思えてくる。ほんとに部長はやばい。この俺がやばいって言うのは相当やばいんだぞ。
 屋上に続く扉を開けると、落ち始めた太陽が目を刺激する。単純に言えば眩しい。目が慣れると、あやふやな記憶通りの場所にプレハブが我が物顔で屋上の中心に居座ってるのを確認できた。やっぱ景観的に考えてこの配置はおかしい。センスを疑うわ。
 俺は覚悟を決めてプレハブに近付き、扉を軽くノックした。俺も部員っちゃ部員なんだけど、なんかもう久しぶりすぎて他人行儀になっちゃう。しばらく待つと、プレハブの中から物音が聞こえて、扉が開けられた。
「こんちゃっす。どもっす。俺っす。俺」
「……誰」
 プレハブから顔を出したのは、全然知らない人だった。背の低い女の子。なんというかほんとに背が低い。来る学校を間違えてるんじゃないのか。ここは小学校じゃないですよ。あと、俺にその変質者を見るような目を向けるな。俺は変人だけど変質者じゃない。
 俺は苦笑いを浮かべて、中に入りたいとジェスチャー。全然伝わってない。それどころか、女の子は無言でプレハブに戻ろうとしている。それはまずいな、まずいぞ。
「あのさ、部長いる? ちょっと話があるんだけど」
「今、呼びます」
 すんでのところで女の子を引き止めて、部長を呼ぶように頼んだ。案外普通に了承してくれた彼女はプレハブに戻り、中で誰かと話しているようだ。とうとう部長とのご対面か。
 ちょっと肌寒いかなあ、なんて考え始めた頃、プレハブの扉が開いた。中から出てきたのは、ああ、知ってる顔だ。
「うっす、久しぶりっす部長。俺っす。俺」
「……誰」
 不機嫌そうな顔で出てきたのは、間違いなく部長だった。この巨乳具合は間違いないね。アレが無かったら、彼女はこの学校においてそれ相応の人気があったことだろう。神様は残酷だよね、二物どころか余計な三物目まで与えちゃったんだから。
 俺は自分の持ちうる最大の爽やかさを誇る笑みを浮かべながら、部長の辛すぎる一言目に応える。
「冗談は止めてくださいよ部長、相羽ですよ。あんたが俺を無理矢理入部させたんでしょうが」
「ああー、はいはい、相羽ね。一年以上サボってたクソったれ幽霊部員が今更のこのこと何の用さね」
 持ち前の長い黒髪を揺らしながら、尚も変わらない不機嫌そうな表情で俺を見つめる部長。なんというか怒ってるよね。そりゃあ確かに来なかった俺も悪いと思うけどさ、でも無理矢理入れたのはそっちなわけだし、むしろ逆切れに近いんじゃねえの、と声を大にして言いたい。でも俺は言わない。だってこの人やばいし。
 見るからにイライラしてる部長をなだめるべく、俺は口を開く。
「あのですね、とりあえずクラスメイトCに言伝を頼まれまして、今日は来れないとのことです。はい」
「クラスメイトC? 誰?」
「冗談は止めてくださいよ部長、ムーを片手に未確認飛行物体を追い求めてるクラスメイトCですよ」
「はいはいはい、思い出した。確かに昨日、そんなことを言ってたわ」
 ぽん、とわざとらしく掌を拳で叩き、納得する部長。なんとなく機嫌は直ったっぽいな。よしよし。
「そんなわけで失礼しますね」
 俺はなるべく自然な流れでプレハブの中へ入ろうとしたが、後一歩のところで靴のつま先を部長に思いっきり踏まれ、立ち止まる。なにすんだよこのビッチクソ痛いんですけど、この女ほんと一回屋上から突き落としてやったほうがいいだろ。なんて、恐ろしいことを考えてしまうくらい恐ろしく痛かった。ちょっと涙目になる。そんな目で部長を見れば、敵対心ビンビンな瞳が俺を捉えてた。こりゃあまずい、殺される。しかし、ここで引き下がればここに来た意味が無いというか無いというか無いよね。負けねえぞ。ぐりぐりと踏みにじられる内履きごと屋上へ入ろうとするが、踏まれた左足が全く動かない。どんだけ重いんだよ。ダイエットしろよ。というかつま先の感覚が無いんだけどさ、これってやばいのかな。やばいだろうね。
「ごめんなさい」
 謝るしかなかった。なんで部員である俺が部室に入ろうとしただけなのにこんなことをされなきゃいけないのか。でも痛いのは嫌だから謝る。
 俺に進む意思が無いとわかったんだろう、部長は力を緩める。が、怒った口調を隠そうともせず喋り始める。
「ここは天下の天文部なわけ、わかる? おいそれと部外者を入れるわけにゃいかんのよ」
「ところがどっこい俺は部員なんですけど!」
「ちゃんと活動するなら部員だと認めてあげなくもない」
「えー」
 正直部活動とか全くやる気がない。バイトのほうが金になるし面白い。部活動をやるくらいなら、俺はインドに行って本場のカレーを食べてくるね。そうだよ、資料を見る以外にメリット無いじゃん。あほらしすぎる。
 けど、と。思いとどまる。ここで諦めて家に帰り、カレースープを飲むだけで一日を終わらせるとか、俺って結構ダメな子なんじゃないのか。このまま俺ったら事なかれ主義の日和った人生を送って、髪のハゲ加減だけを気にするつまらない終わりを迎えるんじゃないのかと、そんなことを想像してしまった。いや、実際そんなことはありえないだろうけど、ここで面倒だからって理由で帰っちゃいけない気がする。なんとなくそんな気がするぞ。
 帰る気満々でプレハブに背を向けてた俺は、プレハブに向き直る。部長はまだ俺のことを見ていた。しょうがねえ、活動とやらをしてやろうじゃないか。
「活動するから入らせてくださいね」
「態度と言い方と主に顔が気に食わないけど、その意気や良し。入りなさいな」
 言われたことはあまりにもひどいけど、わりとあっけなく入ることが出来た。ちょっと拍子抜け。
 正直に言えば天文部の活動は面倒じゃない。面倒なのは部長関係の厄介ごとなわけで。その辺りは近々お目にかかることだろう。ここに足を踏み入れてしまったことだし、ちょっと気張らなければ。
 プレハブの中は、一年前に見たまま何も変わってないように見えた。変わってるのは、見知らぬ女の子がいるという点だけ。誰だろこの子、新入部員ってやつかな。だとしたら後輩だろうね。いいなあ、一度でいいからとっても優しい後輩と一緒に下校してみたい。で、“そういえば先輩っていつも購買ですよね? そ、その、よかったら私、お弁当作りましょうか? 別にそういうのじゃないくて、私もお弁当だから、ついでに、みたいな……”なんて言われたいよおおおお。……だがしかし、黙々と“宇宙の神秘”なんて題名の図鑑を読んでいる女の子にそんなことを望めるわけもなく。キャラ的になんか違うよね。無口とか正直やりづらいわ。
 なんとも居心地の悪い空気。俺は立ち尽くしていたことに気付いて、部長と女の子から離れた場所に座る。そのまま辺りを見渡して資料っぽいものを探すけど、見当たらない。しょうがないから部長に聞こう。この空気の中で喋るとか苦痛すぎる。
「部長、北海道に落ちた隕石関係の資料って置いてないっすか? 俺の記憶じゃあ、あった気がするんすけど」
「そんなもん見てどうしようってのよ」
「やだなあ、部員的に考えてあの隕石のことを知ろうとするのは活動に当てはまると思うんすけどね」
「あー、まあ、そうだわね。そっちの棚にダンボールあるでしょ、そん中に入ってるから適当に見なさいな。ついでに整理もしといて。面倒だから忘れてた」
 俺には目もくれず、部長は新聞の記事を切り取りながら、俺の背後にある棚を指差した。俺は椅子から立ち上がると、棚の奥のほうにあったダンボールを抱えて、床に下ろす。……なるほどなるほど、確かに面倒だ。中を見れば、ごちゃごちゃとプロファイリングされてそうにない紙が詰まっていた。新聞の記事だったり、WEBのページを印刷したものだったり、乱暴に破られた紙の切れ端だったり。
 連続してない資料にうんざりしながら、がさごそ漁ってると一冊のノートを見つけた。表紙と裏には何も書かれてない。この中にあるってことは隕石関連のノートだよな。ノートなら中身はまとまった情報だと踏んで、俺は椅子に座りなおし、パラパラとノートをめくり始めた。

『西暦一九八九年、北海道旭川に直径約50mの隕石が落下。半径約25km内は炎上。建築物が集中していた地域だったため、被害は甚大。推定死亡者数は五千人に上るとも言われている。
だが問題はそれではないと推測。墜落の翌年から、現代の科学では説明の付かない現象が日本に集中して確認されることとなったからだ。
ケース1、水族館内での火災。死亡者34人。原因となる出火地点は火気が全く無い魚群遊泳チューブ内だったこともあり、テロの疑いがかかっている。だが、爆発物による火災ではないと結論が出ている。
ケース2、構内車両脱線事故。幸運にも人が少ない時間帯、人の居ない駅だった為、死亡者は出ていない。しかし、事の問題はその車両が停止していたという車掌の証言。目撃者が居ないため、この件は車掌の職務怠慢として片付けられた。
ケース3、高層ビル水没。説明が付かない現象の内、もっとも不可解であり被害者を出した件。死亡者数は244人。都内の高層ビジネスビルが突如水没。正確には、建物内へ瞬間的に純水が満ち、その場に居た人間は数人を除き溺死。今も尚、議論が続いている案件。
単なる事故、災害として一つ一つを片付けるには、あまりにも不自然すぎる。そもそもの北海道旭川隕石が不可解なのだから。隕石と事件は繋がっていない。点は無数にあるというのに、線が無い。隕石を原因とするにはまだ材料が無いが、近頃この町で目撃証言が相次いでいる“火”について調べてみようと思う』

 殴り書きのような文字を読みながら、頭の中で整理する。隕石関係のノートかと思いきや、なんだかわからない変な事件のスクラップが大量に貼り付けられたノートだった。見る限り隕石との関係は無さそうに思える。けど、考えようぜ俺。何かが引っ掛かってるだろ、こう、歯にミルキーがくっついてるような、牛スジが挟まってるような、こう、ダメだ。思い出せん。こういう時に思い出せないと脳の細胞が死ぬとか母さんに脅されたことがあるけど、だとしたらやばいな。俺は今この瞬間、さらにバカになったということになる。それは嫌すぎるね。
 気分を入れ替えるために、辺りを見回す。嫌な空気だけ感じ取れた。そうだよね、俺ってば完全に部外者だもんね。もし俺がいなかったら、部長と女の子は楽しく会話してたのかもしれない。そう思うと物凄く居心地が悪くなってくる。耐え切れなくなったので、俺は部長に話しかける。
「部長、このノートって誰が書いたんすか? なんか色々とムー的な楽しい考察がされてるんすけど」
「私だけど悪いかしら。というかそのノート読んだわけか。無くしてて困ってたんだけど、読まれるのはちょっと予想外だわ」
「あー、部長が書いたのかー」
 相も変わらず新聞紙の記事を切り取ることに必死な部長は、俺のほうを見ることなく応える。へー、部長が書いたんですねー。なんか口調とか堅苦しくて似合ってなーい。
 ……なんか帰りたくなってきた。部活動は面倒だけどさ、もっとこう、青春みたいなものがあってもいいんじゃねえの。面倒なら面倒なりに楽しいことがあるみたいなさ、バランスとか大事だと思うんだよね俺は。ちらっと後輩っぽい子のほうを見れば、もちろん会話に参加する気ゼロ。意識を図鑑に持ってかれてるわ。泣くぞ。
 仕方が無いから、あまり読まれたくなさそうだけど、部長の書いたノートに視線を戻すことにした。
『この町では、最近になって小火が多発している。全てがそうと言うわけではないが、多数は火元不明の不審火。火種が無いのに燃えていたという記事もある。今のところ死傷者は出ていないが、これも“不可解”の節はあると見て間違いないだろう。
関連性があると思われる:楠木コーポレーション・西町・カレーのYAMASHITA西町店
また、この三ヶ月で六人もの人が原因不明の昏睡状態になっている。患者については西町総合病院で入院しているようだが、西町に限ってのこれは非常に“不可解”。上との関連性は見当たらないが、同じ街での“不可解”は十分に線となりえるのではないか』
 ダメだな、隕石のことが全く書かれてない。確かに原因不明の事件ってのも気になるっちゃ気になるよ、この町だしね。けどなあ、そこらへんは警察に任せるしかないというか。そこら辺どうなのよ部長。ここまで調べてるのはすごいと思うけどね。
 新聞記事のスクラップを見ながら、面倒だっただろうなあ、なんてことを思う。と、ページをめくっている時、一つの記事が目に留まった。ノートに書いてあった“カレーのYAMASHITA”、俺もよく行ってる店が無残にも焼けてボロボロになっている記事。これは許せない。カレーを作る人と場所は常に敬い崇拝するべきだ。彼らは繊細な香辛料をまるで魔術のように融合させてあろうことか食えるものにしてるのだから。腹減ってきた。
 記事の細かい文字を読めば、一週間ほど前に起こった火事らしい。その前日に行ってたよ俺。恐ろしい。確か“アイスなのに辛い! カレーアイス新発売!”という煽り文が書かれた広告につられて行ったんだよな。あれはおいしかった。甘いものは嫌いだけど、あの辛甘い味はいけるね。甘辛いんじゃなくて辛甘いんだよな。思い出したらまた食べたくなってきた。帰りに寄ってみようそうしよう。
 ノートを読むのに飽きた俺は、また辺りを見回す。全く変わってなかった。なんだよもうこいつらそんなこと黙々としてて楽しいのかよ、と声を大にして叫びたい。少なくとも見てる俺は全然楽しくない。……そんなことを考えていると、後輩っぽい子と目が合った。
「や、やあ、初めましてエブリワンヌ。俺の名前は相羽です」
「……相羽?」
「うん、相羽。相羽光史。よろしくしてくださいお願いします」
 そう言うと、名前を知らない女の子は開いていた図鑑を閉じながら、考えるような素振りを見せる。え、そこ考えちゃうんだ。よろしくしてくれよ。せっかく俺がよろしくしてるのにしてくれないのかよ。最近の女はダメだね、銀髪女といい、色々なものを無視してきやがる。やっぱ女は理解できないわ。
「ともちゃんは無口だからねえ。私でさえ手に余る子だわ」
 俺が悔しがっていると、部長が作業を止めて俺のほうを見ていた。やっとこっちを見ていた。なんか嬉しい。俺ってアメとムチに弱いんだな。部長に惚れそうだぜ。でもやっぱないわ。
 会話が成立したことに喜びながら、俺は応える。
「ともちゃん? というか本人の目の前で手に余るとか言っちゃダメっすよ」
「まあまあ。ともちゃんはともちゃん。桐谷知江ちゃんよ」
 桐谷知江、それがこの子の名前か。面倒だからともちゃんで覚えよう。そんなともちゃんを見れば、俺と部長との会話に混ざることはなく、まだなにかを考えてるようだ。そんなに俺とよろしくしたくないのかよ。ほんと許せねえ。
 ともちゃんに悔しさとかやるせなさがいっぱい詰まった視線を送っていると、また目が合った。俺の気持ちが伝わったか。
「よろしくしません」
「今更かよ! しねえのかよ!」
 泣いた。

       

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